最低ランクの冒険者【挿絵あり】
中央広場を抜けた先に、目的の魔法適性測定所があった。
石造りの建物に足を踏み入れると、いくつもの台座が並んでいる。それぞれの台座には、西瓜ほどの大きさの水晶が置かれていた。
一見するとファンタジーに登場する占い道具のようだが、よく見ると水晶の台座には操作用の画面が組み込まれている。水晶そのものも、精巧に加工された測定機器らしい。
「次の方、こちらへどうぞ」
係員に呼ばれ、綾麿は空いている台座へ向かった。
「こちらの水晶に手を添えてください。痛みなどはございません」
「はい」
言われたとおり、透明な水晶の表面へ右手を載せる。すると水晶の内側に淡い光がともり、何重もの光の輪がゆっくりと回り始めた。
隣の台座から歓声が上がる。
「やった、Bだ!」
「俺はDか。まあ、普通かな」
綾麿は少しだけ緊張した。
魔法適性はE、D、C、B、A、S、SSの七段階。
公式サイトによれば、この検査はゲームのように適当なランクを割り振るものではない。 魔法への適性は人によって異なり、魔力の量や魔法の出力、扱える術式の幅などにも差があるという。
高いランクほど強力な魔法を扱いやすくなるが、適性が高いだけで何でもできるわけではない。魔法を正しく使うには、知識や訓練も必要になるらしい。
もっとも、最低ランクのEでも基本的な魔法は使えるため、通常のゲストが冒険を楽しむ分には問題ないそうだ。
(Cくらいだったら嬉しいな)
そんな淡い期待を抱きながら、水晶を見つめる。
そのときだった。
水晶の内側で光が一瞬だけ強く輝いた。直後、側面の画面がふっと暗くなる。
「……あれ?」
綾麿が首をかしげた直後、短い電子音が鳴った。
画面に大きな文字が浮かび上がる。
『魔法適性:E』
「……E」
最低ランクだった。
思わず肩を落とす。
係員も一瞬だけ画面を見つめていたが、すぐに普段どおりの声で案内を始めた。
「測定は終了です。結果は冒険者登録に反映されます」
「あ、はい。ありがとうございました」
綾麿は水晶から手を離した。
さっき画面が暗くなったのは、何だったのだろう。演出なのか、それとも機械の調子が悪かったのか。
少し気にはなったが、後ろにも人が並んでいる。わざわざ聞き返すほどのことではないだろう。
(まあ、俺にそんな才能があるわけないか)
期待していた分だけ、少し残念だった。
それでも魔法が使えなくなったわけではない。せっかく来たのだから、できることから楽しめばいい。
綾麿は気を取り直し、冒険者ギルドへと向かった。
◇
ギルドの扉を開けると、木と革の匂いが漂ってきた。
高い天井を太い梁が支え、正面には金色の装飾が施された巨大なクエスト掲示板が設けられていた。
掲示板には大型モニターが内蔵されており、討伐や採取など、さまざまなクエストが紹介されている。その手前では、冒険者姿のゲストたちが半円状に配置された端末を操作していた。
ファンタジー世界の冒険者ギルドを模した造りだが、クエストの案内にも受付の手続きにも最新の電子システムが使われているらしい。
綾麿は受付番号を発行し、順番を待った。
数分後、番号が呼ばれる。
「つ、次の方、こちらへどうぞ!」
受付にいたのは、小柄な女性キャストだった。
淡いアッシュブラウンの長髪が肩の前へ流れ、前髪は左右それぞれ一本ずつ、青いヘアピンで留められている。額を出した清楚な顔立ちに、少し伏し目がちな大きな瞳。
華奢な体つきも相まって、どこか儚げな印象を受ける少女だった。
綾麿が近づくと、彼女は緊張したように背筋をぴんと伸ばした。
胸元の名札には『絵師円 梨々香』と、その下に『ESHIEN RIRIKA』と記されていた。
「冒険者登録で、よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「それでは、パークアプリを開いて入園証をこちらにかざしてください」
綾麿はスマートフォンでアプリを開き、指定された場所にかざした。短い電子音が鳴り、端末に名前と魔法適性が表示される。
「結城綾麿様……魔法適性はE、ですね。では、詳細の確認を……」
そこで梨々香の指が止まった。
「……え?」
彼女は手元の画面を何度か切り替え、表示されている項目を指でなぞった。もう一度最初の画面に戻り、今度は端末を覗き込むように顔を近づける。
「あの、何か問題でも?」
「い、いえ! 申し訳ありません。少し確認が必要なところがありまして……少々お待ちいただけますか?」
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。すぐに戻りますので!」
梨々香は深く頭を下げ、隣の受付へ小走りに向かった。
綾麿は近くの掲示板へ目を向けた。初心者向けの採取クエストや、モンスター討伐体験の案内が貼り出されている。
どれに参加しようか考えていると、近くから二人の会話が聞こえてきた。
「あの、今E判定を受けたゲストの方がお見えなのですが、ランク以外の詳細データがすべて空欄になっているんです」
「データが空欄? んー、もしかしたら機器の不調かもしれないわね」
「不調……ですか?」
「私も初めてのケースだけどね。とりあえず、登録用にはEランクのデフォルト値を手入力して対応しましょう。元の測定記録はそのまま残しておいて」
「は、はい」
「それと、このゲストの方が使った測定機器は一旦止めてもらって、技術部にエスカレーションかな」
「……はい。わかりました」
どうやら、自分の測定結果に何か問題があったらしい。
(俺の結果、そんなに変なのか?)
先ほど、水晶の画面が一瞬暗くなったことを思い出す。
あれが原因なのだろうか。
ただ、係員も普通に測定を終えていたし、綾麿自身に異常があるわけでもない。機械の不調なら、専門の人に任せるしかないだろう。
しばらくすると、梨々香が戻ってきた。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません。登録はこのまま進められますので……」
「そうですか。よかった」
「あの、確認にお時間を取らせてしまって……本当にすみません」
「気にしないでください。ちゃんと調べてくれたんですよね」
綾麿は少し迷ってから続けた。
「俺は、待ってただけですし」
言ってから、余計なことを言ったかもしれないと思った。別に彼女を励ますつもりだったわけではない。自分が困っているわけでもないのに、何度も謝られるのが申し訳なかっただけだ。
けれど梨々香は、ぱちりと瞬きをした。そして、張り詰めていた緊張がほどけたように、小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます」
その声は、先ほどまでより少し落ち着いていた。
「では、最後にこちらの内容をご確認ください」
「はい」
必要事項を確認し、登録を終える。
梨々香は案内票を両手で差し出した。
「これで冒険者登録は完了です。魔法を使用するには杖が必要になりますので、専門店をご利用ください。ギルドを出て右の通りにございます」
「わかりました。ありがとうございます」
「どうか、素敵な冒険を!」
梨々香は丁寧に一礼した。
その声には、最初のぎこちなさがほとんど感じられなかった。
◇
ギルドを出ると、明るい陽射しが石畳に降り注いでいた。
楽隊の音が風に乗って届き、屋台からは焼き菓子の甘い匂いが漂ってくる。
魔法適性はE。登録では少し手間取ったが、せっかくの冒険が始まるのだ。いつまでも気にしてはいられない。
綾麿は案内票の地図を頼りに、杖専門店へ向かった。
しばらく歩くと、ショーウインドーいっぱいに杖を並べた店が見えてきた。
宝石を埋め込んだ杖、繊細な彫刻の施された杖、磨き上げられた美しい木製の杖。どれも見るからに高そうだ。
「……予算、足りるかな」
招待券で入園料はかからなかったが、装備品や飲食代は基本的に別料金だ。
もちろん、ある程度のお金は用意してきた。それでも、できれば無駄遣いは避けたい。
値札を探しながら杖を眺めていると、ショーウインドーの隅に置かれた一本が目に留まった。ほかの杖と違って、派手な装飾がほとんどない。周囲の杖の陰になっているため、木の色も値段もよくわからなかった。
(あれなら、俺でも買えるかな)
なぜか気になって、もう一度その杖を見る。けれど、ガラス越しでは詳しいことはわからない。
「……入ってみるか」
綾麿は店の扉に手をかけた。自分で初めて使う魔法は、どんなものになるだろう。どんなクエストを受けて、どんなモンスターと出会うのだろう。
考えているだけで、胸が弾んでくる。
綾麿は小さく息を吸い、杖専門店へ足を踏み入れた。
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