契約の確認。なにが為に得物を振るう
姜純の大剣を防ぐ靖破だが、不意の一撃は想定以上の威力だった。
踏ん張れる筈の足が弱音を吐いて姿勢を崩し、大きく仰け反ったまま吹き飛ばされる。
そして飛ばされた先にはテズキがおり、姜純との挟撃に応えて鉄槌を振りかざす。
「……邪魔だと言っている」
気配で動きを察知した靖破が方天戟を掲げると、テズキの一撃を背中越しに防いだ。
不意を突かれた後にまた同じ失態を犯すほど、靖破は愚かではない。
流し目で睨んだ彼は体勢を整えると同時に、反転する勢いでテズキの得物を押し上げ、サッと向き直るや前かがみの状態から方天戟を一閃する。
「失せろッ……!!」
テズキと白眉騎兵は凄まじい衝撃に吹き飛ばされた。
単純な力比べであれば、未だに靖破に分があった。
「オラァァ!! 手ェ抜いていいのか!? 行くぞーー!?」
姜純が張侍隊に斬り込む。が、白眉側に立つ靖破が地を走る斬撃を繰り出す。
靖破の通り道を疾走するそれは、張侍配下達の背中すれすれを通過し、一足先に姜純を押し返した。一拍遅れて靖破も乗り込み、勢い増して迫り来る北鑑兵を一蹴する。
「……フーー。有象無象が、まさかここまで抵抗するとはな」
『そうじゃねぇよ。戦っててわからねぇのか』
思わず一息つく靖破が、当初の想定を大きく崩す北鑑軍に悪態を向けるのも束の間。
そんな事どうでもいいとばかりにシュラが反論し、靖破の中に直接問い掛ける。
『……なぁ靖破。お前って今……何の為に戦ってんの?』
今度は靖破が無言になる番だった。語る暇もなく、再度攻めて来た姜純を弾き飛ばすと、白眉軍の相手に移ってテズキを迎撃する。
忙しいというより答える気がないのだと判断したシュラは、構わず続ける。
『殺された一族の怨みを晴らす為、死んだ部下どもの仇を討つ為……何一つ残らなかった守れなかったお前が得物を振るうのは、報復が目的の筈だ。違うか?』
「……魔女よ、話しかけるな。気が散る」
『お前さ、いま守る為に戦ってねぇ?』
「………………」
『戦や政治に口を挟むつもりはないが、契約に関連する戦闘行為の主導権はうちにあるんだ。うち個人が誰かを守る為に戦うのは構わん。だが、“お前” がそれをするな。勘違いで済む問題じゃなく、お前が今やってる戦い方は存在理由に反してる』
「…………何が言いたい」
『契約違反のせいで!! うちの力が充分に引き出せねぇって言ってんだよこの雑魚!!!!!』
シュラの声は靖破だけに聞こえているとはいえ、最後の罵倒は外に漏れているか気になるほど覇気を纏っていた。
広域に届く聲という形で本当に発すれば、おそらくは靖破が方天戟を振るう以上の損害を敵味方に与えられただろう。
「…………そうだな。この程度の荒くれ者に手こずる俺は雑魚かもしれん」
「なにぶつくさ言ってんだァ!? オラァ!!」
姜純は圧殺する勢いで大量の魔力を得物に込め、防ぐ靖破を反対側のテズキまで一直線に押し退けさせる。
強者同士の魔力衝突で舞う銀色の火花が、まるで閃光弾のように周囲の者達の目を眩ませたが、その光景は見るものが見れば、完全に靖破が押し負けていた。
『いいか靖破。うちの魔力がある限り、お前に体力切れはねぇ。そしてうちの魔力は三日三晩戦い続けても問題ない量だ。
――問題はうちを使う宿主であるお前だ。生半可な戦い方じゃ、今みたいに簡単に負けるよ。お前はそれでいいのか? また北鑑の虫けらどもに負けた挙げ句、血塗れの斬死体になって有象無象の屍の上に打ち捨てられたいか?』
「それは御免こうむる……ハァッ!」
心に直接語りかけるシュラと片手間に会話しながら、姜純とテズキ、北鑑兵に白眉兵、時にジョウセンや奚笵との相手を続ける。
この頃になると、張侍及び彼の部下達も満身創痍で戦っていた。
靖破の為に敵の足止めを担うという当初の目的も朧気となり、もはや自分の命を守るだけで精一杯な状態だった。仮に今から靖破が別の行動をとっても、それを理解する余裕などないだろう。
故に、シュラは残酷な指示を下す。
『張侍隊を見捨ろ』
魔女か悪魔か、この状況であればシュラはどちらでも構わんと言うだろう。
『でなきゃ、お前は斬死体で果てるだけだ。未来永劫の笑い者。とんだマヌケで戦下手なクソザコと言われ続ける。……それが嫌ならうちと靖破だけで戦えばいい。群れるだけの雑魚どもなんか纏めてあの世送りだ』
「あぁ、それは良いな。実に楽そうだ。半刻も要さず片付くだろう」
『当たり前だ。足手まといがいなけりゃ全力で戦える。なんで連れてきたか知らないけどさ、端から邪魔なんだよこいつ等。……それに味方になったとは言え、元々報復の対象なんだ。変に遠慮なんかいらないだろ』
「そうだな。事ある毎に亡き者にしようとしたぐらいだ。捨てるなど造作もない」
『わかったか。なら今から徹底的に殺るぞ。うちが魔力を放出するから、靖破は――』
「だが、リナムはどう思うだろうな」
………………チッ…………!!!
殺る気になった筈の靖破が、姜純を前にした瞬間。
この期に及んで感情を持ち出した事で、内から込み上がる一騎軍壊の武力は急速凍結。余念は当然のように蒼月の方天戟を弱体化させた。
「あァ!? さっきからぶつくさ言ってんじゃねぇよッ!! オラァァ!!」
姜純の大剣を真っ向から防ぐが、先程同様に押し負ける。
防御姿勢を崩された靖破は、無言のまま膝をついた。
「そのまま沈めェェ!! 奥義 “奈落” !!」
姜純が大剣を肩に担いだ状態で左手を突き出すや、靖破の足下に魔法陣が顕現する。
渦を巻くように回転を始めたそれは、靖破の動きを封じたばかりか、大地を激しく揺れ動かし、巨大な渦潮を形成して靖破や張侍隊を呑み込んでいく。
「うおぉっ!? マジでやべぇーー!!? 靖破の大将ぉっ!!?」
「………………」
「こうなったら手も足も出せねぇよ!! ……白眉の! 俺に合わせろ!!」
張侍隊が悲鳴を上げながら地中に吸い込まれる中、身動きがとれなくなった靖破に姜純が追い討ちを掛ける。
それに呼応するテズキも、魔力を込めた鉄槌でモグラ叩きに回った。
「おめぇ等まとめて、地下で仲良くねんねしなァッ!!」
半分ほど地中に呑まれた靖破に、姜純とテズキが頭上から強力な一撃を叩き込んだ。
二将の得物から放たれた衝撃は何重にも積み重なった空気の層によって可視化され、見る者すべての視界を数瞬の間だけ白に染める。
そして大地に浸透した衝撃が著しい陥没を引き起こし、靖破と張侍隊の大部分は瞬く間に生き埋めにされた。
それと同時にこの瞬間、南側の戦場を震源地とした人為的な地震が発生する。
「じ、地震だっ!? うわぁぁーー!?」
「誰か助け――きゃああぁぁーー!!?」
「おかーさん!? おかーさ――わぁぁぁっ!!?」
地震の規模は陽慶一帯に波及する程に激しく、城内の難民・城外の兵士を問わず、渦中にある者達を一人残らず震え上がらせた。
「きゃあっ!?」
「リナムお嬢様! 危ないっ!」
城壁に置かれたリナムの本陣は、地上以上の揺れを感じた。
何せ足場となる城壁自体が、焼き打ちされたまま手付かずに放置されていたからだ。
大破されて抉られた場所もあれば、熱と衝撃で歪んだ場所もある。城壁としての防御力が皆無である事は周知の上、建造物としての耐久性も無に等しい。もはや瓦礫の山と表現しても間違いではなかった。
そんなハリボテが大きな揺れに耐えられる筈もなく、至る箇所で発生した崩壊に、リナムは呑まれそうになったのだ。
「あ、ありがとうございます……! 助かりました。……他の皆さんは大丈夫ですか!?」
「……我々は……何とか無事です……」
「しかし……本陣が担う各機能は全滅。城内も酷い有り様です」
間一髪、リナムは傍に控える護衛兵によって助けられた。他の兵士達も怪我こそすれど、命に関わるような大事にはならなかった様だ。
しかし、城内では倒壊した建物の下敷きになった難民が大勢おり、老若男女の嘆き悲しむ声が木霊していた。
「榲喰み(榲國を襲った未曾有の大震災)だわ……!! 酷すぎる……!! なんで……なんでこんな酷い事ができるんですか!?」
民の被害を歯牙にもかけない姜純に、リナムは涙を浮かべながら激怒した。
だが、魔人でもない少女の声が戦場に届く事は叶わず、力や数で圧殺する事を己が芸当とする姜純は、この惨状に笑みを浮かべていた。
「元々は俺の魔力だけで完成している奥義に、白眉の怪力が加わった。威力は本来の数倍ってところか。……フッ、我ながら今の一撃は、骨身に染みるヤバさだ……!!」
地中深くに押し込められた靖破達の気配は完全に消えていた。
後に残ったのはひび割れた岩盤のクレーターと、難を逃れた僅かな張侍隊兵士のみだ。
「大虎の牙 靖破! それに裏切り者の張侍! この姜純様が圧殺したァァ!!」
「「「!!?」」」
姜純の魔力聲が陽慶中に響き渡った。それは北鑑連合軍の勝利宣言に等しく、各地で奮戦する靖破軍の将兵にとっては敗北の報せに他ならなかった。




