第32話 カウントダウンの始まり
対策室の空気は凍りついていた。
モニターはすでに通常画面へ戻っている。
だが、誰も先ほどの映像を「機器の誤作動」とは思っていなかった。
黒いコートの男。
『0時13分に、お待ちしています』
あの言葉は、明らかに修司たちへ向けられていた。
沈黙を破ったのは、自衛隊制服の男性だった。
「現在時刻は?」
「13時24分です」
技術職員が即座に答える。
男性は腕を組み、低く言った。
「次の接続まで約十一時間。時間がありません」
美咲が冷静に資料を整理しながら口を開く。
「まず確認したいのですが、《第零駅》は毎日0時13分に出現するのでしょうか」
修司は首を横に振った。
「断定はできない。ただ、《最終接続 0:13》という表示と昨夜の事例は一致している」
「つまり、少なくとも“最も危険な時間帯”である可能性が高い、と」
「そう考えるべきだろうな…」
内閣府の職員が前へ出た。
「本日深夜、東梅田駅を完全封鎖します」
大型モニターに駅構内図が表示される。
一般利用停止
終電後の全列車通過措置
地下通路封鎖
特殊災害対策班配置
かなり大規模な対応だ。
黒田がいたら「映画みたいだな」と言いそうだ、と修司は思った。
だが美咲は慎重だった。
「物理的封鎖だけで防げる保証はありません」
自衛隊の男性が頷く。
「承知しています。だからこそ、相良さんの協力が必要です」
修司は思わず苦笑した。
「完全に、戦力扱いなんやな…」
思わず本音が漏れたらしい
「深海門を封印した実績がありますからね」
否定できないのが、また厄介だった。
会議はさらに具体的な調査へ進んだ。
技術職員が古い地下工事記録を表示する。
「1952年に中止された地下支線計画ですが、東梅田駅地下約40メートル付近まで掘削が進んでいた可能性があります」
画面には古い設計図が映る。
現在の地下鉄よりさらに深い位置に、未完成のトンネルが存在していた。
美咲が修司を見る。
「《観測者》は、このトンネルの位置を特定できますか」
修司は設計図へ意識を向けた。
右腕が熱を帯びる。
《観測者》が起動し、設計図の一部を青白く強調した。
【接続反応を検知】
強調された地点は、東梅田駅のさらに南側。
現在は立入禁止になっている旧設備区画だった。
技術職員が驚いた声を上げる。
「そこは……図面上では“未使用空間”になっています」
美咲はすぐにメモを取る。
「現地に確認班を向かわせます!」
その時、修司のスマホが震えた。
玲奈からだ。
『待合室にいます。大丈夫ですか?』
短い文章なのに、不安が滲んでいる。
修司はすぐに返信した。
『まだ会議中。でも無事だ』
数秒後。
『帰ったら、ちゃんと一緒にご飯食べてください 絶対ですよ』
その一文に、修司は少し肩の力が抜けた。
深海門や第零駅の話ばかりしていると、普通の生活を忘れそうになる。
だが待合室には、自分が帰る場所を気にしている人がいる。
それだけで、地下の闇へ引きずられずに済む気がした。
午後三時過ぎ、会議は一旦終了した。
今夜の調査班編成が決まり、美咲が修司を廊下へ案内する。
地下対策室を出ると、少しだけ空気が軽く感じられた。
美咲は歩きながら静かに言った。
「先ほどは助かりました」
「俺は見えたものを言っただけだ」
「それでも十分です」
彼女は少し立ち止まり、真剣な表情で続ける。
「相良さん。今夜の調査ですが、正式にはあなたを参加させる予定はありません」
修司は眉を上げた。
「また“近づくな”か」
「はい」
美咲は丁寧な口調のまま、はっきりと言った。
「《第零駅》は、すでにあなたを認識しています。深海門以上に、個人へ執着している可能性があります」
修司は廊下の窓から外を見た。
尼崎の空は明るい。
その下で、警察も国も自衛隊も本気で動き始めているようだ。
「もし警察や組織だけで対処できなかったら?」
美咲は少し黙った。
俯きそして小さく息を吐く。
「その時は、改めて連絡…お願いするかもしれません」
完全な否定ではなかった。
つまり彼女自身も、《第零駅》の危険性を読み切れていないのだ。
「分かった」
待合室へ戻ると、玲奈は立ち上がってすぐに修司へ近づいた。
「大丈夫でしたか?」
「ああ。少し厄介な話にはなったがな」
玲奈は修司の顔をじっと見て、少し安心したように息を吐く。
美咲はそんな二人を見て、わずかに表情を和らげた。
「今日はこれで解散です。東梅田駅周辺には近づかないでください」
「分かった」
「何か異常を感じたら、時間に関係なく連絡をお願いします」
その言葉を残し、美咲は再び地下対策室へ戻っていった。
修司と玲奈は警察本部を後にする。
外はまだ明るい。
だが修司の頭の中では、時計の針が静かに進み続けていた。
0時13分。
《第零駅》の最終接続まで、残り十時間を切っていた。




