はじめてのクエスト受注【挿絵あり】
冒険者ギルドに戻ってきた綾麿は、腰の杖を確かめてから扉を開けた。
奥の大きなクエスト掲示板の前には、先ほどと変わらず多くのゲストが集まっていた。
(あそこでクエストを受けるのかな)
綾麿は受付番号を発行し、順番を待った。
数分後、番号が呼ばれる。
「次の方、どうぞ……あっ」
呼ばれた窓口には、見覚えのある女性が座っていた。
淡いアッシュブラウンの長い髪。左右の前髪を留める青いヘアピンと、胸元の『絵師円 梨々香』という名札。
「先ほどの、結城様ですね」
「はい。また来ちゃいました」
「い、いえ! 何度でもご利用ください!」
梨々香はふと綾麿の腰元に目を留め、表情を明るくした。
「あっ、杖! いいのが見つかったようで何よりです!」
「はい。ミストルティンっていう杖です。さっき、少しだけ魔法も試してみました」
「わあ……! おめでとうございます」
綾麿は少しくすぐったくなった。
「それで、今度はクエストを受けてみたいんですけど……」
「かしこまりました。それでは、受注までの流れをご案内しますね」
梨々香はカウンターから説明用のタブレットを取り出し、綾麿に画面を向けた。
「まず、冒険者ランクについてご説明します。ランクは1から5までの五段階に分かれており、登録されたばかりの方は、皆様ランク1からのスタートになります」
「じゃあ、俺はランク1なんですね」
「はい」
「魔法適性がEだったから、というわけじゃないんですね」
「そ、そうです! 魔法適性と冒険者ランクは別のものなので……」
梨々香は一度頷き、画面の数字を指さした。
「ランクが上がると、受注できるクエストや挑戦できるダンジョンが増えていきます。ただし、クエストやダンジョンには年齢制限が設けられている場合もありますので、ランクを満たしていても参加できないことがあります」
「なるほど。強い魔法が使えれば、どこにでも入れるわけじゃないんだ」
「はい。逆に、魔法適性が低くても参加できるクエストはたくさんあります」
E判定のせいで遊べる場所まで限られるのかと思っていたので、少し安心した。
「ランクはどうやったら上がるんですか?」
「クエストを達成して実績を積み、昇級試験に合格すると上がります。試験の申し込みには、クエストで獲得したポイントも必要になります」
「ポイント?」
「はい。詳しくは、こちらでご説明しますね」
梨々香は隣のキャストに一声かけてから、綾麿を奥の掲示板へ案内した。
「……すごい」
近くで見上げると、掲示板は思っていた以上に大きかった。
太い木枠を金色の彫刻が飾り、上部にはギルドの紋章。青い旗とランプまで付いている。
その中央には巨大なモニターが内蔵され、画面には森や火山、夜の湖など、さまざまなクエストが並んでいた。
「上のモニターでは、注目のクエストを紹介しています。表示は約三十秒ごとに切り替わるんです」
「へえ……たくさん種類があるんですね」
「はい! 討伐や探索、採取、護衛など、多種多様なクエストをご用意しています。それに、新しいクエストも毎日のように追加されているんですよ」
「そんなに増えていくんですか?」
「はい。何度遊びに来ても、新しい冒険を楽しんでいただけるようになっています。クエストの検索や受注は、下の端末から行えますので、こちらへどうぞ」
梨々香は空いている端末の前へ綾麿を案内した。
「では、画面に触れてみてください」
綾麿が画面に触れると、羊皮紙のような色の一覧が現れた。
「今表示されているのが、現在公開されているクエストの一覧になります。画面右下にあるボタンに触れると絞り込みもできるので、実際にやってみましょう」
「はい」
綾麿が画面右下のボタンに触れると、絞り込みの項目が表示された。
種類、エリア、ランク、人数。試しに冒険者ランクを1に設定すると、表示されるクエストが切り替わった。
「おお、ランク1でも結構あるんですね」
「はい。気になるクエストを選ぶと、依頼内容や報酬、年齢条件などを確認できます。パーティーの人数が決まっている依頼もありますので、そこはお気をつけください」
「一人じゃ受けられないものもあるんですね」
「はい。でも、一人で参加できるものもありますよ」
ランク1には、草花の採取や街での探索など、いろいろな依頼があった。
「そういえば、クエストって受けないとダンジョンに入れないんですか?」
「そんなことはありません。クエストは冒険を楽しむための一つの方法ですから。パーク内を自由に観光できますし、参加条件を満たしたダンジョンなら、クエストなしでもお楽しみいただけます」
「それなら、姉さんが来てから一緒に回るのもいいか……」
「お連れ様がいらっしゃるんですね」
「夜に合流する予定なんです。それまでは一人で何かやってみようと思って」
「でしたら、初心者向けの探索クエストがおすすめです」
梨々香が画面の『探索』という項目を指さした。
綾麿がそこに触れると、表示されていたクエストの一覧が切り替わった。
「気になるクエストを一つ選んでみてください」
「はい」
綾麿は目についたクエストを選んだ。
画面が切り替わり、詳しい依頼内容が表示される。その下の方には、金色の紋章とともに報酬のポイント数が記されていた。
「このAPっていうのが、さっき言っていたポイントですか?」
「はい。アドベンチャラーポイントといいます」
梨々香は端末の説明欄を開いた。
「クエストを達成すると獲得できて、パーク内の飲食や宿泊、交通機関のお支払いなどに使えます。ただ、シデラとは別のものですので、シデラや現実のお金に換えることはできません」
「帰るときに換金することも?」
「できないんです。それから、ほかの方への譲渡もできません。ポイントはご本人のアプリで管理されます」
「じゃあ、クエストの報酬でお金を稼ぐ、という感じではないんですね」
「どちらかというと、パーク内で使える特典に近いですね。昇級試験への申し込みにも必要なので、貯めている方も多くいらっしゃいます」
報酬は控えめでも、達成の証しが残るのは嬉しい。
綾麿は一覧画面に戻り、下へ送った。すると、緑色の草原の写真が目に留まった。
『大草原の観察記録』
モンスターの姿を撮影しながら、指定された三か所を巡るクエストらしい。
冒険者ランク1。参加人数は一人から四人。報酬は5AP。
「これ、面白そうですね」
「あ、それでしたら、ミルキーウェイから近いですよ。牡牛座エリアにあるサファリ型のダンジョンです」
「サファリ……って、動物園みたいな?」
「はい。草原に暮らすモンスターを観察できるアトラクションで、初心者の方にも人気なんです」
画面の写真には、遠くまで続く草原と、見慣れない角を生やした大きな四足獣が映っていた。
中央広場で見た動物が、もっと広い場所を歩いているのだろうか。
「場所も確認してみますか?」
「お願いします」
梨々香が示した『地図』の項目に触れると、人工島全体が画面に現れた。
(……やっぱり、大きいな)
巨大な輪の中央には海と群島があり、それを囲む陸地が十二の色に分かれていた。
「中央の海と島々は、魚座エリアです。このパークには、全部で十三の星座名を冠したエリアがあるんですよ」
「あ、それネットでちらっと見ました。確か十二の星座の他に、蛇遣座もあるんですよね」
「はい、その通りです。魚座以外の十二の星座エリアが、周囲の陸地に配置されています」
綾麿は指で地図を広げた。
北に牡羊座の火山。その隣、北東側に牡牛座の大平原。さらに時計回りに双子座、蟹座、獅子座と続いている。反対側には雪山や水都も見えた。
「現在地のミルキーウェイは、こちらです。星座エリアとは別に設けられた、第0エリアにあたります」
梨々香が示したのは、外海に面した北東側の一角だった。都市のすぐ隣には、今回の目的地である牡牛座エリアが広がっている。
「島の中に、こんなに大きな海まであるんですね」
「はい。外海と中央の海は、ミルキーウェイを通る運河でつながっているんです。船で行き来することもできるんですよ」
よく見ると、地図には街道のほか、環状の線路や航路、飛行船の発着場まで描かれていた。
「移動は、歩く以外にもできるんですよね?」
「はい、できますよ。馬車や船、飛行船もご利用いただけます。それから、こちらの汽車も人気です」
梨々香が画面を操作すると、西部劇に出てきそうな蒸気機関車の写真が表示された。
「うわ、本当に汽車だ」
「見た目は昔の蒸気機関車ですが、電気でも動くんです。速さは馬車より少し上くらい。島をぐるりと一周する環状路線で、内回りと外回りの便が選べますよ」
「乗ってみたいな……」
「ふふ。通常の交通機関は有料ですが、どれも人気があります。馬車はVIPの方なら乗り放題の特典もありますよ」
行きたい場所ばかりなのに、一週間では全部回れそうにない。
「なるほど。でも、今回のサファリは歩いて行けるんですよね?」
「はい。牡牛座エリア方面の城門を出て、案内に沿って進めば大丈夫です」
だったら、まずは自分の足で行ってみよう。
綾麿は地図を閉じ、先ほどの『大草原の観察記録』の詳細画面に戻った。
指定された地点でモンスターを撮影すること。受注者は一人から四人。自身のランクでも参加でき、年齢条件も問題ない。
(よし、これにしよう)
「これ、受けます」
「かしこまりました。それでは、画面下の『受注』ボタンに触れてみてください」
「はい」
綾麿がボタンに触れると、受注用の読み取りコードが表示された。
「こちらのコードをパークアプリで読み取っていただくと、受注が完了します」
綾麿はスマートフォンを取り出した。アプリのクエスト欄を開き、端末のコードへかざす。
短い電子音が鳴った。
『クエスト受注完了』
画面に依頼名と目的地が表示される。
「……できた」
「おめでとうございます! 初めてのクエスト、無事に受注できましたね!」
梨々香はほっとしたように微笑んだ。
「あと、受注したクエストの内容はアプリでも確認できます。もしわからないことがあれば、現地の案内キャストにお尋ねください」
「わかりました。いろいろ教えてくれて、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ……あっ、どうぞ、お気をつけて!」
ぺこりと頭を下げる梨々香に、綾麿も頭を下げ返した。
同じ人に案内してもらえると、なんとなく安心した。
ギルドを出て、綾麿はアプリの地図を確かめた。
案内に従って通りを進むと、やがて目の前に城門が見えてきた。向こうには、石畳の街とはまったく違う景色が広がっている。
門を抜けると、風に揺れる草の匂いがした。
緑の大地が続き、遠くでは大きな角の獣が柵の向こうを歩いている。道端にはサファリ型ダンジョンへの案内板が立っていた。
(今度は、野生のモンスターを近くで見られるんだ)
綾麿は腰のミストルティンに目を落とした。
魔法はまだ小さな水球を一つ作れただけ。それでも、今の自分にはこの一本がある。
街から聞こえる楽隊の演奏やパークのBGMが、少しずつ遠ざかっていく。
綾麿は案内板の矢印を確かめ、初めてのクエストへ向かって歩き出した。
もしよければ、ブクマや評価、感想などをいただけますと幸いです。
これからも本作をよろしくお願いいたします。




