第9話 第二階層への招待?
警報音が、倉庫施設全体に響き渡っていた。
ビーッ! ビーッ!
赤いランプが点滅し、廊下を走る警察官たちの足音が聞こえる。
修司の視界には、相変わらず赤い文字が浮かんでいた。
【深海門・第二階層への侵入が推奨されます】
【制限時間:11時間58分】
まるでゲームのクエスト表示だ。
だが失敗した時の代償は、間違いなく現実の死である。
美咲は無線を掴み、矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。
「第二班は港湾東側を封鎖! 海保と連携して民間船を退避させて!」
彼女の表情から、事態が相当深刻だと分かる。
白石あやめはタブレットを操作しながら青ざめていた。
「第二階層の魔力反応、急激に上昇してます……これ、猪名川の数十倍です!」
黒田が顔を引きつらせる。
「数十倍って聞くだけで帰りたくなるんだが」
玲奈は修司の隣にぴったり座ったまま、小さく息を呑んだ。
「修司さん、本当に行くんですか……?」
修司はすぐには答えられなかった。
《観測者》は行けと言っている。
だが、なぜ自分なのかが分からない。
美咲は一通り指示を終えると、修司たちへ向き直った。
「状況を説明します」
壁の大型モニターに、深海門内部の簡易マップが表示される。
深海門 第一階層
海底回廊
発光珊瑚地帯
小型深海生物群
第二階層(推定)
未踏破区域
高濃度魔力反応
大型生命体複数確認
「十分前、第二階層から未知の反応が上昇し始めました」
美咲はモニター上の赤い点を指差す。
「しかも反応の中心が、門の出口方向へ移動しています」
「つまり?」
修司が尋ねる。
「このままだと、神戸湾へ第二波が出てきます」
部屋が静まり返った。
アビス・イーター級の怪物が複数出現すれば、港湾地区どころか神戸市街まで被害が及ぶかもしれない。
その時、修司の右手が再び熱を帯びた。
ズキン――。
視界が揺れ、モニターの赤い点が別の形に見え始める。
ただの光点ではない。
それは巨大な樹木のような構造を中心に、複数の生物が集まっている映像だった。
修司は思わず呟く。
「……樹?」
美咲が振り返る。
「何か見えたの?」
修司は額を押さえた。
「第二階層の中心に、巨大な樹木みたいなものがある。そこに怪物が集まってる」
あやめが息を呑む。
「樹木型コア……!? そんな報告、どの国にもありません!」
美咲の目が鋭くなる。
「確実?」
「多分。《観測者》が見せてる映像だと思う」
ついに能力名を口にしてしまった。
だが今さら隠しきれない。
美咲は驚きよりも、むしろ納得したような表情を浮かべた。
「やはり固有スキル持ち……」
会議室の空気が変わった。
美咲は真剣な声で言う。
「相良さん。正式に協力を要請します」
「断ったら?」
「強制はしません。ただし――」
彼女はモニターの神戸市街地図を映した。
「第二波が出れば、数万人規模の避難が必要になります」
修司は苦い顔をした。
完全な脅しではない。
現実的な被害予測だ。
黒田が肩をすくめる。
「修司、お前はこういう時に“放っておけない病”を発症するんだよな」
「嫌な友人だな」
「長い付き合いだから分かる」
玲奈は黙ったまま修司を見つめていた。
その瞳には不安と覚悟が混ざっている。
やがて彼女は静かに言った。
「行くなら、私も行きます!」
「…玲奈」
「置いていかれる方が、怖いんです…」
その言葉に、修司は反論できなかった。
一時間後。
修司たちは深海門への臨時調査チームとして編成された。
メンバーは五人。
相良修司 ― 観測担当
高槻玲奈 ― 精神サポート
九条美咲 ― 戦闘指揮
白石あやめ ― 生態調査
黒田慎一 ― 記録・後方支援
美咲は装備ケースを開いた。
中には拳銃ではなく、魔石を組み込んだ特殊装備が並んでいる。
修司には軽量の防刃ベストと、青い魔石が埋め込まれた短槍が渡された。
「扱えそう?」
「槍なんて体育の授業以来だ」
「《観測者》が補助するはずよ」
完全に他人事ではない。
玲奈には小型の魔石通信機が渡された。
「私は戦えませんよ?」
美咲は首を振る。
「あなたは相良さんの精神状態を監視してください。適合者は極限状態で暴走することがあります」
玲奈は真剣に頷いた。
その表情を見て、修司は少しだけ安心する。
夕暮れ。
神戸港の規制区域は、昼間とは別世界になっていた。
装甲車。
自衛隊の警戒線。
海上には巡視艇が並び、黒い深海門を包囲している。
だが門そのものは、まるで生き物のようにゆっくり脈動を続けていた。
近づくほど、修司の紋章が熱を増す。
《観測者》が次々と情報を表示する。
【深海門】
階層数:不明
現在接続:第二階層
異常反応:増大中
門の前に立つと、内部の闇がゆっくり揺らめいた。
その奥からは、潮の匂いとともに、どこか甘い花のような香りが漂ってくる。
修司は眉をひそめた。
「海なのに、花の匂いがする」
あやめが目を輝かせる。
「未知の植物系生態かもしれません!」
「そういう時の君、目が危ないぞ」
黒田が小声で言う。
美咲は短く息を吐き、槍を構えた。
「これより深海門内部へ侵入します。全員、絶対に単独行動は禁止」
玲奈が修司の袖をそっと掴む。
修司はその手を軽く握り返した。
「必ず帰る」
「約束ですよ」
門の闇が、まるでこちらを歓迎するように揺れる。
修司は《観測者》の紋章が脈打つのを感じながら、一歩前へ踏み出した。
そして五人は、神戸湾の黒い門の中へ足を踏み入れた。
その瞬間、世界から音が消えた。




