第31話 兵庫県警対策室
午後一時。
尼崎にある県警本部は、普段より明らかに警備が厳しくなっていた。
正面玄関には制服警官が増員され、来庁者の確認も通常より厳重だ。
神戸港の特殊災害対策が本格化しているのだろう。
玲奈は受付前で小さく息を吐いた。
「本当に警察本部なんですね……」
「俺も仕事以外で来るのは初めてだ」
修司が名前を告げると、受付係はすぐに内線を入れた。
「九条警部補から伺っております。こちらへどうぞ」
警部補。
改めて聞くと、美咲がかなり若くして重要な立場にいることが分かる。
玲奈は待合スペースへ案内された。
別れる直前、彼女は修司の袖をそっと掴む。
「無理はしないでください」
「会議で無茶はしない」
「修司さんの場合、情報を見ただけで無茶が始まるんです」
鋭い指摘だった。
修司は苦笑しながら彼女の頭を軽く撫で、エレベーターへ向かった。
地下の対策室は、想像以上に慌ただしかった。
大型モニターには神戸港と大阪市内の地図が並び、複数の警察官や技術職員が行き交っている。
その中央で、美咲が資料を整理していた。
彼女は修司を見ると、すぐに頭を下げる。
「お忙しいところ、ありがとうございます」
今日は完全に仕事モードだった。
私服の時よりさらに落ち着いた雰囲気がある。
「状況はどうだろう?」
美咲はモニターを操作した。
画面には東梅田駅周辺の地下構造図と、昨夜の監視カメラ映像が並ぶ。
「昨夜の0番線出現は、これまでで最も長時間確認された事例です」
表示された時系列。
0:12:58 0番線出現
0:13:04 存在しないホームが重複
0:13:11 古い列車の車両らしき影を確認
0:13:13 映像消失
0:13:15 警察官A昏睡
0:13:17 警察官B軽度記憶障害
「0時13分で一致している……」
修司が呟くと、美咲は頷いた。
「《最終接続 0:13》の表示と完全に一致します」
会議室には県警だけでなく、内閣府特殊災害対策室の職員や自衛隊の幹部らしい人物もいた。
スーツ姿の中年男性が口を開く。
「相良さん。あなたの能力で、この路線図をさらに解析できませんか」
言葉使いは丁寧だが、明らかに威圧が込められていた。
修司は少し眉を寄せた。
「能力って言われると、まだ慣れませんね…」
「失礼しました。しかし、現状それ以外に手掛かりがありません」
美咲が補足する。
「こちらで画像解析を行っても、文字の大半は判読できません。《観測者》だけが追加情報を読み取れる可能性があります」
修司は深く息を吐き、モニターの前へ立った。
古い路線図が拡大表示される。
《第零駅》の文字。
その周囲にぼやけた線路が伸びている。
修司が意識を集中すると、右腕の紋章が熱を帯びた。
ズキン。
《観測者》が起動する。
青白い光が視界を覆い、路線図の線がゆっくりと浮かび上がっていく。
【旧大阪地下接続網を復元中】
消えていた駅名が次々と表示される。
梅田
東梅田
南森町
天神橋
そしてその先に、現在の地図には存在しない分岐線が現れた。
地下深くへ伸びる一本の線路。
終点には、赤い文字でこう記されている。
《第零駅 終端接続区画》
さらに、その下に新たな文字が浮かび上がった。
《建設中止 1952年》
会議室がざわめく。
技術職員の一人が思わず声を上げた。
「そんな計画、記録にありません!」
修司の視界には、まだ情報が流れ続けている。
断片的な映像。
工事中の地下トンネル。
作業員たち。
そして、暗闇の奥に見える古い駅舎。
突然、映像が激しく乱れた。
ゴォォォォ――。
地下を走る列車の轟音。
修司は反射的に机へ手をつく。
「相良さん!」
美咲がすぐに支える。
《観測者》が赤く点滅する。
【警告】
【《第零駅》側から逆探知を受信】
次の瞬間、モニターの路線図が一斉に乱れた。
ノイズの中に、赤い文字が浮かび上がる。
0番線 最終列車
会議室の全員が凍りつく。
そしてスピーカーから、実際には接続されていないはずの音声が流れた。
『――まもなく、0番線に最終列車が到着します』
女性の…機械的な音声だった。
古い駅の自動放送のような、わずかに歪んだ声。
その直後、対策室の照明が一瞬だけ落ちた。
ブツッ。
非常灯だけが赤く点灯する。
短い停電は数秒で復旧した。
しかしモニターには、路線図ではなく別の映像が映っていた。
薄暗い地下ホーム。
白いタイル。
そしてホーム中央に立つ、黒いコートの男。
男はカメラ越しにこちらを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
『0時13分に、お待ちしています』
映像はそこで途切れた。
対策室には重い沈黙が落ちる。
美咲が静かに息を吐き、修司を見た。
「……こちらから調べているだけではありません」
修司も同じ結論に達していた。
《第零駅》は今、警察の調査そのものへ干渉を始めている。
そして次の接続時刻――0時13分まで、残された時間はそう多くなかった。




