大草原のモンスターサファリ【挿絵あり】
草原を渡る風が、綾麿の前髪を揺らした。
城門を出てしばらく歩いたが、サファリの入口はまだ見えない。道の左右には草原が広がり、少し離れた柵の向こうでは、見慣れない角を生やしたモンスターが草を食べていた。
(そうだ。今のうちに、ほかの魔法も見ておこう)
綾麿はスマートフォンを取り出し、パークアプリの魔法一覧を開いた。
画面には、E判定の自分でも使える初級魔法だけが表示されている。
攻撃、防御、補助。試しに攻撃の項目を選ぶと、風の印が付いた魔法が目に留まった。
『風弾――圧縮した風を前方へ放つ初級魔法』
「これなら、俺にも使えるかな……」
攻撃魔法なんて、自分には縁がないと思っていた。それでも、使える魔法として表示されていると、少しだけ試してみたくなる。
説明には、詠唱と杖の構え方まで載っていた。
『風よ、ここに集い、我が前へと放たれよ――風弾』
綾麿は画面を見ながら、小声で二度ほど読み返した。
(いきなり使うと、また失敗しそうだけど)
杖専門店で作れた水球は、ビー玉ほどだった。それでも、初めて魔法を使えた感動は残っている。
いつか、この魔法も使ってみたい。
綾麿は詠唱を頭の中でもう一度繰り返し、スマートフォンをポケットに戻した。
やがて、道の先に立派な木製の門が見えてきた。
『大草原のモンスターサファリ』
門には角を持つモンスターの彫刻が飾られていた。家族連れがその前で記念写真を撮っている。
父親がカメラを構えると、小さな男の子が両手を頭に当て、モンスターの角を真似していた。綾麿もつい、その微笑ましい光景に目を向ける。
門の脇には小さな案内所があり、男性キャストが綾麿に声をかけてきた。
「ようこそ、大草原のモンスターサファリへ! ご利用は初めてですか?」
「はい。クエストを受けてきたんですけど……」
「クエストに参加されるんですね。それでは、こちらの認証台にスマートフォンを置いてください」
綾麿が案内された台にスマートフォンを置くと、画面に文字が表示された。
『認証完了――クエスト開始』
「お、始まった」
「受注いただいたクエストは『大草原の観察記録』ですね。園内にある三つの観察地点を巡り、それぞれでモンスターを撮影していただく内容です。写真をアプリに登録すれば記録されます」
「どんなモンスターでも大丈夫なんですか?」
「はい。各地点から撮影できるモンスターなら問題ありません。ただし、指定された遊歩道からは出ないようお願いします」
男性キャストは門の内側を指さした。
「所要時間は概ね三十分から一時間ほどです。モンスターには安全制御がかかっていますので、お客様を襲ったり、危険な距離まで近づいたりすることはありません」
「じゃあ、安心して見ていられるんですね」
「もちろんです。それと、こちらは観察を楽しんでいただく施設なので、攻撃魔法も使用できないようになっています」
「あ、そうなんですね」
綾麿は先ほど覚えた詠唱を思い出した。
(まあ、今回は写真を撮るだけだし)
「それでは、いってらっしゃいませ!」
綾麿は男性キャストに頭を下げ、門をくぐった。
想像以上に広い草原だった。
土を固めた遊歩道の先には池や岩場が点在し、木製の観察台ではゲストたちが写真を撮っていた。
「うわあ……」
遠くでは背中に岩のような甲羅を持つ大きなモンスターが、のんびりと草を食べている。
動く模型や映像ではない。ちゃんと息をして、歩いている。
遊歩道の近くにも小さなモンスターがいた。丸い身体に細い脚が四本生えており、草の間を忙しそうに動き回っている。
綾麿が足を止めると、そいつは地面に鼻先を寄せたまま、草むらの奥へ消えていった。
(こんなの、動物園でも見られないよな)
最初の観察地点は、小さな池のほとりにあった。
水辺には鹿に似たモンスターが数頭集まっていた。枝分かれした角に淡い緑の模様が浮かび、日差しを受けてきらきら光っている。
角の模様は、よく見ると淡く明滅していた。風が吹くたびに水面が揺れ、その光が池にも映り込んでいる。
綾麿がスマートフォンを向けると、そのうち一頭が顔を上げた。
「……こっち見た」
思わず身を固くする。
だが、モンスターはすぐに水を飲み始めた。
(本当に安全なんだ)
少し近づいて、群れの姿を撮影する。
撮った写真を確認すると、水面に映る角まできれいに収まっていた。
「お、いい感じ」
少し得意になって写真を登録すると、画面に印が付いた。
『観察記録 1/3』
「よし、まず一つ」
二つ目の観察地点は、岩場を見渡せる場所だった。
岩の上で、翼を持つ小さなトカゲのようなモンスターが日向ぼっこをしている。尻尾を揺らす姿は、どこか愛嬌があった。
その翼は薄い膜のようで、日光が当たると青や緑に輝いて見える。一匹が大きく口を開けてあくびをする姿は、まるで普通のペットのようだった。
「かわいいな……」
シャッターを切ろうとした瞬間、一匹がぱっと翼を広げた。
「わっ!」
綾麿は反射的に一歩下がった。
モンスターは隣の岩へ飛び移っただけだったのに、近くで見ていた子供に笑われてしまう。
「お兄ちゃん、びっくりした?」
「う、うん。ちょっとね」
頬が熱くなるのを感じながら、綾麿は撮影をやり直した。
今度は翼を広げる瞬間を待ち、なんとか撮影できた。さっき驚かされたのも、少しだけ得をした気がする。
『観察記録 2/3』
残るは一か所。
道を進むうちに草の背丈が高くなった。鳥に似たモンスターが空を横切り、聞き慣れない鳴き声が届く。
途中、綾麿は遊歩道の端に立つ少女を見かけた。
腰まで届く銀色の髪に、紫色の半袖チュニックと焦げ茶色の短パン。腰には革のベルトを巻いている。小柄な少女は一人で地図を眺めており、近くに付き添いらしい大人はいなかった。
(あんな小さい子も、一人で来るんだ)
少女は顔を上げ、遠くのモンスターをしばらく眺めると、自分の足で先へ歩いていった。
その落ち着いた様子に、綾麿は少し感心した。自分など、さっき小さなモンスターに驚いてしまったばかりだ。
綾麿もアプリに示された矢印を追う。
三つ目の観察台に着くと、目の前には見渡す限りの大草原が広がっていた。
そこを歩いていたのは、先ほど遠くから見えた甲羅を背負う巨大なモンスターだった。短い脚でゆっくり進み、時折地面に顔を寄せて草を食んでいる。
「でっか……」
甲羅だけでも、綾麿の身長を遥かに超えている。
近くで見ると、甲羅の表面には岩のような凹凸があり、ところどころに木や苔が生えている。
モンスターが一歩進むたび、足元の草がゆっくりと押し倒された。
隣では年配の夫婦が写真を撮り合っていた。
「ほら、あっちを向いたぞ」
「ほんとねえ。よくできてるわ」
(いや、あれは本物なんだよな……)
綾麿も思わず笑ってしまった。
大きなモンスターが顔を上げると、観察台にいたゲストたちから歓声が上がった。
綾麿もその瞬間を逃さないように、スマートフォンのシャッターを押す。
写真を確認してから、アプリへ登録した。
『観察記録 3/3』
『クエスト達成!』
『報酬 5APを獲得しました』
「……やった!」
誰に聞かせるでもなく、声が弾んだ。
サファリに入ってから、四十分ほど経っていた。
初めて自分で選んだクエストを、自分の足で最後まで達成できた。
スマートフォンには、三か所で撮った写真が並んでいる。池に集まるモンスターも、翼を広げた小さなトカゲも、巨大な甲羅のモンスターも、どれも実際に目の前で見たものだった。
(姉さんが来たら、話してやろう)
きっと『写真ばっかりじゃん』と笑われるだろう。それでも、思っていたよりずっと楽しかった。
綾麿は獲得した5APをもう一度確かめ、スマートフォンをしまおうとした。
そのときだった。
「うわあああっ!」
少し離れた場所から、悲鳴が響いた。
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これからも本作をよろしくお願いいたします。




