第30話 古い路線図
修司はすぐに美咲へ電話をかけた。
数回の呼び出し音の後、落ち着いた声が聞こえる。
『おはようございます』
「画像、見た。あの路線図はどこで見つかった」
『東梅田駅の監視カメラ映像から切り出したものです。ただし、現場を確認しても同じ路線図は存在しませんでした』
「映像にだけ映るのか」
『はい。しかも0番線が出現した瞬間にしか確認できません』
修司はノートパソコンへ画像を拡大表示した。
古いデザインの路線図。
駅名の一部はぼやけて読めない。
だが終点部分だけは異様にはっきりしている。
《第零駅》
その文字を見た瞬間、右腕が微かに熱を帯びた。
ズキン。
《観測者》が反応する。
視界の端に青白い文字が浮かび上がった。
【旧地下接続網を解析中】
修司は思わず息を呑む。
「美咲さん、少し待ってくれ」
『何か見えましたか?』
「《観測者》が反応してる」
玲奈も修司の隣へ来て、画面を覗き込んだ。
青白い文字はさらに増えていく。
【年代推定:1950年代以前】
【現在の大阪メトロ路線図とは一致しません】
そして最後に、一つの単語が表示された。
【未成線】
「未成線……?」
修司は小さく呟いた。
美咲が電話の向こうで反応する。
『こちらでもその可能性を調べています。戦後の大阪地下鉄計画に、公開されていない支線構想が存在した記録がありました』
「東梅田周辺か?」
『ええ。ただし資料の大半が欠落しています』
黒田なら喜びそうな話だ、と修司は思った。
失われた地下鉄計画。
存在しない駅。
そして失踪事件。
点が少しずつ繋がり始めている。
美咲は続けた。
『実は、もう一つ気になることがあります』
「何だ?」
『路線図の終点表示の下に、非常に小さな文字がありました』
修司は画像をさらに拡大する。
ノイズだらけの線の中に、確かに何かが書かれている。
《観測者》が自動的に補正を始めた。
青白い光が文字部分をなぞる。
そして、かすれていた文字が浮かび上がる。
《最終接続 0:13》
修司と玲奈は同時に顔を見合わせた。
「0時13分……」
昨夜、《観測者》が強制起動したのは 0:07。
終電後、0番線が出現したのは 0時過ぎ。
偶然とは思えない。
美咲の声がさらに低くなる。
『昨夜、昏睡状態になった警察官が0番線を目撃した時刻は、0時12分58秒でした』
修司の背筋に冷たいものが走った。
あと数秒遅ければ、何かが起きていたのかもしれない。
『相良さん』
美咲が静かに呼びかける。
『本日午後、警察本部で臨時対策会議が行われます。あなたにも来ていただけませんか』
「俺が?」
『《観測者》だけが読み取れる情報があります。深海門の件でも、あなたの解析がなければ対応できませんでした』
修司は少し黙った。
警察本部へ正式に呼ばれる。
もう単なる「協力者」の域を越え始めている。
玲奈が不安そうに修司を見る。
修司はスマホを少し押さえ、彼女へ小さく頷いた。
「会議だけだ」
玲奈は完全には安心していないが、静かに頷き返した。
「分かった。行く」
『ありがとうございます。場所は兵庫県警本部、尼崎の特別対策室です。十三時にお願いします』
「尼崎?大阪じゃないのか?」
「その辺は…警察、自衛隊、関係各所で綱引きが行われたみたいですが…神戸の件もあって、兵庫が主体でやる事になりました」
「分かった…上の方は相変わらずか…お疲れ様」
「宜しくお願いします」
電話が切れる。
部屋に静寂が戻った。
玲奈が小さく息を吐く。
「やっぱり、普通には戻れませんね」
修司は苦笑した。
「少なくとも今日は無理そうだ」
玲奈は少し考えてから言った。
「私も一緒に行っていいですか?」
「警察本部だぞ?」
「待合室で待ってます。それでも、一人よりは安心です」
修司は彼女の頭を軽く撫でた。
「分かった。一緒に行こう」
玲奈はようやく少しだけ表情を緩めて、抱きしめてきた。
修司は再び画面の路線図を見つめる。
《第零駅》。
《最終接続 0:13》。
そして《観測者》が示した 未成線 という言葉。
もし《第零駅》が、存在しなかったはずの地下鉄計画と繋がっているのなら――。
それは単なるダンジョンではない。
**大阪という都市そのものの地下に、長い間埋められていた“何か”**かもしれなかった。
右腕の紋章が、静かに脈を打つ。
次の調査は、もう避けられそうになかった。




