心当たり
*皇女視点
――ここ最近、シル様が変だ。
「リーフィア様、一緒にお茶しましょう」
「リーフィア様、今度美術館に行きませんか?」
「リーフィア様、この焼き菓子が好きだと聞きました。召し上がってください」
連日、私服で現れるシル様は、私を色々なところに連れて行ってくれたり、一緒の時間を過ごそうとしてくれる。
つい最近までは、仕事だと断られていたのもあって、喜びよりも困惑が勝っていた。
「ねぇ……最近シル様、変よね」
「……」
髪を乾かしてくれている侍女に話し掛ければ、気まずそうに目線を逸らされる。
……口には出せないけれど、変だと思っていることは伝わった。
「……心当たりなどはないのですか?」
「……」
心当たり。
実は一つだけ、思い当たるものがあった。
でも、それは知られていないはずだし、知られていたとしたら――。
「な、無いわ! 心当たりなんて、一つもこれっぽっちも!」
「あ、姫様、動かないでください!」
思わず首を左右に振れば、侍女が絡まる髪に悲鳴を上げる。
「ご、ごめんなさい」
「……心当たりがあるということですね」
「……」
侍女の視線が痛い。
誤魔化せる空気ではなかった。
「少し前に、帝国からの兄上の使者が来たの」
ぽつりと呟けば、髪を梳いていた手が止まる。
「それって――」
ごくりと侍女が唾を呑む。
「そ、そこで、つい話が盛り上がっちゃって! け、結婚したい人はいるのかとか聞かれちゃって! 私勢い余って、シル様って答えちゃったの!」
「え――?」
恥ずかしくて、鏡を見られない。
きっと、私の頬は真っ赤に染まっているに違いない。
「え、っと、なんの用で使者の方は?」
「あぁ。私、もう帝国に帰らないほうがいいって言われたわ」
「姫様――」
悲しげな表情を浮かべる侍女に、笑いかける。
「私、全然悲しくないの。自分の国なのに薄情かもしれないけれど」
帝国では、沢山兄弟がいる内の末の姫。
母様の家柄のせいで、継承争いの火種になる可能性だけはある――そんな皇女だった。
だから、あまり良い扱いではなかったと思う。
別に殴られたり、閉じ込められたり、そういうことはなかった。
ただ、何かを選ぶ時、私はいつも最後だった。
ドレスも、護衛も、教育も、お茶会も。
後回しが当たり前だった。
でも、それは辛くなかった。慣れていたから。
むしろ、何も求められなくて、気楽だとさえ思っていた。
「姫様……」
「でも、シル様に出会ってから、王国へ来てからは違ったの」
思わず笑みが零れる。
「イリー様は、凄く構ってくれるし」
「まぁ、確かに……」
イリー様は自由奔放で、不思議な人だ。
色々な場所に連れて行ってくれて、魔法を教えてくれる。
意味深なことを言って、考え込む私を楽しそうに眺める。
振り回されてばっかりだ。
でも……。
「私が面白いって」
「……そうですね。楽しそうにされてます」
侍女が苦笑する。
「シル様は――ちゃんと私を見てくれているの」
和平の象徴だからでも、帝国の皇女だからでも、可哀想だからでもない。
リーフィア様って名前で呼んでくれる。
私自身を見て、怒ったり、笑ったり、心配してくれると感じる。
それがとても嬉しかった。
「……姫様」
鏡越しに侍女と目が合う。
その顔が少しだけ困ったように笑っていた。
「い、言いたいことがあるなら聞くわよ!」
「いえ……」
言いにくそうに視線を逸らし、小さく息を吐いてから口を開く。
「シル様は、本当に姫様のことを大切に思っていらっしゃいますものね」
「――そうなの!」
勢い余って立ち上がれば、優しく肩を押され、椅子に戻る。
「……で、最初に戻るんだけれど、最近シル様の様子が変なのは、結婚したいって話を聞かれてしまったのかなって」
「あー、そういうお話でしたね」
侍女が遠い目をした。
「何その顔! シル様がおかしいって、貴女も言っていたじゃない!」
「私は言ってはいませんよ」
「で、でも、変でしょう!?」
「姫様は満更でもないように見えますが……」
ぐっと言葉に詰まる。
変だと思うのと、嬉しいと感じる気持ちは別物なのだ。
それに、ただ嬉しいだけではないのだ。
「だって、急すぎて……」
優しくて、近くて。
少しだけ、必死な気がする。
「なんだか、急にいなくなってしまうみたいで少し怖いの」
言った瞬間、自分でも驚いた。
そんなことを考えていたんだって。
「姫様もシル様のことが大切なんですね」
――大切。
侍女の言葉が、胸の奥へ静かに落ちる。
「……そうね。私、シル様のことがとっても大切だわ」
私はシル様に憧れていた。
強くて、格好よくて、ずっと遠くから見ていた人。
でも、今は違う。
嬉しいことがあれば、一番に話したい。
会えない日は凄く寂しくて。
笑ってくれると自分のことみたいに嬉しい。
……きっと、とっくに気づいていた。
「……私、シル様が好きなの」
口にすれば、胸の奥が少しだけくすぐったい。
でも、とっても暖かい気持ちになった。




