溢れ出す想い
私は騎士として、失格だ。
公私混同甚だしい。
昨日のことを思い返し、深く息を吐く。
リーフィア様がジークといるのが嫌だった。
いや、ジークだけじゃない。私以外の誰かが、リーフィア様の隣にいるのが嫌だ。
それに、顔を見ただけで落ち着いて、近付かれただけで鼓動が速くなる。
……言い逃れなんてできない。
私は、リーフィア様を――。
「……よし」
イリーの家の前で気合いを入れる。
今日は休暇を取り、リーフィア様に会いに来ていた。
しばらく顔を見たくないと言われたにも拘わらず、度重なる無礼を働いているがリーフィア様は面会を許可してくれた。
だから、ちゃんと伝えるのだ。
――自分が護衛失格で、これ以上お側にいるべきではない、と。
――
「あら、いらっしゃい!」
「……」
「イ、イリー様も一緒によろしいでしょうか?」
リーフィア様の部屋に通された私は、ソファで寛ぐ大魔女の姿を睨み付ける。
「……もちろんです」
「歓迎くださって嬉しいわ~!」
イリーは癇に障るが、今はそれどころではない。
「リーフィア様、本日はお時間をいただきありがとうございます」
「は、はい」
向かいに座るリーフィア様が姿勢を正す。
「……お変わりはありませんか。部下が失礼などはしていないでしょうか」
「え、えぇ! 皆さんとってもよくしてくれています」
なんとなく本題に入りづらくて、当たり障りのない話を振れば、少し困惑したような表情で答えるリーフィア様。
我ながら、緊張しているらしい。
「シル様、昨日は大丈夫でしたか?」
「……は、い。お騒がせしました」
私の魔力を感じて、駆けつけてくれたリーフィア様を置いて逃げてしまったことを思い出す。
「お伝えしたいことがあります」
「……はい」
「私は――」
喉が詰まる。
……言え。
伝えるために来たのだから。
「……私は」
リーフィア様の顔を見る。
不安そうに、けれど真っ直ぐこちらを見つめる瞳。
もう、これから会うことはできない。
この方を私の手で護ることはできなくなる。
私の隣で笑ってくれることもない。
そう思っただけで、胸の奥が嫌な音を立てる。
「……シル様?」
「っ」
駄目だ。私はリーフィア様に相応しくない。
言え。言わなければ。
「はいはいストップ!」
ばんっと、机を叩いてイリーが立ち上がる。
「さっきから、暗い! 暗すぎるわ! それにあんた、面倒くさい!」
「イリー!」
「何よ。事実でしょうが」
勢いよくこちらを指さす。
「皇女ちゃん、もうこんな奴辞めておきなさい。意気地なしがすぎるわ。ジークと――」
「駄目だ」
言った瞬間、自分でも何を言ったのか理解できなかった。
部屋が静まり返る。
リーフィア様の方を見れば、目を丸くしていた。
ジークは信頼できる。
それに応援するとも言った。
でも――。
「……駄目です」
止まらなかった。
「ジークじゃ駄目です。勿論、イリーもレンドールも、私以外の人間は駄目です」
「シ、シル様……?」
困惑が声に乗る。
当然だ。自分でも何を言っているのか分からなかった。
でも、胸の奥に押し込めていたものが勝手に溢れていく。
「他の誰かが、リーフィア様の隣にいるのが嫌です」
「……っ」
「楽しそうに笑って、喜んでいる貴女の隣にいるのは私がいい」
止まらない。
言うつもりなんてなかった。
言ってはいけないことだった。
「会えないのも苦しかった」
「……え」
リーフィア様が小さく息を呑む。
「顔を見ないだけで落ち着かなくて、何をしていてもリーフィア様のことを考えて……」
こんな感情、抱いてはいけないのに。
「昨日だって、ジークとの話を聞いただけで……魔力が漏れて――」
はっと顔を上げる。
私は今、何を言ってた。
「……あ」
顔を真っ赤にしたリーフィア様と目が合う。
全部、言ったのか、私は。
醜い感情も、昨日の醜態も、全部勢いに任せて――。
「……っ」
今更になって血の気が引く。
「申し訳ありません!」
反射的に頭を下げる。
「忘れてください」
「は?」
「今のは、全部、その……混乱していて……」
言い訳にもなっていない苦しい言い分だった。
俯いたまま、顔を上げることができなかった。
「混乱って……」
ぽつりとリーフィア様が呟く。
その声は震えていて、思わず身体が動きそうになって止める。
「私が、どれだけ……」
途中で言葉が切れる。
「リーフィア様」
「忘れてくださいって、何ですか」
はっと顔を上げれば、リーフィア様も俯いていて表情が見えなかった。
だが、怒っていることだけは分かった。
「私がシル様の言葉をなかったことにして、他の人と笑っていてもいいんですか」
「それは――」
嫌だ。
反射的に言葉が浮かぶ。
「……嫌です」
酷い矛盾だと思う。
私もリーフィア様にこんな幼稚な感情をぶつけて何がしたいのか分からない。
でも、もう綺麗なシル様にはなれなかった。
「嫌です。私以外を見て欲しくない」
最低だ。
応援すると言ったくせに、幸せを願っていたはずなのに。
本当は、ずっと……。
「貴女を……リーフィア様を誰にも渡したくない」
掠れた声で、小さく呟く。
静まり返った部屋にぽつりと響いた。
「……っ」
リーフィア様の肩が震える。
こんな身勝手なことを言って、困らせてしまった。なんなら、怒っているかもしれない。
それなのに、胸の奥に押し込めていたものを吐き出したせいか、不思議と少しだけ楽になっていた。
怖いのに、肩の力が抜けていく。
「……ずるい」
「……は」
「シル様はずるいです!」
顔を上げたリーフィア様は目尻を赤くし、潤んだ目でこちらを見る。
「私、シル様の言葉で舞い上がって、落ち込んで、諦めようとしてたのに!」
リーフィア様が一歩こちらに踏み出す。
「なのに、そんなこと言われたら、私……」
「諦められないじゃないですか。また、浮かれて喜んじゃう……」
ぽろりと涙が零れる。
喜ぶ……。
困らせたと思った。傷つけてしまったと思った。
でも、リーフィア様の顔は……。
「リーフィア様」
気づけば手が伸びていた。
触れて良いのか分からない。
でも、どうしても確かめたかった。
「どうして、そんな顔をするんです」
「……どんな顔してる?」
「凄く、嬉しそうな顔、です」
一瞬きょとんした後、リーフィア様がふわりと笑った。
泣いていたはずなのに、満開の花が咲いたかのように美しく破顔する。
「だって、嬉しいに決まっているじゃないですか!」
「……え」
「自分以外見て欲しくないって! 誰にも渡したくないって! 隣にいたいって!」
全部、全部私が言った言葉だった。
「そんなの、好きな人から言われたら嬉しいに決まってます!」
「……好きな、人」
口の中で反芻する。
理解が追いつかない。
「シル様?」
「リーフィア様は……私が、好きなんですか?」
再び沈黙が走る。
3秒程経った後、リーフィア様が一気に顔を赤くする。
「い、今、そこですか?!」
「……違ったでしょうか?」
「違いません!」
部屋中に響く大きな声だった。
リーフィア様が、私を好き……。
胸の奥がじわじわと熱くなる。
「……っ」
リーフィア様が口元を抑えて、忙しなく目をキョロキョロとさせていた。
「私も、リーフィア様のことが好きです」
「~~っっっ!!」
真っ赤になったリーフィア様が、その場にしゃがみ込む。
胸の奥が熱い。
ずっと苦しかったのに、今は不思議なくらい幸せだった。




