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第6話 深海門の観測者


神戸湾へ吹きつける海風が、修司の頬を叩いた。


係留ロープを掴んだまま岸壁を駆ける。


背後で玲奈が叫んでいた。


「修司さん、危険です!」


危険なのは分かっている。


だが海に投げ出された隊員が、黒い触手に巻き取られようとしていた。


《観測者》の警告表示が視界に焼き付いて離れない。


【対象生存時間:18秒】


「くそっ……!」


修司は岸壁の端まで走り、ロープの先端に繋がれた救命浮輪を海へ投げた。


同時に、右手の紋章が強く脈打つ。


ズキン――!


視界が一瞬だけ青白く染まった。


そして触手の動きが、異様なほどゆっくり見えた。


【深海触腕体】


主魔核:門内部


外部触腕:再生可能


局所弱点:吸盤中央の神経節


「本体は門の中か……!」


つまり岸壁から触手を倒しても意味がない。


だが今は救助が先だ。


海面で必死にもがいている隊員へ、浮輪が届く。


「掴め!」


隊員は辛うじて浮輪を掴んだ。


だが次の瞬間、巨大な触手が海中から伸び、浮輪ごと引きずり込もうとする。


修司の身体が勝手に動いた。


《観測者》の補助だ。


岸壁に固定されていた消火器を掴み、触手へ全力で投げつける。


ガンッ!


白い粉が吸盤部分にぶちまけられた。


触手が一瞬だけ大きく痙攣する。


「今だ!」


近くにいた海保隊員二人がロープを引き、海中の隊員を岸へ引き寄せた。


間一髪だった。


だが安心する暇はない。


海上の黒い門が、さらに大きく脈動し始めた。


ゴォォォォ……!


海面が渦を巻き、二本目、三本目の触手がゆっくり現れる。


周囲の見物人から悲鳴が上がった。


「全員避難しろ!」


警察官が怒鳴る。


黒田が修司の肩を掴んだ。


「お前まで巻き込まれるぞ!」


その時だった。


沖合から高速艇が接近してくる。


船体には 兵庫県警特殊災害対策課 の文字。


先頭に立っていた女性が、岸壁へ飛び降りた。


黒い戦闘服。


短く切り揃えた髪。


鋭い目つき。


「民間人は下がって!」


彼女は大型ライフルのような装置を構え、触手へ向けて引き金を引いた。


バシュッ!


発射されたのは銃弾ではなく、青白く発光する槍状のエネルギーだった。


槍が触手を貫いた瞬間、黒い肉が蒸発するように崩れる。


修司は目を見開いた。


「魔石兵器か……?」


女性は振り返り、修司を鋭く睨んだ。


「あなた、さっき触手の弱点を狙いましたね」


修司は答えに詰まる。


普通の人間なら、あの一瞬で吸盤中央を狙えるはずがない。


女性は修司を観察するように見つめた後、短く名乗った。


「兵庫県警特殊災害対策課、九条美咲です」


玲奈がすぐに修司の隣へ来て、さりげなく腕を抱き込んだ。


その動きが妙に素早い。


美咲は玲奈を一瞥し、再び修司へ視線を戻す。


「後で話を聞かせてもらいます。今は生き残ることを優先してください」


その直後、海上の門が激しく震えた。


黒い闇の奥から、これまでとは比較にならない圧力が溢れ出す。


修司の《観測者》が激しく警告を発した。


【高危険度存在を検知】


【危険度:B+】


【推奨行動:即時撤退】


海面が盛り上がる。


ゆっくりと現れたのは、巨大な頭部だった。


深海魚のように裂けた口。


無数の発光する眼。


その姿を見た瞬間、周囲の誰もが言葉を失った。


美咲でさえ顔色を変える。


「……冗談でしょ」


修司は海の怪物を見上げながら、乾いた笑いを漏らした。


猪名川の火猪どころではない。


これはもう、都市災害だ。


そして《観測者》は、その怪物の名を静かに表示していた。


【名称:アビス・イーター】


【深海門・第二階層の捕食者】


神戸湾の空に、低く不気味な咆哮が響き渡った。

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