異変【挿絵あり】
城塞都市ミルキーウェイ、パーク管制室。
壁一面のモニターには、開園三周年の式典で賑わう中央広場や、各エリアの監視映像が映し出されていた。
「牡牛座エリア、異常なし……っと」
当直の監視担当者は、画面に並ぶ項目を確認しながら、いつものように端末を操作していた。
そのときだった。
ピピッ。
「……ん?」
聞き慣れない警告音に、担当者の手が止まった。
画面の隅で、それまで緑色だった表示が赤に変わっている。
『モンスター行動制御――応答なし』
「通信エラーか?」
担当者は接続状況を確認し、再接続を試みた。
しかし、表示は消えない。
それどころか、隣のエリアにも赤い警告が現れた。
「……おいおい、何だよこれ」
時刻は、午後一時十三分。
牡羊座、双子座、蟹座。赤い表示は次々に増え、やがてモニターの半分以上を埋めた。
『安全制御――停止』
『クエスト管理――停止』
『決済システム――停止』
「これは……! 主任、ちょっと来てください!」
呼ばれた主任が、すぐに隣にやって来る。
「通信の故障か?」
「分かりません! 最初は牡牛座だけだったんです。それが、ほかのエリアにも次々と同じ警告が出て……。監視映像はまだ一部見られます。でも、安全制御もクエスト管理も、まったく反応しないんです。ミルキーウェイ周辺の安全制御だけは、まだ動いています!」
「予備系統は?」
「切り替えできません」
「そんな馬鹿な……」
主任が操作を代わろうとした、そのとき。
『全島防護シールド――展開完了』
画面の中央に、見慣れない通知が浮かんだ。
「なっ、シールド!? 誰が作動させた!?」
「指示なんて出ていません! そもそも、全島を封鎖する運用予定は……」
言いかけた担当者の声を、後ろの席にいたキャストが遮った。
「牡牛座の『大草原のモンスターサファリ』からです! モンスターが柵を越えたとの連絡が……!」
別の席からも声が上がる。
「獅子座エリアでゲストが襲われています!」
「天秤座エリアからも緊急連絡! キャストが負傷し、救護班の派遣を要請しています!」
主任はしばらく画面を見つめ、それから当直の監視担当者に指示を出した。
「副支配人を呼べ。すぐだ。総支配人は式典会場にいるから、全てこっちで判断するしかない」
数分もしないうちに、別室で業務にあたっていた副支配人が駆けつけた。
「状況は?」
「島の広範囲で安全制御が停止しています。原因不明です。全島シールドも、こちらの操作なしに展開されました」
「衛星の異常か」
「まだ分かりません」
副支配人はモニターを見渡した。
「これは深刻だな。ゾディアックサーティーンに緊急権限移譲命令を送れ! 衛星の制御権を地上に移し、以後は完全マニュアルで対応する! 非番のスタッフも全員緊急招集だ!」
「承知しました!」
担当者が専用端末を操作する。衛星との通信はつながった。だが、すぐに返ってきた文字を見て、指が止まる。
『現在、外部からの操作命令は受け付けておりません』
「命令拒否だと!? くそ、もう一度だ!」
担当者が再び操作する。
だが、結果は同じだった。
「ダメです! 最高位の管理者権限でも、命令を拒否されています!」
「理由は?」
「表示されません……」
誰も答えられないまま、別のモニターから悲鳴が聞こえた。
モニターには、遊歩道を必死に逃げるゲストたちの姿が映っていた。
その後ろを、狼に似たモンスターが追いかけている。
一人のゲストが転倒すると、モンスターはその人物に向かって飛びかかった。助けようと駆け寄ったキャストまで襲われ、画面の中は大混乱になっていた。
「これ、演出じゃないですよね……?」
新人らしい担当者が呟いた。しかし、主任は答えなかった。
「現在の島内滞在者は?」
副支配人の問いに、別の担当者が急いで人数を確認する。
「ゲストとキャストを合わせて、百二十万人です」
副支配人は一度だけ目を閉じた。そして、顔を上げる。
「パーク全域に緊急事態を宣言する。すべてのアトラクションを中止。各施設の責任者は、まずゲストを安全な場所へ退避させろ。避難拠点への移動は、現場の状況を確認して判断する」
「ですが、中央の放送システムも落ちています!」
「使える回線は全部使え! 施設ごとの非常放送もだ。届かない場所には無線で直接伝えろ!」
スタッフたちが一斉に動き出す。
「総支配人に式典の即時中止を伝達。来賓の避難を最優先に。外部の各国政府にも救援要請を送れ!」
幸い、外部通信の回線はまだつながっていた。
だが、いつ途切れるか分からない。
担当者は急いで各国政府への緊急連絡を始めた。
「こちらニューワールド・アドベンチャラー・パーク管制室。島内で大規模な安全制御障害が発生。複数の負傷者が――」
その声に、別の部署からの救援要請が重なった。
開園から三年間、一度も人的死亡事故を起こさなかったパークで、誰も経験したことのない緊急事態が始まっていた。




