大魔女様
*皇女視点
「~~っ!!」
部屋に戻り、ベッドに顔を埋めて足をばたばたさせる。
侍女に見つかれば、はしたないと咎められるけれど、今はこの衝動を抑えきれなかった。
「シル様のばかっ!」
――私と結婚してください。
その言葉を聞いたとき、頭が真っ白になった。
夕陽の射す、綺麗な庭で憧れのシル様からのプロポーズ。
……でも、その夢は一瞬にして崩れていった。
――相手が誰であっても、貴女が選んだ人なら応援します。
シル様の言葉が頭の中で繰り返される。
シル様は、結婚相手が他の誰かを好きでも、愛人がいても平気。
――私は、誰よりも貴女の幸せを願っています。
飛びっきり優しい声で、とっても酷いことを言う。
シル様の言葉は彼女の善意に溢れていて、それが苦しかった。
「私なんて眼中にない……」
――リーフィア様が好きな方と結ばれる方法、一緒に考えます。
トドメだった。
むしろ、私の気持ちを知っていて遠ざけているのかと思うほどに。
ぼふぼふと八つ当たりに枕を殴っていれば、月明かりに影が差す。
「青春ね!」
「イ、イリー様?!」
窓の外には、ほうきに跨がったイリー様が楽しそうな顔をして浮かんでいた。
――
「さ、聞かせて貰うわよ」
「……」
窓から入ってきたイリー様は驚く私をよそに、優雅にソファに腰掛ける。
「あの、どこまでご存じなんですか?」
シル様は現れた時、転移はイリー様の悪ふざけだと仰っていた。
どこからどこまでが、イリー様の思惑で、どこからどこまでがシル様の言葉なのかをはっきりさせたかった。
「そうね。シルが皇女ちゃんを帝国に返したくないから、色々考えた結果結婚しかない! って結論に至ったってところまでかしら?」
シル様も、いつかは私が帝国に帰ることになると仰っていた。
でも、そんな話はない。と言うか、兄上からはその真逆のことを勧められていて……。
「その、私が帝国に帰るという話はどこから……?」
「あぁ。それは私が焚きつけるために言っただけ」
「……え?」
頭の中が真っ白になる。
「シルってば、最近安心しきってたから。ちょっと危機感足りないなーと思って」
イリー様は悪びれもせず紅茶を口に運ぶ。
「シルって鈍い上に、慎重でしょう? きっかけがないと動かないのよ」
「……」
「そしたら、予想以上に楽しいことになったの!」
ケラケラと笑うイリー様に、頭が痛くなってくる。
……シル様が言っていた、イリー様が関わるとろくなことにならない。という言葉が脳裏に浮かんだ。
「だから、私は最初の火種を作っただけ。その後は勝手にシルが暴走して、結婚まで飛んだの」
私が聞きたかったことを察したイリー様は優しく微笑む。
「シル様……」
私のことを最優先に考えて、これからもずっと護ろうとしてくれている。
……でも、その優しさに甘えていたら私は何をするか分からないと思った。
今でさえ、シル様の気持ちに勝手に傷ついて、遠ざけるようなことをしてしまったのだ。
きっと、私は……。
「ちょいちょいちょい! なんか変な方向に考えてない?」
イリー様が焦ったように私の目の前で手を振る。
「変な方向って……」
「揃いも揃って、ネガティブなんだから!」
はぁ、と大袈裟にため息を吐くイリー様。
「皇女ちゃん、今――シル様は優しいだけ、って考えたでしょう!」
「……はい」
「それよ!」
びしっと指を差される。
「皇女ちゃんを王国に残したいだけなら、他にも方法はあったのよ」
「……え?」
「婚姻なんて、シルじゃなくてもいいじゃない。適当にお見合いさせとけばいいのよ」
「そう、ですね」
シル様にお見合いを勧められる――。
その想像にずんと身体が重くなる。
……な、無かったことを考えて落ち込むのは止めよう。
「シルって、面倒くさがりでしょう?」
「……はい」
「でも、面倒見はいいのよね」
イリー様が頬に手を当てる。
「困っている人を見たら放っておけないし、頼られたら文句言いながら引き受ける」
私の護衛なんてその最たる例だと思う。
失礼な態度を取ったのに、剣を教えて欲しいと言えば教えてくれた。
魔術の才能があると、イリー様を紹介してくれた。
「でもね」
イリー様が少しだけ真面目な顔になる。
「シルは、他人の人生を軽く扱わないわ。責任感だけは無駄に強いの」
イリー様が肩を竦める。
「だから、頼まれたことと、自分で背負うことはちゃんと分けているのよ」
「……?」
「結婚を、手段だからで選ぶような人間じゃない」
「……え?」
でも、王国に残る手段だって――。
シル様の言葉を思い出して、つい俯けばイリー様が頭の上にぽんと手を乗せる。
「シルのお守りも大変ね。でもね、皇女ちゃん」
イリー様が少しだけ悪い顔で笑う。
「あいつ、自分のこともろくに分かっていないのよ」
「どういう――」
「だからね、確かめればいいのよ」
「えっと……」
困惑する私の頭をぽんぽんと撫でながら、イリー様は楽しそうに続ける。
「だから、試してみましょう」
「試す?」
「えぇ!」
突如として立ち上がったイリー様は、目をキラキラさせていた。
……ごめんなさい、シル様。
何かは分からないけれど、きっとシル様は怒るのだろうなと思いながら心の中で謝る。
「明日から楽しくなるわよ!」




