第10話 裏で動くもの
護送依頼が終わって数日後、レイはギルドから呼び出しを受けた。
「……嫌な予感がするな」
呼び出し自体は珍しくない。
だが、最近は少しずつ依頼の質が変わってきていた。
単なる魔物討伐ではなく、現場判断がいる仕事。
人が絡む仕事。
そして、妙に情報が少ない仕事。
ギルドの奥へ通されると、そこで待っていたのは、見慣れない顔だった。
「レイ・アルドだな」
年の頃は四十前後。
質のいい外套を着た男で、冒険者というより役人に近い雰囲気がある。
「私は、近隣の物流を管理している者だ。……簡単に言えば、最近この街の外で、荷の行方が妙に乱れている」
「乱れる、ですか」
「盗難に見せかけた横流し、あるいは魔物被害に見せた破壊。そういうものが増えている。しかも、なぜか特定の荷だけだ」
レイは眉をひそめた。
「特定の荷?」
「薬、保存食、治療具。つまり“人が困るもの”だ」
ギルドの空気が少し重くなる。
『来たな』
『裏で動いてるやつだ』
『事件の匂い』
『ここから話が大きくなる』
レイはコメントを見ながら、静かに息を吐いた。
現実では、まだ事件らしい事件ではない。
だが、こういう違和感は放置できない。
自分の仕事が、ただの護送や見回りでは終わらなくなっているのを感じる。
「俺に、何をさせたいんですか」
「現場を見てほしい。君は、状況を立て直すのが早いと聞いている」
「……誰がそんなことを」
「評判だよ」
男はそう言って、地図を広げた。
街の外れにある倉庫街。
そこからさらに北へ抜けた旧街道。
荷が消えるのは、そのどちらかの周辺らしい。
「調査して、異常があれば報告してほしい。あくまで“目立たずに”だ」
「目立たずに、ですか」
「騒ぎにすると、相手が引っ込む。こちらとしては、尻尾を見たい」
レイは頷いた。
こういう案件は、無闇に踏み込むと逆に逃げられる。
「分かりました」
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現場は、思ったより静かだった。
倉庫街の裏路地。
昼間だというのに人通りが少ない。
荷車の跡はあるが、妙に整然としている。
誰かが意図的に、目立たないように動いている感じがした。
「録画開始」
【録画中】
【残り時間:30分】
レイはゆっくりと歩いた。
視線の端では、コメントが静かに流れている。
『潜入回か』
『こういうの好き』
『戦う前に雰囲気が悪い』
『何か隠してるな』
「……やっぱり、何かあるか」
倉庫の並ぶ通りを抜けると、壁の陰に古い印が彫られているのを見つけた。
見慣れない形だ。
ただの落書きではない。
何かを合図にしているようにも見える。
その瞬間、背後で足音がした。
「誰だ」
振り向くと、そこにいたのはただの荷運びの男だった。
だが、視線が妙に鋭い。
「見慣れない顔だな」
「調査で来た」
レイがそう言うと、男は少しだけ笑った。
「調査、ね。ここは荷の出入りが多い。変なものを見ても、気にしない方がいい」
「……どういう意味だ」
「そのままの意味だよ」
男はそれだけ言って、倉庫の奥へ消えた。
レイはその背中を見送りながら、肩の力を抜いた。
やっぱり、何かある。
『今の怪しい』
『完全に裏の人間』
『もう当たりだろ』
『レイ、踏み込め』
「踏み込めって、簡単に言うな……」
とはいえ、このまま帰るわけにもいかない。
レイは倉庫の裏へ回り、荷の搬入口を見た。
そこにあったのは、壊れた木箱と、引きずられた跡。
そして――床にこぼれた、奇妙な粉末だった。
「……薬、か?」
いや、違う。
匂いが妙に甘い。
保存剤の類か、あるいは別の何かか。
視界の端に、小さく文字が流れる。
『これ、ただの盗難じゃない』
『何か仕込んでる』
『レイ、気づけ』
『もう事件の本丸近い』
レイは粉末を指先で少しだけ触れた。
「……何だ、これ」
その時だった。
背後の路地で、何かが割れる音がした。
「っ!」
振り向くと、荷馬車の後ろに積まれていた箱の一つが崩れている。
その中から出てきたのは――魔物を誘導するための餌に使われる、特殊な香料だった。
「これは……」
レイは表情を硬くした。
荷を消していたのではない。
人為的に“魔物が寄るように”仕込んでいたのだ。
つまり、荷の消失は偶然ではない。
誰かが、魔物を使って荷を処理している。
「……面倒だな」
『きた』
『黒幕の手口っぽい』
『護送の延長で繋がった』
『ここで繋がるの熱い』
レイはすぐに動いた。
逃げた男を追うより、今は証拠だ。
この倉庫街一帯を、もう少し探らなければならない。
だが、その先で見たものは、想像よりも厄介だった。
地下へ続く隠し扉。
その先にあったのは、荷を一時保管するための、表向きとは別の倉庫。
そこでは、いくつもの箱が積まれ、ラベルが貼り替えられていた。
「……横流し、か」
それだけならまだ分かる。
だが、その中に紛れていたのは、治療薬でも保存食でもなかった。
魔物を活性化させるための餌。
そして、冒険者を狙うための罠具材だった。
「最悪だな……」
ここで初めて、レイははっきり理解した。
この街で起きているのは、ただの密輸ではない。
人と魔物を、意図的に衝突させる準備だ。
【録画時間:残り23分】
「……時間、まだあるな」
レイは視界の端に表示を見て、深く息を吸った。
まだ何とかなる。
だが、ここから先は軽くない。
地下倉庫の奥で、再び足音がした。
今度は複数。
どうやら、気づかれたらしい。
『見つかった』
『戦闘くる』
『でも証拠は掴んだ』
『ここで一回戻るか?』
レイは棒を握り直した。
「……戻るのは、もう少しあとだ」
まずは、目の前の連中をどうにかする。
そして、ここがただの裏倉庫ではなく、もっと大きな何かの入口だと確信した。
追放された録画魔法士は、ようやく“個人の成り上がり”を超えた場所に足を踏み入れ始めていた。




