ようこそ、絶対安全の異世界へ【挿絵あり】
本作品はローファンタジーになります。
それでは、本編へどうぞ!
空港の自動ドアを抜けた瞬間、結城綾麿は足を止めた。
抜けるような青空の下、巨大な城壁がそびえ立っている。重厚な城門には色鮮やかな旗が掲げられ、その向こうから青い屋根の家々と、先端に金色の飾りをつけた白い尖塔が顔をのぞかせていた。
「……すご」
思わず声が漏れる。周囲の旅行客も同じように城壁を見上げ、中にはスマートフォンで写真を撮る人もいた。
振り返れば、ガラス張りの空港と、海沿いに広がる巨大な港が見えた。駐機場には旅客機が並び、港には何隻もの客船が停泊している。
ここは、ニューワールド・アドベンチャラー・パーク。
通称、冒険者パーク。
北海道より少し大きな人工島を丸ごと使った、世界最大級の異世界体験型テーマパークだ。動画では何度も見たが、実物の迫力は別物だった。
(本当に来たんだな……)
きっかけは、パーク公式の開園三周年記念キャンペーンだった。
何気なく応募した懸賞で、一週間パックのペア招待券が当たったのだ。一週間で数十万円もする高級テーマパーク。自分には縁のない場所だと思っていただけに、当選通知を見たときは姉の千鶴と一緒に詐欺を疑った。
公式に問い合わせ、本物だと確認してからは二人で大騒ぎだった。
本当なら、今日はその姉と朝から入園するはずだった。ところが千鶴は仕事を外せなくなり、夜の便で合流することになっている。
綾麿は改めて城門を見上げた。
この景色は、千鶴にも見せたい。たとえ姉が仕事中でもだ。
スマートフォンを取り出してビデオ通話をかける。数回の呼び出し音のあと、画面に見慣れた顔が現れた。背景にはぼかしがかかっており、周囲の様子はわからない。
『あ、綾麿! 無事着いた?』
「うん。今、入口の前」
『入口どんな感じ?』
「それが、すごいんだよ。ちょっと見てほしくて」
カメラを背面に切り替え、城門へ向けた。
『うわっ、何これ! 本物のお城みたい!』
「でしょ。俺もびっくりした」
『いいなあ! 私も早く行きたい!』
「姉さんも夜には来られるだろ」
『そうだけど! こんなの見せられたら仕事が手につかないって!』
仕事中に通話に出たのは誰だ、と突っ込みかけてやめた。画面の向こうで目を輝かせる姉を見ていると、綾麿まで嬉しくなってくる。
『夜には行けるからね。奇跡的にペアで当たったんだし、明日は一緒に回ろう』
「うん。気をつけて来て」
『そっちもね。あんまり無茶しないこと!』
「はいはい。そもそもテーマパークで無茶なんてしないだろ。仕事終わったら連絡して」
『了解。じゃあ、またね』
「うん。また」
通話が切れた。
千鶴が来るのは夜だ。それまでは、一人でパークを楽しもう。面白そうな場所を見つけたら、明日、姉と一緒に行けばいい。
入園ゲートの近くには、冒険者衣装を選んで着替えられる大きな施設があった。綾麿はほかのゲストに続いて中へ入った。
広々とした館内には何列もの衣装棚が並び、多くのゲストで賑わっていた。
入口に立っていたキャストが笑顔で声をかけてきた。
「冒険者衣装はこちらからお選びいただけます。各サイズをご用意しておりますので、ご自由にお選びください」
「ありがとうございます」
キャストに案内された先には、さまざまなデザインの冒険者衣装が並んでいた。素朴な旅人風のものから、華やかな装飾を施したものまで、種類は豊富だ。
綾麿は気に入ったデザインと自分に合うサイズを選び、更衣室へ向かった。
着替えを済ませ、鏡の前に立ってみる。
(……おお、結構それっぽい)
普段着とはずいぶん印象が違う。見慣れない姿が少し照れくさかったものの、鏡の中の自分を見ているうちに、自然と頬が緩んだ。
脱いだ私服を保管ロッカーに預け、更衣室を出る。
(……よし)
綾麿は人の流れに加わり、城門前の入園ゲートへ向かった。
◇
パークアプリに表示した電子入園証を端末にかざし、顔認証を受ける。澄んだ電子音とともに認証完了の表示が灯り、ゲートが開いた。
「ようこそ。異なる世界を結ぶ城塞都市、ミルキーウェイへ!」
羽飾りのついた帽子をかぶる女性キャストが、胸に手を当てて一礼する。
「初めて冒険者登録をされる方は、まず魔法適性測定所へお越しください。測定所は中央広場を抜けた先にございます。測定が終わりましたら、冒険者ギルドで登録手続きをお願いいたします」
「わかりました。ありがとうございます」
綾麿も軽く頭を下げ、城門をくぐった。
途端に、賑やかな声と焼きたてのパンの匂いが押し寄せた。
石畳の大通りには色とりどりの露店が並び、果物を積んだ荷車の横を馬車が通り過ぎていく。革鎧姿のゲストが地図を広げ、店先では長い耳の飾りをつけたキャストが客を呼び込んでいた。
建物はどれも中世の街並みを思わせる造りで、石造りの壁に木枠の窓、色鮮やかな布製の日よけが並んでいる。
ただし、そのすべてが古めかしいわけではない。よく見れば、街灯には見慣れない発光装置が組み込まれ、店舗の奥には電子端末も置かれていた。
外見はファンタジーでも、中身は最先端の技術で動いているのだ。
ふと、頭上の看板に目を向けた。
そこには見たこともない文字が並んでいた。形も読み方もわからない。それなのに、文字を目で追った途端、その意味が自然と頭の中に入ってくる。
文字そのものが日本語に変わったわけではない。知らないはずの言葉を、最初から理解していたような奇妙な感覚だった。
「すごっ! これが翻訳魔法か!」
思わず声を上げてしまう。
来園前、綾麿はネットでパークについて調べていた。
魔法や翻訳を支えているのは、黄道十三衛星群――通称『ゾディアックサーティーン』。
十三基の人工衛星には、南極の古代遺跡で発見された未知の鉱石が搭載されているという。その鉱石には現代科学で説明できない力があり、人工衛星のシステムを通じて島全体にさまざまな魔法現象を発生させているらしい。
もっとも、その原理はいまだ完全には解明されていないそうだ。
(宇宙に衛星があって、そのおかげで魔法が使えるって……やっぱり変な感じだ)
すれ違った外国人観光客の会話も、聞き慣れない言葉のまま意味だけが理解できる。これなら世界中の人と会話ができそうだ。
綾麿は感心しながら、中央広場へと足を進めた。
◇
広場に出ると、ちょうど一人の女性キャストが観客の前に進み出た。周囲には小さな子供たちと、その保護者が集まっている。
「それでは皆さん、魔法の世界をお楽しみください!」
女性キャストが杖を高く掲げる。
「蒼き雫よ、輪となり舞え。光をまといて、空に咲け――水華輪舞!」
次の瞬間、杖の先から水が噴き出した。
水は地面に落ちることなく空中で輪を描き、いくつもの細い帯へと分かれていく。やがてそれらが花びらのように広がり、巨大な水の花が空中に咲いた。
「わああっ!」
子供たちが歓声を上げる。
花はゆっくり回転しながら虹色の光をまとい、最後には細かな雫となって降り注いだ。
周囲から大きな拍手が起こり、綾麿も思わず手を叩いた。
(すごい……! 水が宙に浮いて、花になった……!)
映像では何度も見た演出だった。それでも、画面越しではなく、実際に目の前で起きる現象には、比べものにならない迫力があった。
「もう一回!」
子供の一人が声を上げた。
「ふふ、今度はもう少し大きくしましょうか」
女性キャストは再び杖を掲げ、同じ呪文を唱え始めた。
もっと近くで見てみたい気もしたが、綾麿は前へ出なかった。夢中になっている子供たちの邪魔をするのも気が引けたからだ。
少し離れた場所から眺めていると、今度は先ほどより大きな水の花が咲き、広場を歓声で満たした。
広場の先には、木柵で囲まれた小さな飼育場があった。
角を生やした四足獣が草を食べ、飼育キャストの合図で器用に頭を下げている。見た目は鹿に似ているが、角の形も体毛の色も、綾麿の知っている動物とは少し違っていた。
飼育場の前では、親子連れが楽しそうに写真を撮っている。
綾麿は昨夜読んだ解説記事を思い出した。
一九九九年、南極の氷床下で十三の古代遺跡が発見された。同じ場所からは、大量の太古生物の冷凍死体や植物の種、未知の鉱石なども見つかったという。
その発見をきっかけに、ある財団とバイオ企業が長い年月をかけてクローン技術を発展させ、太古生物の復元を実現した。
目の前では、飼育キャストが差し出した餌に、四足獣が首を伸ばしていた。器用に餌を頬張る姿を見て、柵の前の子供たちが笑い声を上げる。
ゴブリンやドラゴンも、ここでは空想上の生き物ではない。太古に実在した種を復元したものだけでなく、現代の技術によって改造された種も存在するらしい。
記事の中で特に印象に残っていたのは、彼らが単なる機械や映像ではないという説明だった。
餌を食べ、眠り、成長する。
作り物ではない。正真正銘、生きているのだ。
(あれも、本当に生きてるんだよな……)
目の前の四足獣が鼻を鳴らした。顔を上げた獣の口元には、食べかけの草がくっついている。その様子は、動物園で見る生き物と何も変わらなかった。
ただし、ここには動物園とは決定的に違う点がある。ドラゴンやオークのような危険な生物も、実際に飼育されているのだ。
当然、危険な生物には徹底した安全対策が施されている。衛星による脳波制御や行動制限によって、ゲストへ危害を加えられないよう管理されているという。
綾麿は柵の向こうの動物をもう一度眺めてから、広場へと視線を戻した。
街は開園三周年を祝う花飾りやリボンで彩られ、大きな幕が掲げられていた。
『祝・開園三周年! 冒険と魔法の世界へ、ようこそ!』
二〇三〇年七月七日。
今日が、開園三周年記念日だ。
パークの公式サイトによれば、開園から三年間、重大事故も人的死亡事故もゼロ。モンスターも攻撃魔法も、衛星による徹底した安全制御の下にある。
危険そうな冒険を、安全に楽しめる。
それこそが、このパーク最大の売りだった。
(本当にすごい場所だな)
綾麿は無意識に笑みをこぼした。
こんなに浮かれるのは、いつ以来だろう。
いかがでしたでしょうか?
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これからも本作をよろしくお願いいたします。




