公開演習
リーフィア様の魔法訓練が始まってから、数週間。
イリーとの訓練は順調のようで、火・風・水――初級魔法なら問題なく扱えるようになったらしい。
剣技とは比べものにならない習得速度に、適性を見つけてあげられて良かったと心から思った。
「見て、ローリー!」
リーフィア様が出した水球に特段変わったところはなく、首を傾げる。
「ローリー様、触ってください」
侍女がこそっと私に耳打ちをするので、言われた通りに水球に触れれば、ひんやりとした感覚がする。
「冷たい」
「そうでしょう!」
「冷や水魔法ですか」
リーフィア様が目指すところが察せられて、つい意地悪を口にしてしまう。
「む……い、今に見てなさい! キンキンの氷を出してあげるんだから!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐリーフィア様。
彼女の持つ明るい雰囲気に、周りもつい笑みをこぼす。
案外悪くない日々だった。
そんなある日。
「息抜きも兼ねて、公開演習を観に行きませんか?」
私がそう提案すると、リーフィア様はぱっと顔を輝かせる。
「公開演習! 銀狼騎士団の?!」
「はい」
「行くわ! 絶対に行く!」
食い気味に答えるリーフィア様の熱量に押される。
私が所属している銀狼騎士団には、定期的に公開演習が開催される。
騎士を身近に感じてもらうため、庶民から貴族まで誰でも見学できる催しである。
「シル様が過ごした兵舎――素敵」
既にトリップしかけているリーフィア様に、私とジークは目を見合わせた。
――
「シ……ローリーさん、少しよろしいでしょうか」
――銀狼騎士団、公開演習当日。
リーフィア様と共に見学していると、部下に肩を叩かれる。
半年近く騎士団から離れていたせいか、随分と懐かしく感じる。
「姫様、少し席を外しても?」
「えぇ、私はここで観戦してるわ」
「申し訳ありません、すぐ戻りますので」
周囲を警備している騎士へ目配せをして、その場を後にする。
「シ、シル様、大変なんです!」
騎士の待機所に入った瞬間、団員が涙目で縋りついてきた。
いい歳した男の涙目は、なんともきつい。
「何があった? 父上からは特に問題ないと聞いていたが」
「げ、下克上です!」
「……は?」
――下克上。
それは、騎士団に古くから伝わる慣習だ。
下位の騎士が上官へ正式に決闘を申し込み、勝利すれば地位を奪える。
――完全実力主義。
そんな理想を掲げた昔の英雄騎士が作った制度らしいが、今では形骸化していた。
「誰が誰にだ?」
「メルト・モンテスキューが副団長へです!」
「モンテスキュー……候補生か?」
聞き覚えのない名前に、最近新たに入団した奴かと当たりをつける。
「はい……シル様の極秘任務は正式な団員しか知らないので。あいつ、副団長が長期不在なのを利用してきたんです! しかも、下剋上の申請書類まで完璧に揃えて!」
「……そして日付が今日、と」
「……このままだと、不戦勝扱いになって、副団長の席が自動的に――」
青い顔の団員には悪いが、私としては渡りに船だった。
「遅かれ早かれ、私は副団長を辞する。なら、今奪ってもらえるのは寧ろ好都合では?」
「ふ、副団長! ご慈悲を!」
「あんなやつの下で働きたくありません!」
「おいおい、未来の上司になんて言い草だ」
「副団長!」
半泣きどころか、目尻に涙を浮かべる団員が面白くてからかう言葉が止まらない。
「冗談だ。だが、そうなれば今度はお前たちが下克上を――」
「副団長なんて面倒な役職、御免です!」
「被害者を増やさないでください!」
「ひ、被害者……」
散々な言い様に少しがくりとくる。
……まぁいい。
どうせなら、リーフィア様への余興にでもしてやろう。
「甲冑を用意しろ。演習場の準備も」
「副団長……!」
「皇女様には見晴らしの良い席を用意してくれ。せっかくの公開演習だ。楽しんでいただかねばな」
私の言葉を聞いた団員達が意気揚々と走り出すのを見送る。
予想外の展開だが、久々の実戦に心が躍る。
候補生は存外良い仕事をしてくれた。
シルとして、戦う大義名分をくれたのだから。




