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第47話 消えた時刻



地下保守区画から地上へ戻った時、外はすでに夕方になっていた。


梅田の街はいつも通り人で溢れている。


誰も知らない。


ほんの数時間前、この地下深くで「存在しない駅」が崩壊したことを。


封鎖区域の出口で、美咲は最後の確認を行っていた。


負傷者は三名。


重傷者はいない。


地下42m区画は完全に瓦礫で閉塞し、異常な低温現象も停止したという。


「ひとまず、緊急事態は収束しました」


美咲はそう報告したが、その声にはまだ緊張が残っていた。


修司も同じだった。


《観測者》の最後の表示――主接続経路を遮断しました。


完全消滅ではない。


その言葉が頭から離れない。


「西宮のご自宅まで送ります」


美咲が言った。


「いや、電車で帰れる」


「今日は…一般人扱いはしませんよ」


珍しく強い口調だった。


修司は苦笑し、素直に頷いた。


車へ向かう途中、彼はふと東梅田駅の入口を振り返る。


夕方の利用客が何事もなく、普段通り行き交っている。


あの地下46mに《第零駅》が存在していたなど、誰にも想像できないだろう。


だが修司には、地下のさらに奥で何かがまだ眠っているような…嫌な気配がどうしても消えなかった。


車内はしばらく静かだった。


運転席の美咲も疲労を隠せていない。


それでもハンドルを握る姿勢は崩れていなかった。


阪神高速へ乗る頃、美咲がぽつりと口を開く。


「お祖父様のことですが……」


修司は窓の外を見たまま答える。


「助けられなかったな」


「いいえ」


美咲は静かに首を振った。


「七十四年間、観測点を閉じようとしていたのかもしれません」


観測室で見た祖父の最後の姿。


『帰れ』


あの言葉には、長い後悔と執念が込められていた。


修司は目を閉じる。


「少なくとも、最後は笑ってた気がするんだ」


美咲は視線を合わせたが、それ以上何も言わなかった。


西宮のマンションへ着くと、玲奈がエントランスまで迎えに来ていた。


修司の姿を見た瞬間、彼女は駆け寄ってくる。


「修司さん!」


勢いよく胸へ飛び込んできた玲奈を、修司はしっかり抱き止めた。


彼女の肩は小さく震えている。


「良かった!帰ってきた……」


「約束しただろ」


玲奈はしばらく顔を埋めたまま動かなかった。


その様子を見て、美咲は少しだけ表情を和らげる。


「今夜はゆっくり休んでください」


「美咲もな」


彼女は軽く会釈し、県警へ戻っていった。


部屋へ入ると、昨夜まで残っていた異様な冷気は完全に消えていた。


窓ガラスを確認する。


0:13 の白い文字は、確かに跡形もなく消えている。


玲奈が安堵したように息を吐いた。


「本当に消えましたね」


「ああ」


修司はガラスへ触れた。


普通の温度だ。


冷たさも、湿った鉄の臭いもない。


《第零駅》は確かに遠ざかった。


その夜、二人は久しぶりに落ち着いて夕食を作った。


冷蔵庫に残っていた食材で、簡単なクリームシチューとサラダ。


地下46mで命を懸けていた数時間前が、まるで別世界の出来事だったように感じていた。


食後、玲奈はソファで修司の肩へ寄りかかった。


「これで終わったんでしょうか」


修司はすぐには答えられなかった。


「祖父の観測点は閉じた」


「でも?」


「……《観測者》は“主接続経路”って言った」


玲奈は小さく身を強張らせる。


つまり、主要な入口は閉じたが、他にも何かが存在する可能性がある。


深海門。


第零駅。


どちらも、現実のどこかに潜んでいた「異界との接続点」だった。


もしそういう場所が他にもあるのなら――。


修司は考えるのをやめた。


今は、目の前の温もりを感じていたかった。


深夜零時。


修司はふと目を覚ました。


隣では玲奈が静かに眠っている。


無意識に時計を見る。


0:00


それ以上、数字を確認するのが少し怖かった。


修司は苦笑しながらベッドを抜け出し、リビングへ向かった。


窓の外には静かな、いつもの西宮の夜景が広がっている。


異常はない。


冷気もない。


列車の音も聞こえない。


修司は水を一口飲み、ようやく少し肩の力を抜いた。


その時だった。


テーブルの上のノートパソコンが、何の操作もしていないのに突然起動した。


ファンが回り、画面が青白く点灯する。


修司は眉をひそめて近づいた。


画面には、見覚えのないフォルダが一つ表示されている。


INAGAWA


昨日まで存在しなかったフォルダだ。


そしてそのアイコンの下に、小さな更新時刻が表示されていた。


更新:0:13


修司の右腕が、わずかに震えて熱を帯びた。





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