表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/48

第35話 零時十三分



秒針の音が、異常なほど大きく聞こえた。


カチ、カチ、カチ――。


リビングは闇に沈んでいる。


窓の外の街灯だけが、薄青い光を床へ落としていた。


玲奈は修司の腕にしがみついたまま、息を殺している。


玄関の向こうでは、もうノックは鳴っていない。


それがかえって恐ろしかった。


「修司さん……」


玲奈の声は震えていた。


修司は答えず、スマホの画面を見つめる。


通話はまだ繋がっている。


ノイズ混じりの向こう側で、美咲の荒い呼吸だけが聞こえた。


『……ホーム中央に、列車が停車しました』


その言葉と同時に、修司の右腕が激しく灼けた。


── ズガンッ――!


今までとは比較にならない痛み。


《観測者》が赤く点滅する。


【最終接続開始】


時計が 0:13 を示した瞬間だった。


部屋の温度が、一気に下がった。


吐いた息が白くなる。


そして、玄関のドアノブが――


カチャリ。


ゆっくりと動いた。


鍵は掛かっている。


それなのに、外側から静かに回されている。


玲奈が小さく悲鳴を呑み込む。


修司は立ち上がり、玄関を睨みつけた。


カチャ……カチャ……。


執拗に、確かめるようにドアノブが回される。


その時、《観測者》が強制的に視界を奪った。


暗闇。


白いタイルの地下ホーム。


湿った空気。


天井の蛍光灯は半分以上が切れ、チカチカと明滅している。


修司は理解した。


ここは《第零駅》だ。


ホームの駅名標には、黒ずんだ文字でこう書かれている。


第零駅


その下には、古い時刻表が貼られていた。


だが記載されているのは一本だけ。


最終列車 0:13


ガタン……ゴトン……。


ホームの向こう側で、列車の扉が開く音がした。


銀色の古い車両。


窓ガラスは曇り、車内灯は青白く揺れている。


座席には人影が並んでいた。


スーツ姿の男。


作業服の男。


制服姿の若者。


だが全員、顔がない。


黒い影が人の形をして座っているだけだった。


そして最後尾の扉の前に、あの黒いコートの男が立っていた。


男はゆっくりとこちらへ顔を向ける。


相変わらず輪郭はぼやけている。


だが今度は、その口元だけがはっきり見えた。


男は静かに笑っていた。


『お待ちしておりました』


修司ははっと我に返った。


目の前には、自宅の玄関。


だが異変は終わっていなかった。


ドアの下の隙間から、白い霧のようなものがゆっくりと入り込んできている。


地下の冷気だ。


湿った鉄と油の臭いが、部屋の中へ流れ込んでくる。


スマホの向こうで、美咲が叫ぶ。


『相良さん! 応答してください!』


「聞こえてる!」


『こちらで異常が起きています!』


背後で、玲奈が震える声を上げた。


「修司さん、床……!」


リビングのフローリングに、黒い水が滲み始めていた。


ぽたり。


ぽたり。


天井からではない。


床の継ぎ目から、まるで地下水のように染み出してくる。


その水面に、赤い光が揺れていた。


修司が目を凝らすと、水の中に文字が映っている。


0番線


まるでホームの電光掲示板が、水面へ反射しているようだった。


その瞬間、玄関のドアが内側へ大きく軋んだ。


ギギギギ……。


鍵が掛かっているはずなのに、ドアが数センチ開く。


隙間の向こうは、マンションの廊下ではなかった。


暗い地下ホームが見えていた。


白いタイル。


古びた柱。


そして、赤く点灯する案内表示。


0番線 最終列車


玲奈が修司へしがみつく。


「閉めて……!」


修司は全身の力でドアを押し返した。


冷たい。


鉄ではない。


まるで氷の塊を押しているようだった。


隙間の向こうから、ゆっくりと黒い手袋の手が伸びてくる。


長い指先が、ドアの縁を掴んだ。


《観測者》が警告を表示する。


【境界侵食率:31%】


【《第零駅》が現実空間へ接続しています】


スマホの向こうで、美咲の声が切迫する。


『ホームの列車が動き始めました! 扉が閉まります!』


その直後、地下ホームから機械的な発車ベルが鳴り響いた。


ピンポーン――。


そして、女の声が静かに告げる。


『最終列車が発車します。ご乗車のお客様は、お急ぎください』


黒い手袋の指が、さらに深くドアの隙間へ食い込んだ。


修司の部屋と《第零駅》の境界が、今まさに繋がろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ