あの時の答え合わせ
*皇女視点
――シル様が、私に告白してくれた日から三日。
私は、振り回されっぱなしだった。
「あらあら、お熱いことねぇ」
私がシル様と手を繋いで、庭園のテラスに向かえばイリー様が紅茶を片手ににやにやと待っていた。
「……リーフィア様が呼ばれたんですか?」
「え、えっと……はい」
シル様と二人きりだと心臓が持たないので、私は最終兵器のイリー様を呼んでお茶会を開くことにした。
「そうよ? 皇女ちゃんが! 私を! 呼んだのよ~?」
「……」
煽るイリー様にシル様の目が、すっと細くなる。
「リーフィア様」
「は、はい!」
静かな声で名前を呼ばれて、反射的に背筋が伸びた。
「私と二人では、何か不都合でもありましたか?」
真っ直ぐ見つめられる。
逃げ場がない。
「そ、そんなことは!」
「なら、良かったです」
シル様は安心したように表情を和らげる。
……よ、良くない。
ここ数日、シル様の笑顔を浴びているけれど、慣れるはずもない。
またも鼓動が早くなっていくのを感じた。
「あらあら、皇女ちゃんったら悪化してるわね」
「あ、悪化って!」
「顔が真っ赤よ」
指摘されれば、余計に意識をしてしまう。
「あまりからかうな」
「あら、騎士様も調子を取り戻したようで何よりね」
標的がシル様に移ったようで、申し訳ないが安堵の息を吐く。
「一時はどうなることかと思ったわ~プロポーズされた皇女ちゃんを見に行ったら、この世の終わりみたいな顔で泣いているんだもの」
「そ、そんな泣いてませ――」
「リーフィア様」
イリー様の言葉に言い返そうとすれば、シル様が私の名前を呼ぶ。
「しゃ、謝罪は無しですよ! もうあの時のことは、いっぱい謝ってもらいましたから!」
ここ数日、甘やかされるのと同時に何度もシル様から謝罪の言葉を聞いた。
だから、もういい。
本当に気にしていない……から。
「いえ、謝罪ではなく」
「へ?」
「……思い出したことがありまして」
少しだけ言いにくそうに、シル様が視線を逸らした。
だから、私が口を開いた。
「あ、あの……好きな人とのことを応援するとか、言ったやつですか?」
「うわ、そんなこと言ったのあんた」
「……はい。それと……」
「結婚は手段ってこととか……愛人を作っても良いとか……」
言った瞬間、顔が熱くなる。
い、今更蒸し返すようなこと言って、私は何を……。
「好き放題言ってるわねぇ」
「言ってくれてありがとうございます」
シル様が気遣わしげに私の手を取る。
「……ここ数日、何か言いたそうにしていたので」
「へ?」
「ですが……触れていい話なのか、分からなくて」
少しだけ眉を寄せて、困ったように笑う。
「私が蒸し返して、また傷つけたらどうしようかと」
「……っ」
不甲斐なくて申し訳ありません、と小さく謝るシル様。
胸がきゅっと痛む。
私のこと、そんなにまで考えてくれていたなんて……。
「あらあら」
「……イリー」
「ごめん、これって今良い雰囲気よね。続けて」
シル様に睨まれたイリー様が、肩を竦める。
でも、助かった。私もシル様も少しだけ、肩の力が抜ける。
「言ってくれて助かりました」
繋いだ手に、少しだけ力が入る。
「お答えします」
「……?」
「まず、好きな人とのことを応援すると言った件ですが」
シル様が真顔で話を進めだす。
……嫌な予感がする。
この数日で、私も学んだのだ。
シル様はこういう時、凄いことを言うのだ。
「撤回しません」
「え?」
「あら?」
予想外の返答に頭が真っ白になる。
イリー様も流石に困惑したように笑っていた。
「リーフィア様が好きなのは私です」
「……」
「でしたら、応援しない理由がありません」
こ、この人は真顔でとんでもないことを……。
「私は、リーフィア様に好きでいて良かったと思ってもらえるように頑張ります」
当然のことのように言うシル様。
優しく手を撫でるシル様に愛おしさが溢れ出そうになる。
「これ、二人きりのときもやってるの?」
げっそりとした顔で茶々を入れるイリー様に答える余裕もない。
「次に、結婚は手段と言った件ですが」
「シ、シル様、も、もう――」
これ以上は耐えられそうもないのに、シル様は止まらない。
「結婚は、リーフィア様と私が幸せになるための手段です」
「……っ」
「私とリーフィア様の間を、誰にも邪魔させないための。ずっと隣にいられる形が必要ですから」
心臓が限界だった。
シル様の甘い言葉に私の脳は処理が追いつかない。
「それと、愛人を作っても構わないと言った件ですが」
「ま、まだあるんですか?!」
思わず叫んでしまうが、シル様は真剣に頷く。
「その件は撤回します。愛人は作らないで欲しい」
真っ直ぐ、迷いのない声だった。
作るつもりなんて、最初からない。
シル様以外、目に入っていなかった。
なのにこの人は――。
「リーフィア様を他の誰かと分け合うつもりはありません」
シル様と繋いでいる手に力が入る。
「リーフィア様が好きなのは、私だけでいいんです」
顔が熱い。
頭も熱い。
初めてだった。
シル様が、こんなにも自分の意思を言ってくれるのは。
いつだって私のことを優先して、私の幸せのためなら犠牲を厭わない人なのに。
そんなシル様にも、譲れないものがあると知ってしまった。
……それが私だなんて。
「……あんた、本当重たいわね」
「は?」
首を傾げるシル様。
無自覚でやっているのだから、恐ろしい。
「皇女ちゃん、逃げるなら今の内よ」
「……無理だと思う」
私の方を見てにっこりと笑う。
「もう逃がしてあげられません」
「は、離れません!!」
「あ~はいはい。ご馳走様でした」
イリー様が紅茶を一気に飲み干して、立ち上がる。
……きっとこれからも、私はシル様に振り回される。
でも、全く嫌じゃなかった。




