第43話 観測室突入
赤い 0番線 の表示が、暗い地下通路の奥で脈動していた。
ガタン……ゴトン……。
列車の走行音が、今度ははっきりと壁を震わせる。
美咲が短く命じる。
「第一班、盾を前へ。第二班、後方支援」
自衛隊員二名が防弾盾を構え、ゆっくり前進する。
修司は第二列でヘッドライトを向けた。
通路の角を曲がった瞬間、全員が息を呑む。
そこには地下鉄のホームが存在していた。
白いタイル張り。
古い丸柱。
天井には昭和初期風の吊り下げ照明。
そしてホーム上部の電光掲示板には、赤い文字が点滅している。
0番線 最終列車
現在の大阪メトロとは、まったく異なる駅だった。
「……現実とは思えませんね」
美咲が静かに呟く。
修司の《観測者》は激しく反応している。
【第零駅・外縁部を確認】
【観測室はホーム北側】
ホームの奥、駅事務室のような古い扉が見えた。
その上に、かすれた金属プレートが掛かっている。
第零線観測室
祖父が最後に向かった場所だ。
「目標を確認しました」
自衛隊指揮官が無線へ報告する。
だがその瞬間、ホーム全体の照明が一斉に明滅した。
パッ、パッ、パッ――。
そして遠くのトンネルから、強烈な風圧が吹き込んでくる。
列車が近づいている。
『警告。最終列車が到着します』
駅全体に、あの女の機械音声が響き渡った。
同時にトンネルの闇の奥へ、二つの黄色い前照灯が浮かび上がる。
ガタン……ゴトン……ガタン……!
銀色の古い車両が、ありえない速度でホームへ滑り込んできた。
ブレーキ音が地下空間を引き裂く。
キィィィィィィッ!!
列車が停止する。
車体側面には、黒い文字でこう書かれていた。
第零線 終点行
扉がゆっくり開く。
プシューッ……。
車内には無数の乗客が座っていた。
だが全員、顔がない。
黒い影が人の形をしているだけだった。
そして最後尾車両の扉の前に、黒いコートの男が立っていた。
男は修司を見る。
ぼやけた顔の奥で、確かに視線が合った。
『観測者をお連れします』
次の瞬間、ホームの温度がさらに下がった。
「撃つな!」
美咲が即座に叫ぶ。
だが一人の隊員が反射的にライフルを構え、黒いコートの男へ向けて発砲した。
バンッ!
銃声が地下に反響する。
弾丸は男の胸を貫いた――ように見えた。
しかし男の身体は霧のように揺らいだだけだった。
その代わり、撃った隊員が突然硬直する。
「う……あ……」
隊員の視線は列車の車内へ釘付けになっていた。
そして夢遊病者のように、ゆっくり列車へ向かって歩き出す。
「止まれ!」
仲間が腕を掴む。
だが隊員は異常な力で振りほどこうとする。
「乗らなきゃ……終点に……間に合わない……」
目は完全に焦点を失っていた。
美咲が隊員へ体当たりし、ホームへ押し倒す。
「しっかりしてください!」
その間にも、列車の扉は開いたままだった。
まるで新しい乗客を待っているかのように。
修司の右腕が焼けるように熱くなる。
《観測者》が赤く警告を表示した。
【観測室が完全起動寸前】
【列車は観測者の回収を優先しています】
つまり狙いは自分だ。
黒いコートの男が、一歩ホームへ降りた。
足音はしない。
だが周囲の空気だけが、じわりと歪んでいく。
修司は歯を食いしばり、観測室の扉へ向かって走った。
「さ、修司さん!」
美咲が叫ぶ。
「列車を止めるには、観測室を閉じるしかない!」
修司は扉へ体当たりした。
ドンッ!
古い木製扉が大きく揺れる。
二度目。
バキッ!!
錆びた蝶番が砕け、扉が内側へ吹き飛んだ。
観測室の中は、七十四年前のまま時間が止まっていた。
古い計器。
真空管。
壁一面の信号盤。
そして中央の机に、一冊の工事日誌が開かれたまま置かれている。
そのページには、震える筆跡で最後の記録が残されていた。
『0時13分。駅がこちらへ来た。観測点を閉じる』
その下に、まだ新しい血痕のような黒い染みが広がっていた。
修司が日誌へ手を伸ばした瞬間、《観測者》が激しく脈打つ。
【観測室中枢を確認】
【閉鎖操作が可能です】
しかし同時に、背後のホームから重い足音が近づいてくる。
黒いコートの男が、観測室の入口まで到達していた。
そして初めて、そのぼやけた顔の輪郭がわずかに鮮明になる。
修司は息を呑んだ。
その顔立ちは、古いアルバムで見た祖父――相良修一郎 に酷似していた。




