第5話 出口に立つ人
それから、いくつもの便が過ぎていく。
私は、すっかりセンターの暮らしに慣れる。
朝、鐘が鳴る。本日の返却依頼が来る。私たちは棚の森を歩いて、落とし物を探し、待っているお客のもとへ届ける。お客は、失くしたものを取り戻して、ほっとした顔で、向こうの世界へ帰っていく。仕事のあとは、ヤカンのお茶。ソーダの黒板。ノートの手帳。おまけのいたずら。月に一度の、落とし物雨。
そして、依頼をこなすたびに、私の中で、奇妙なことが起きている。
お客の感情に、私は、強く共感する。共感しすぎる、と言ってもいいくらいに。
『勇気』を失くした人に会えば、自分の中の、どこかで諦めてしまった何かが疼く。『約束』を失くした人に会えば、果たせなかった約束の感触が、指先によみがえる。誰かの『言えなかった言葉』を届けたあと、私はいつも、しばらく、喉のあたりがつかえて、うまく息ができない。
そして、共感するたびに、私の中で、失くしていたものが、少しずつ、戻ってくる。
それは、記憶の断片だ。
縁側。蚊取り線香。誰かの小さな手。自転車の補助輪。ピアノの黒い鍵盤。夜中の、台所の灯り。そういう、まとまりのない、けれど、確かに私のものだったらしい風景が、お客を見送るたびに、ぽつり、ぽつりと、戻ってくる。
「思い出してきたか」
ある日、ヤカンが、お茶をいれながら、ふいに言う。
「えっ」
「みんな、そうなんだ。仕事をしてるうちに、だんだん、自分が思い出されてくる。お客の落とし物が、鏡みたいになってな。他人の失くしたもんを見てるうちに、自分が失くしたもんが、見えてくるんだ」ヤカンは湯のみを私に渡す。「それでいい。それが、出口に近づくってことだからな」
その日の、夜の便。
それは、ふいに起きる。
私たちが広場でお茶を飲んでいると、ソーダが、ふと立ち上がる。
「……あれ?」
ソーダの視線の先を、私たちはみんな、振り返る。
そこに、扉がある。
棚の森のあいだ、何もなかったはずの場所に、一枚の、なんの変哲もない木の扉が、ぽつんと立っている。さっきまで、確かになかった。けれど、いまは、ある。扉のふちから、温かい光が、すうっと漏れている。そして、その隙間から、風が吹いてくる。
雨上がりのアスファルトの匂い。どこかの家の、夕飯の匂い。遠くの、踏切の音。蝉の声。——向こうの、世界の匂いだ。
「出口だ」ヤカンが、低い声で言う。「ソーダ。お前のだ。お前の前に、現れたんだ」
出口は、いつでも開いているわけではない。
センターのどこかにある出口は、ある条件を満たした人の前にだけ、ふいに現れる。その条件が何なのかは、誰も知らない。だから住人たちは、出口を探し続けているわけではなくて、いつ現れるか分からない出口のために、今日を生きている。そういう場所だ。
そしていま、出口は、ソーダの前に現れている。
「……マジか」ソーダが、しゅわしゅわした声で言う。声が、震えている。「おれ、帰れるのか。向こうに。海に」
「行け」ヤカンが言う。「迷うな。出口は、長くは待ってくれない」
私たちは、ソーダを送り出す。
それは、嬉しいことのはずだ。だから私たちは、できるだけ、明るくする。ヤカンは煎餅を一缶、餞別に持たせる。ノートは、自分の手帳から、いちばんきれいな音符を一枚抜いて、ソーダの手に握らせる。「向こうで、いい歌に出会えますように」と、ぼそりと言って。おまけは、ソーダの足に、何度も頭をこすりつける。
私は、ソーダに、何も渡すものがない。だから、手のひらにずっと持っていた、あの赤い手袋を差し出す。
「これ、片方だけだけど」
「いいよ」ソーダは笑って、それを受け取る。「向こうで、もう片方を、探すよ」
ソーダは、扉の前に立つ。
そして、最後に、私たちを振り返って、しゅわっと、いつものように笑う。
「先に行ってるからな! 海で、待ってるから! みんなも、絶対、来いよ!」
そう言って、ソーダは、扉の向こうの、まぶしい光の中へ、駆け込んでいく。
扉が、しずかに閉まる。
そして次の瞬間には、扉は、もう、どこにもない。さっきまでソーダが立っていた場所には、ただ、棚の森が、いつもどおり、霧の中へ伸びているだけだ。
「……行っちゃったなあ」
私がつぶやくと、ヤカンは、めずらしく、しんみりした声で、「ああ」と言う。
その夜、私は、嬉しい気持ちと、なんだかよく分からない、胸にぽっかり穴があいたような気持ちとを、両方抱えたまま、なかなか眠れない。
ソーダは、海にたどり着くだろうか。
服のまんま、飛び込むだろうか。
きっと、そうだ。きっと、いまごろ、向こうの青い海で、ばしゃばしゃと、しぶきを上げているに違いない。
私は、そう思おうとする。
便が、過ぎていく。
けれど、ソーダは、戻ってこない。
一度も。




