才能
――数週間後。
「はぁっ……はぁっ……」
朝露の中、訓練所の外周を走るリーフィア様の息は限界寸前だった。
「息を止めずに。あと一周」
「む、むり、です……っ」
「大丈夫です。死にはしません」
「鬼……!」
そう言いながらも足を止めずに走り続ける辺り、根性だけはある。
私は腕を組みながら、その後ろ姿を眺めていた。
最初は数百メートル走るだけで倒れていたことを思えば、随分と成長したものだ。
「ジーク、お前はどうだ」
「問題ありません!」
返事と共に剣を振るう音が響く。
ジークの成長はリーフィア様以上に順調だった。
元々筋も良かった。鍛えれば鍛えた分だけ伸びる。
問題は――。
「姫様か……」
「な、なに、よっ!」
涙目で戻ってきたリーフィア様が抗議の声を上げる。
「ちゃんと走り込みも、筋トレも頑張っているわ!」
「はい。それは本当に。リーフィア様は凄い努力家です」
運動なんかとは縁遠い生活を送ってきただろうに、泣き言は言えどもメニューをきちんとこなす。
「なら――」
「才能がないんです」
「うっ……」
ぐらりと項垂れるリーフィア様。
だが、こればかりは努力でどうにかなる問題ではなかった。
素振りの時点で分かる。
重心移動、身体の使い方、反射速度。
根本的に剣技との相性が悪い。
「……ここまで才能がないのも珍しい」
「ひ、酷いわ!」
不意に口に出てしまった本音には触れず、ジークのほうを向き直る。
「ジーク」
「はっ」
「お前は見込みがある。姫様の分まで鍛錬しろ」
「はい!」
「わ、私の分まで……」
半泣きでこちらを見るリーフィア様に、小さく息を吐く。
「姫様には申し訳ありませんが、剣技は無理です」
「そ、そんな……」
「ひ、姫様……」
ジークが膝をつくリーフィア様になんと声をかけるべきかと迷っていた。
「代わりに、別の道があります」
落ち込むリーフィア様と、それを見て慌てるジークを少し眺めた後、私は口を開いた。
「別の道……?」
「魔法です」
「……魔法?」
きょとんとするリーフィア様を見詰める。
「リーフィア様は、補助魔法を展開していますね」
「え?」
「走り込みの時も、呼吸に合わせて魔力を身体に循環させ、負荷を軽減していた」
「そう、なの?」
自覚はなかったらしい。
補助魔法は初学者が一番に躓くポイントだ。
基礎中の基礎でありながら、繊細な魔力操作を必要とする。
「では、魔法を学んだことはない?」
「……はい。帝国では、私に教師を付ける余裕はないと」
これこそ、才能だ。
剣は壊滅的だが、魔導師としては怪物級かもしれない。
「リーフィア様」
「は、はい!」
「魔法の師匠を紹介します」
その瞬間、リーフィア様の表情がぱっと明るくなる。
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ。少々――性格に難がありますが、腕は確かです」
「性格に難……?」
――
――数日後。
「あら! 貴方が皇女ちゃんね!」
部屋に響いた明るい声に、リーフィア様の肩がびくりと震える。
入ってきたのは、艶やかな赤髪を揺らす女だった。
胸元の大きく開いたローブ。不敵な笑み。そして、部屋の空気を支配するような圧倒的魔力。
「……ねぇ、ローリー」
「なんでしょう、リーフィア様」
「も、もしかして、この方――」
「年増おばさんです」
「誰が年増よ」
即座に頭を叩かれる。
「大・魔・女・様、ね?」
にっこりと笑う女――大魔女イリー。
王国最強の魔導師にして、私の数少ない悪友である。
「ロ、ローリー……貴女、何者なの……?」
「王子の私兵です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「それは流石に無理があるわよ、アンタ」
けらけら笑うイリーに、ため息をつく。
「リーフィア様、この年増女様の魔法関連以外の話は聞き流してください」
「わ、わかったわ!」
「あら、皇女様。大胆なお返事をなさるわね?」
「あ、ご、ごめんなさ――」
「……リーフィア様をからかうな。姫様、聞き流せていませんよ」
「あ……」
「純粋な子ってからかい甲斐があっていいわ」
性格以外はリーフィア様の魔法の先生として完璧なのだが……。
ちらりとリーフィア様を見る。
不安と緊張。
だが、それ以上に期待が勝っていた。
――真っ直ぐだな。
和平の証として、異国へ送られ、それでも前を向いて自分の力で生きようとしている。
……放っておけない人だ。
そんな風に思ってしまった時点で、きっと私はもう駄目だったのだろう。




