二人のこれから
「で、俺は護衛を頼んだはずだが」
数ヶ月ぶりに私を呼び出した兄上が、書類から目を離さず言う。
挨拶もなくこれとは、相変わらずご立派な人だ。
「問題なく務めていたはずですが」
「恋人になれとは言ってない」
「結婚します」
「あぁ、夫婦に……じゃない!」
ようやく顔を上げた兄上は呆れたように頭を抱えた。
「あのな、途中で報告を入れてこいって言ってんだよ」
「報告が必要とは言われていませんが」
「屁理屈言ってんじゃねぇ!」
報告したところで、細かいことはいいから結果だけ教えろと言う癖に。
「なんで俺が帝国からの書類で、お前と皇女を口説き落としたこと知るんだよ」
「口説いてはいません」
「は?」
「結婚の提案をしただけです」
「それを口説いたって言ってんの!」
机を叩いて立ち上がる兄上。
こうも感情を表に出していて、王配なぞ務まるのだろうか。
「というか何だよこれ!」
兄上が机の上の書類を掴み、そのまま読み上げる。
「『我が妹、リーフィアが王国で大変良くしていただいているようで感謝する』」
帝国にいるリーフィア様の兄君からの書状らしい。
「『貴殿の妹君、シル殿とは将来を誓い合ったとの手紙も届き、兄としては大変安心している』」
兄上の顔が段々と険しくなっていく。
「『ついては、婚姻の日取りだが両国の都合もあるだろう。一度、正式な場を設けたいと考えている』」
そこで兄上の手が止まる。
そして、大きく息を吸うのが分かった。
「外堀埋まってんじゃねぇか!!!」
机が揺れる。
リーフィア様の兄君とは正反対な反応で、妹としては悲しい限りだった。
「それが何です」
「婚姻日程の調整?! おま、まじでここまでどうやったら俺に話が漏れねぇんだよ!」
「良い部下を持ちました」
「レンドールも知ってんのか!」
ここにはいない弟にまで火種が飛んだことを申し訳なく思う。
それに、私は隠していたつもりはなかったのだ。
兄上以外は、大体知っていたはずだ。
誰も兄上に報告しなかったということは……つまり、そういうことなのだろう。
深く考えない方がいい気がした。
その時、扉を叩く音が響いた。
荒れていた兄上の動きが、ぴたりと止まる。
「……誰だ」
やけに低い声だった。
「私が呼びました」
「は?」
「リーフィア様、どうぞ」
「失礼いたします」
緊張したような声と共に、静かに扉が開く。
顔を強張らせたリーフィア様がいた。
「お話中に申し訳ありません。帝国第三皇女、リーフィアと申します」
リーフィア様に近付いて、背に手を添える。
「兄上、その怖い顔はやめてください」
「誰のせいで……」
兄上が呻くように呟く。
リーフィア様が少しだけ肩を揺らしたのを見て、兄上がバツの悪そうな顔をした。
「あの……この度は、私のことでお騒がせしてしまい申し訳ありません」
「いや、騒がせているのは愚妹だ。気にするな」
兄上は深く息を吐いたあと、リーフィア様へ向き直る。
「……皇女。確認だが、本当にいいのか」
「はい」
迷いのない返事だった。
「私は、シル様の隣にいたいです」
リーフィア様が私をちらりと見上げて、ふわりと笑う。
その言葉と姿に、胸が満たされる。
「……」
沈黙を保ったまま、リーフィア様を見つめ続ける兄上。
「あの……お義兄様に、認めていただけたら嬉しいです」
その瞬間、兄上の表情が変わる。
「……お義兄様」
噛み締めるように繰り返す兄上に気持ち悪さを感じながらも、肩の力が抜ける。
「も、申し訳ありません! は、早かったでしょうか!」
慌てるリーフィア様。
兄上は暫く固まっていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……いや、もういい」
疲れ切った声だった。
「それじゃあ……」
「好きにしろ」
兄上は椅子へ深く座り直し、力なく手を振る。
「止める理由もないしな。ただ、一つだけ言わせろ」
私に視線を向けてくる兄上。
私も、背筋を伸ばして頷いた。
「最後まで護れ。幸せにしてやれよ」
真っ直ぐな声だった。
「勿論――」
「わ、私も幸せにします!!」
被せるように響いた声に、私と兄上が固まる。
リーフィア様は顔を真っ赤にしながらも、手を挙げていた。
「……ふっ。そうか」
兄上が安心したように笑う。
「なら、心配いらねぇな」
「一緒に幸せになりましょう。リーフィア様」
リーフィア様の手をそっと握る。
キラキラと輝くような笑顔だった。
戦場から帰ってきた頃の私には、想像もできなかった。
誰かと共に未来を歩きたいと思う日が来るなんて。
適当に任務をこなして、帰ってくるだけの日々。
けれど、今は違う。
隣にいたい人がいて、護りたい人がいる。
そして、同じ想いを返してくれる。
そっと繋いだ手に力を込めれば、リーフィア様も嬉しそうに握り返してくれた。
……きっとこれから先も大丈夫だ。
二人で、幸せになれる。
隣で笑うリーフィア様を見つめながら、そう思った。
完結となります。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました!




