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第28話 午前零時の通知


その夜、修司はなかなか眠れなかった。


ベッドに入っても、梅田の地下ホームの映像が頭から離れない。


白いタイル。


古びた蛍光灯。


そして、こちらを招く黒いコートの男。


隣では玲奈が静かに眠っている。


彼女を起こしたくなくて、修司はそっとベッドを抜け出し、リビングへ移動した。


時計は 23:48 を指していた。


マンションの外は静かだ。


遠くを走る電車の音だけが微かに聞こえる。


修司はミネラルウォーターを一口飲み、ソファへ腰を下ろした。


右腕の紋章は、今のところ沈黙している。


だがその静けさが、嵐の前のように不気味だった。


午前零時ちょうど。


スマホが震えた。


美咲からだ。


修司はすぐにメッセージを開く。


『起きていらっしゃいますか』


珍しく確認から入っている。


修司は短く返した。


『起きてる』


数秒後、すぐに返信が届いた。


『電話してもよろしいでしょうか』


修司は寝室の方を確認してから、通話ボタンを押した。


「もしもし」


『夜分に申し訳ありません』


美咲の声は落ち着いていたが、その奥に緊張が混じっているのが分かる。


「異常って何だ」


短い沈黙の後、美咲は静かに言った。


『東梅田駅で、終電後の点検を行っていた警察官二名が、同時に同じものを目撃しました』


修司は身を乗り出す。


『地下ホームの案内表示に、“0番線”が約十五秒間出現したそうです』


「十五秒……」


『しかも今回は、監視カメラにもはっきり記録されています』


修司の右腕がじわりと熱を帯びた。


美咲は続ける。


『映像解析を行ったところ、0番線の表示が出現した瞬間、本来存在しないホームが背景に重なっていました』


「ホームそのものが映ったのか」


『はい。そして、そのホームに列車が停車していたように見えます』


修司は息を呑んだ。


これまで確認されていたのは、階段やホームの断片だけだった。


だが今回は、列車まで出現している。


『さらに問題があります』


美咲の声がわずかに低くなる。


『映像を確認した警察官の一人が、現在も意識を失っています』


「精神汚染か?」


『医師は原因不明の昏睡状態と判断しています。ただ、倒れる直前に同じ言葉を繰り返していたそうです』


修司は無意識に右腕を握った。


「……何て言った」


美咲はゆっくりと答える。


『“最終列車に乗り遅れるな”――と』


部屋の空気が一気に冷えた気がした。


通話を終えた後、修司はしばらくスマホを握ったまま動けなかった。


最終列車に乗り遅れるな。


まるで《第零駅》そのものが、乗客を集めているような言葉だ。


その時だった。


ズキン――。


右腕の紋章が強く脈打つ。


《観測者》が強制的に起動した。


視界の端に青白い文字が浮かび上がる。


【《第零駅》活動時間帯に入りました】


同時に、修司の脳裏へ映像が流れ込んでくる。


暗い地下通路。


人気のないホーム。


古い電光掲示板。


そして、赤い文字で点灯する案内。


0番線 最終列車


ホームの奥から、ゆっくりと列車が滑り込んでくる。


現代の地下鉄ではない。


銀色の車体は古く、窓ガラスは煤けて曇っている。


車内には人影が並んでいた。


だがその顔は、どれもぼやけて見えない。


ただ一人だけ、はっきり見える人物がいた。


黒いコートの男。


男は車内から修司を見つめ、静かに口を動かした。


『次は、あなたの番です』


修司ははっと目を開けた。


映像は消えている。


だが全身に冷たい汗が滲んでいた。


時計を見る。


0:07


わずか数秒の出来事だったはずなのに、何分も地下ホームにいたような感覚が残っている。


その物音で目が覚めたのか、寝室のドアが静かに開いた。


玲奈が不安そうな顔で立っていた。


「修司さん?」


修司はすぐに表情を整えようとしたが、玲奈は一目で異変を察した。


彼女は裸足のまま近づき、修司の前にしゃがみ込む。


「また見たんですね」


修司は少し迷い、それから頷いた。


「列車が出てきた」


玲奈の顔色が変わる。


修司は今見た映像を簡潔に話した。


黒い列車。


0番線。


そして「次はあなたの番だ」という言葉。


玲奈は黙って聞いていたが、最後に修司の手を強く握った。


「約束してください」


「何を」


「絶対に、一人で行かないでください」


その声は震えていた。


修司は彼女の手を握り返す。


「ああ。勝手に突っ込んだりはしない」


玲奈は安心したようには見えなかった。


むしろ、これから避けられない何かが近づいていることを理解してしまった顔だった。


窓の外では、終電を過ぎた西宮の街が静かに眠っている。


だが大阪の地下深くでは、《第零駅》の最終列車が、今も誰かを待っているのかもしれなかった。

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