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第3話 ダンジョン飯は突然に



【戦闘支援モードを開始します】


文字が視界いっぱいに広がった瞬間、修司の感覚が一変した。


地下神殿の空気の流れ。


ファイアボアの筋肉の収縮。


床に散らばる石片の位置。


すべてが異様なほど鮮明に見える。


「右に飛べ!」


修司は叫ぶと同時に玲奈の腰を抱き、横へ跳んだ。


ドォン!


ファイアボアが突進した場所の石床が砕け、火花が飛び散る。


熱風が頬を焼いた。


「熱っ……!」


黒田が悲鳴を上げながら転がる。


「猪のくせに火炎放射とか反則だろ!」


ファイアボアは振り返り、鼻息とともに赤い蒸気を吐き出した。


修司の視界に新しい表示が浮かぶ。


【ファイアボア】


弱点:喉下部


推奨攻撃:突き刺し


注意:突進後3秒間、体勢硬直


「黒田、次の突進の後に止まる!」


「お前、完全に攻略サイトになってるぞ!」


ファイアボアが再び地面を蹴る。


修司は槍を構えた。


元は神殿の装飾武器だろうが、意外なほどバランスが良い。


「玲奈、後ろへ!」


「嫌です」


「今は言うことを聞け」


修司が低く言うと、玲奈は不満そうな顔をしながらも数歩下がった。


その素直さが妙に可愛く見えてしまうあたり、自分も相当余裕がないらしい。


ファイアボアが咆哮し、突進する。


床が揺れる。


修司はギリギリまで引きつけた。


【回避推奨タイミング:0.4秒後】


身体が自然に動く。


横へ滑り込むように回避。


巨大な猪が修司の脇を通過した瞬間、壁に激突して一瞬硬直した。


「今だ!」


修司は槍を握り込み、喉下へ全力で突き込んだ。


ズブッ!


手応えがあった。


ファイアボアが凄まじい悲鳴を上げ、炎混じりの息を吐き散らす。


黒田も鉄パイプで横腹を殴りつけた。


「うおおおっ!」


巨体が大きく揺れ、最後に数歩よろめいて倒れ込む。


ドォォン!


神殿の床が震えた。


しばらく誰も動かなかった。


「……勝った?」


玲奈が恐る恐る尋ねる。


修司は倒れた巨体を見つめた。


視界に表示が浮かぶ。


【討伐成功】


【経験情報を取得】


【《観測者》適応率:3%】


「どうやらな」


黒田は床にへたり込み、肩で息をした。


「俺、四十五歳で火を吹く猪と戦う人生になるとは思ってなかった……」


「俺もだ」


修司が苦笑した、その時だった。


ファイアボアの死体から、赤く光る結晶が現れた。


さらに驚くべきことに、周囲に漂っていた香ばしい匂いが一気に強くなる。


黒田が鼻をひくつかせる。


「なあ修司」


「何だ」


「これ……めちゃくちゃ美味そうじゃないか?」


修司も否定できなかった。


炭火焼きのイベリコ豚を思わせる、濃厚で食欲を刺激する香り。


玲奈が呆れたように二人を見る。


「普通、モンスターを見て最初に“食べられるか”って考えます?」


修司は真面目な顔で答えた。


「未知の生物を見た時、食材としての可能性を考えるのは料理好きの性だ」


「性じゃありません」


黒田が笑い出す。


「玲奈ちゃん、諦めろ。こいつは危険な状況ほど腹が減るタイプだ」


修司はナイフを取り出し、慎重にファイアボアの肉を切り取った。


驚くほど綺麗な赤身だった。


血の匂いがほとんどなく、むしろハーブのような香りが混じっている。


視界に再び表示が浮かぶ。


【ファイアボア肉】


品質:良


効果:短時間、体力回復を促進


推奨調理:高温焼成


「……食材判定まで出るのか」


修司は思わず呟いた。


玲奈が覗き込む。


「何か見えるんですか?」


「この肉、“食べると体力回復”って出てる」


黒田が目を輝かせた。


「マジでゲーム飯じゃねえか!」


神殿の片隅には、古い石造の炉が残っていた。


しかも不思議なことに、内部には青白い火が灯っている。


修司は持参していた小型フライパンを取り出した。


「まさか本当に焼くんですか!?」


玲奈が半分呆れ、半分楽しそうに言う。


「危険な場所ほど、温かい飯は重要だ」


修司は肉に塩を振り、熱したフライパンに乗せた。


ジュゥゥゥッ!


瞬間、地下神殿いっぱいに凄まじい香りが広がる。


黒田の腹が盛大に鳴った。


「くっ……探索より先に飯テロとは……」


肉の表面がこんがりと焼け、透明な脂が溢れ出す。


修司は手際よく裏返した。


料理をしている時だけは、ダンジョンの恐怖が少し遠のく。


玲奈はそんな修司をじっと見つめていた。


「何だ?」


「……修司さん、料理してる時が一番楽しそうです」


「生き残った実感が湧くからな」


修司は焼き上がった肉を三等分し、簡易皿に載せた。


恐る恐る一口食べる。


「……うまい」


柔らかい。


豚肉に近いが、もっと濃厚で、噛むほどに旨味が広がる。


さらに身体の芯がじんわり温かくなっていく。


黒田が目を見開いた。


「何これ!? 高級ステーキ店でも食ったことない味なんだが!」


玲奈も小さく頬を緩めた。


「本当に美味しい……」


地下神殿の奥で、異世界の猪肉を囲んで食事をしている。


状況は完全におかしい。


だが不思議と、その時間は少し楽しかった。


食事を終えた頃、神殿の奥から再び低い振動音が響いた。


ゴォォォ……。


三人は同時に顔を上げる。


暗闇の奥に、さらに大きな扉が見えた。


そして修司の《観測者》が警告を表示する。


【上位存在を感知】


【現在戦力では討伐困難】


黒田が肉の串を持ったまま顔をしかめる。


「なあ修司」


「何だ」


「今度は“逃げろ”って出てないか?」


修司は苦笑した。


「珍しくまともな警告が出てる」


玲奈は修司の袖をそっと掴む。


「……今日は帰りましょう」


修司は神殿の奥を見つめた。


暗闇の向こうから、まるで巨大な何かが呼吸しているような気配が伝わってくる。


取材は始まったばかりだ。


だが修司は直感していた。


このダンジョンの奥には、赤橋事件よりもはるかに巨大な“何か”が眠っている。


そして、自分の《観測者》は、その存在に選ばれてしまったのだと。

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