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第23話 梅田駅


午前一時三十七分。


西宮北口のマンションは静まり返っていた。


寝室からは玲奈の穏やかな寝息がかすかに聞こえる。


修司だけが、リビングの薄暗い明かりの中でノートパソコンを見つめていた。


画面には東梅田駅の地下構造図。


幾重にも重なる通路とホームが、まるで巨大な迷路のように広がっている。


《観測者》が示した名前――《第零駅》。


その文字が頭から離れない。


修司はコーヒーを一口飲み、再び地図へ視線を落とした。


終電後に保守員が消えた場所。


監視カメラが途切れた地点。


その周辺を拡大すると、不自然な空白がある。


地下通路が存在するはずなのに、図面上では「設備スペース」とだけ記されていた。


「偶然か……?」


呟いた瞬間、右腕の紋章がじわりと熱を帯びる。


ズキン。


視界の端に、青白いノイズが走った。


修司は眉をしかめる。


そして次の瞬間、ノートパソコンの画面が一瞬だけ乱れた。


地下構造図の上に、存在しない線路が重なって見えた。


暗いホーム。


古びた白いタイル。


そしてホーム端に立つ、黒い人影。


修司は反射的に目を閉じる。


映像はすぐに消えた。


だが心臓だけが早鐘のように鳴っている。


《観測者》が静かに文字を浮かべた。


【誘導波を受信しました】


「……見せられたのか」


深海門では、こちらが観測していた。


だが《第零駅》は違う。


向こうがこちらを観測している。


翌朝。


修司はほとんど眠れないまま朝を迎えた。


玲奈はすぐに異変に気づいた。


「顔色が悪いです」


「少し寝不足だ」


「少しじゃありません」


彼女はトーストを皿に並べながら、じっと修司を見つめる。


その視線には心配だけでなく、どこか怯えた色も混じっていた。


「また《観測者》が何か見せたんですね」


修司は隠しても無駄だと悟り、昨夜のことを簡単に話した。


存在しないホーム。


黒い人影。


誘導波という表示。


玲奈は黙って聞いていたが、最後に小さく息を呑んだ。


「それ、夢じゃないんですよね」


「ああ。深海門の時と同じ感覚だった」


玲奈は修司の右手へそっと触れる。


「東梅田には、行かない方がいい気がします」


その言葉は直感だった。


だが玲奈の直感は、これまで何度も危険を言い当てている。


修司はすぐには答えられなかった。


午前十時過ぎ。


スマホに黒田からメッセージが届く。


『梅田で会えるか。重要な情報が入った』


修司は短く返信する。


『どこで』


すぐに返事が来た。


『大阪駅前第2ビル地下2階。昼十二時』


地下。


嫌な予感がした。


だが黒田が「重要」と言う時は、本当に重要なことが多い。


玲奈はメッセージを見て、不安そうに眉を寄せた。


「梅田に行くんですか」


「黒田と情報交換だけだ。東梅田駅には近づかない」


「本当に?」


「本当にだ」


玲奈はしばらく修司を見つめ、それから静かに頷いた。


「私も行きます」


「ただの打ち合わせだぞ」


「だからです。一人で行かせたくありません」


その口調には、珍しく強い意志があった。


修司は小さく苦笑する。


「分かった。一緒に来い」


玲奈の表情がわずかに和らいだ。


正午前。


阪急電車で梅田へ向かう車内は、いつも通り混雑していた。


買い物客。


観光客。


仕事帰りの人々。


誰も、自分たちの真下に異常な門が存在するかもしれないとは思っていない。


玲奈は修司の隣に座り、窓の外を見ていた。


「梅田って、人が多すぎて少し苦手です」


「俺もだ」


「でも、修司さんと一緒なら平気です」


そう言って、腕に身体を寄せた


その言葉に、修司は少しだけ肩の力を抜く。


やがて列車が梅田駅へ滑り込んだ。


ホームに降り立った瞬間、修司の右腕がわずかに熱を持つ。


ズキン。


《観測者》が反応した。


【地下領域との共鳴を検知】


改札を抜け百貨店前のステンドグラスの通路を通過する


コツコツ…


と大理石の床の音がやけに響く


まだ東梅田駅には近づいていない。


それなのに、すでに何かがこちらを感知している。


修司は人混みの向こう、地下鉄へ続く階段を見つめた。


その奥から、聞こえるはずのない音が微かに響いた気がした。


――キィィィィィ。


遠くで鳴る地下鉄のブレーキ音。


だが今、多分ホームに列車は入ってきていない。


多くの人が行き交う雑踏の中、この距離からホームに入る電車の音が…聞こえる筈が無い


玲奈も足を止める。


「今の……聞こえました?」


修司はゆっくり頷いた。


梅田の地下は、静かに口を開き始めていた。



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