第12話 ネレイスの群れ
深海守護群の咆哮が、空洞全体を震わせた。
水面が爆発するように盛り上がり、最初の一体が姿を現す。
人魚に似ている。
だが美しさは微塵もなかった。
青黒い鱗に覆われた上半身。
裂けた口には何重もの牙。
背中からは珊瑚の棘が突き出し、下半身は巨大な魚類の尾へと繋がっている。
全長は三メートル近い。
そしてそれが、一体ではない。
十体以上。
「撤退!!」
美咲が叫ぶ。
同時に魔石槍を振り抜き、先頭のネレイスへ光刃を放った。
青白い閃光が胸を貫く。
だがネレイスは完全には止まらない。
傷口から黒い液体を撒き散らしながら突進してくる。
「硬っ……!」
美咲が顔をしかめた。
ファイアボアより明らかに強い。
修司の《観測者》が高速で解析を始める。
【ネレイス】
危険度:D+
弱点:耳後部の鰓核
前面装甲:高耐久
推奨:側面攻撃
「首の後ろだ!」
修司は叫びながら短槍を構えた。
一体が玲奈へ飛びかかる。
修司は半歩踏み込み、槍を斜めに突き出した。
狙うのは鰓の付け根。
ズブッ!
手応えと同時に、ネレイスが甲高い悲鳴を上げる。
黒い泡を吹きながら崩れ落ちた。
《観測者》が反応する。
【戦闘適応率上昇】
【近接戦闘補助:強化】
「便利すぎて逆に怖いな……!」
修司は苦笑する余裕もなく、次の敵へ向き直った。
あやめは後方で必死にタブレットを操作していた。
「ネレイスの体液、魔力濃度が異常です! 長時間接触すると精神汚染の危険があります!」
「つまり触られるなってことね!」
黒田が警棒を振り回しながら叫ぶ。
彼は戦闘経験がないはずなのに、妙に逃げ足と反射神経が良かった。
ネレイスの爪を紙一重で避け、警棒を鼻先へ叩き込む。
「うおっ、顔は魚なのに痛がり方が人間っぽくて嫌だ!」
その時、別のネレイスが背後から黒田へ飛びかかった。
「黒田さん!」
玲奈が思わず叫ぶ。
だが次の瞬間、彼女の周囲に再び銀色の光が広がった。
ネレイスの動きが一瞬だけ止まる。
黒田はその隙に転がって距離を取った。
「助かった! 玲奈ちゃん、今の完全に守護天使だったぞ!」
玲奈自身は戸惑っている。
「私、本当に何をしてるんでしょう……」
修司の《観測者》は冷静に表示していた。
【精神共鳴フィールド】
【味方の精神安定を強化】
玲奈の能力は、単なる耐性ではない。
周囲の精神汚染そのものを弱めている。
だが状況は悪化していた。
《アビサル・ブルーム》が脈動するたび、新たなネレイスが水面から這い出してくる。
まるで無限湧きだ。
美咲が舌打ちした。
「このままじゃ消耗戦になる!」
修司も同じ結論に達していた。
視界には巨大植物の中心部が赤く強調表示されている。
【階層維持中枢】
【破壊推奨】
「コアを止めるしかない!」
「どこ!?」
美咲が叫ぶ。
修司は《アビサル・ブルーム》の幹を指差した。
「中心部に赤い核がある! あれがネレイスを生み出してる!」
あやめが目を見開く。
「そんなもの見えるんですか!?」
「見えちまうんだよ!」
深海の巫女は相変わらず動かない。
むしろ楽しそうにこちらを見ていた。
『観測者……なぜ抗うの?』
その声が頭に響くたび、修司は奇妙な感覚に襲われる。
恐怖ではない。
懐かしさに似た感覚だ。
まるで遠い昔から、この場所を知っていたような――。
「修司さん!」
玲奈の声で我に返る。
危うくネレイスの爪が顔を裂くところだった。
修司は身を捻って回避し、槍で鰓核を貫く。
「助かった」
「今、ぼーっとしてました!」
「巫女の声が頭に入ってくるんだ」
玲奈は不安そうに修司を見つめた。
「無理しないでください。修司さんが壊れたら、私は……」
言葉の続きを、彼女は飲み込んだ。
だがその手が震えているのを見て、修司は彼女が本気で自分を失うことを恐れているのだと理解した。
美咲が叫ぶ。
「相良さん! コアまでの道を作れる!?」
修司は《観測者》の予測線を追った。
ネレイスの群れの中に、わずかに薄い場所がある。
そこを突破すれば、《アビサル・ブルーム》の根元へ到達できる。
「十五秒だけ隙を作ってくれ!」
「了解!」
美咲は腰の装置から赤い魔石カートリッジを装填した。
槍の先端が危険なほど赤く発光する。
「全員、目を閉じて!」
次の瞬間――
ドォォォォン!!
灼熱の閃光が空洞を薙ぎ払った。
赤い爆炎がネレイスの群れを吹き飛ばし、水蒸気が視界を真っ白に染める。
修司はその瞬間を逃さなかった。
「玲奈、離れるな!」
彼は玲奈の手を掴み、《アビサル・ブルーム》へ向かって駆け出した。
巨大植物の中心部では、赤黒い核が心臓のように脈打っている。
そしてその前に、深海の巫女が静かに立ちはだかった。
彼女は修司を見つめ、悲しげに微笑む。
『本当に壊してしまうの?』
修司は短槍を握り締めた。
《観測者》が最後の表示を浮かび上がらせる。
【深海の巫女】
【敵対判定:未確定】
【選択によって階層の未来が変化します】
槍の切っ先が、巫女の喉元へ向けられる。
だが修司は、すぐには突き出せなかった。




