平和な日々
公開演習から数日。
リーフィア様がおかしい。
「ねぇ、ローリー」
「なんでしょう」
明らかに心あらずな様子のリーフィア様が、今日何度目かも分からないため息をつく。
「シル様って、普段はどんな香水を使っていらっしゃるのかしら」
「知りません」
臭いのするものは痕跡を残すので使わないようにしている――などと答えるわけにもいかず、淡々と返事をした。
「好きな食べ物は?」
「さぁ」
「休日は?」
「寝てるんじゃないですか」
「きゃ……!」
何故か悲鳴を上げながら机に突っ伏したリーフィア様。
侍女とジークへ視線を向ければ、二人揃って諦めたように首を振った。
「姫様、はしたないですよ」
「だって! あんな完璧な方が、お休みの日は寝ているなんて……!」
侍女に注意されてもなんのその。
公開演習の日以降、リーフィア様の超人シル様像はどんどん膨れ上がっていく。
「シルサマも、人間ですよ」
「でも、氷結の騎士なのよ?!」
理由になっていない。
氷結の騎士と言えど、眠いときは眠い。
むしろ、私はかなり寝るほうだ。
「ローリーはシル様と親しいのよね?」
「……まぁ」
リーフィア様にファンサをしたときに、護衛の件に関して触れたのが良くなかったらしい。
あの後、リーフィア様からはお小言をいただいて大変だった。
「羨ましい……」
机へ突っ伏したまま、リーフィア様が恨めしそうな視線を向けてくる。
どう返すのが正解なのか分からず、窓の外に目を向ける。
「……そういえば」
ふいに、リーフィア様が静かな声で呟く。
「シル様とローリーの声って少し似ている気がするわ」
「なっ……!」
思わず勢いよく振り返る。
リーフィア様はきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「な、何故そう思ったんですか?」
「え? なんとなく?」
鋭い。
妙なところで勘がいい。
「ねぇ、試しにもう少し声を低くしてくれない?」
「嫌です」
「うー、残念」
……これ、バレてないんだよな?
恐るべきリーフィア様の観察眼に背筋が凍る。
薄々、察しているらしいジークまで焦った顔をしていた。
「……少し外を見てきます」
これ以上追求される前に、私は逃げるように部屋を後にした。
金輪際、シルサマとして接触するのはやめよう。
――眩しい。
屋敷の外へと出れば、照りつける太陽が肌を焼く。
「変わったことはないですか」
「ありません!」
門前で警備に立つ銀翼の候補生に声を掛けた。
国賓の護衛としては正直少々頼りない。
だが、これ以上大規模な護衛を付ければ、国民の反発を招く。
和平を結んだからと言って、憎しみまで消えるわけではない。
これ以上、敵を刺激すれば――危険が及ぶのはリーフィア様だ。
危険に晒されているのに、十分な警備ができない。
この現状に歯がゆく思いながらも、私には何もできない。
「気を抜かないように」
「はっ!」
元気よく返事をする候補生を横目に、小さく息を吐く。
リーフィア様がこの国で安心して過ごせるよう、私は力を尽くすだけだ。
――そう言いながらもどこかで、私はこの穏やかな日々に油断していたのだと思う。
「あ、ディアナ殿! お疲れ様です!」
「今日もお疲れ様……あ、ローリー様!」
人懐こい笑顔を浮かべて門を潜る商人を無視して、屋敷の中へと入る。
ぱたぱたと着いてくる足音を聞きながら近くの空き部屋に入る。
「今日は訪問の予定はないと聞いていたが」
「あら? 友人に久々に会えたのに第一声がそれ?」
にたりと先ほどとは打って変わって、嫌らしい笑みを浮かべる女にため息を吐く。
商人の姿に形を変えた、大魔女イリーだ。
魔女の姿では目立ち過ぎるので、こうして変化魔法を使わせている。
「気軽に来るなと言っていたはずだ。それも正門を通ってくれば、素性を調べてくださいと言っているようなものだ」
「大丈夫よ。そこら辺は抜かりないわ! なんたって、大魔女様だからね!」
根拠の無い自信、というわけでもないのが恨めしい。
「それより……結界が薄くなってるわよ」
先ほどまでの軽薄な笑みが消え、空気が変わる。
――結界。
許可した者以外、屋敷に侵入ができない防護魔法。
少ない人数でリーフィア様を護衛できているのは、結界によるものが大きい。
「何?」
「誰かが少しずつ削っているみたいね」
ぞくりと背筋が冷える。
イリーほどの魔導師が言うのなら間違いない。
「侵入された痕跡は?」
「それはまだ。でも、このままだとそれも時間の問題」
イリーは窓の外に視線を向けた。
嫌な予感が、現実味を帯び始めていた。
「あんたがいるから、簡単には殺せないでしょうけど」
「……縁起でもない」
「あら。もしものときのために逃げる準備をしていたのはどこの誰かしら?」
……今とあのときとでは、状況が違っているのだ。
リーフィア様を絶対に殺させるわけにはいかない。
「どうする? 結界、補強しておく?」
「……いや、そのままにしてくれ」
「そ」
気づいたと悟られてはいけない。
敵は存外、慎重派だ。
この機会を逃すと当面は姿を現さないだろう。
……リーフィア様の安息を願ったばっかりなのに、私は――。
「そういえば」
イリーが不意に笑みを深める。
「皇女ちゃん、あんたに懐いてるわね」
「護衛を務めるにあたって、良好な関係は必要不可欠だからな」
「へー、なるほど」
適当な返事にいらっとくる。
そっちが振ってきた話だろうが。
「何が言いたいんだ」
「別に? バレた時が楽しみだなって」
……タイムリーな話題に私は何も言えなかった。




