いかなる状況でも貴方を想う
「……嘘だ! 北鑑軍の虚報に耳を貸すな!! 靖破殿が討たれるなどあり得ん話だっ!! 彼の武力は大陸無双!! 北鑑軍ごときがどうにかできる存在ではない!!」
全軍の戦意喪失を肌で感じた祝覧が、魔力聲をもって叫ぶ。
聲之魔人として響かせる声音を持つ彼ならではの徹底抗戦だ。
「于雲鮮殿! 見えているのだろう!! 貴殿も聲をあげられよ!! 敵の虚報であるとっ!!」
雲霞の如き物量で押し寄せる楽羅軍の対応に、意識の九割を持っていかれる祝覧。
他所の戦況を確認する暇もない彼にとって、于雲鮮の生の聲は大きな意味を持っていた。
「…………牙殿……!? そんな馬鹿な……牙殿が、敗れるなんて……!?」
「于雲鮮殿っ!! 聞こえている筈だ!! 貴殿も聲をあげてくれっ!! 靖破殿の戦死など、稚児でもつかぬ嘘だと鼻で笑ってやるのだ!!」
「……牙殿は……牙殿は……!」
北側の戦場からけたたましい魔力聲を送る祝覧に対して、離れた所から戦闘の様子を直に見ていた于雲鮮は、素の声で絶望するしかなかった。
視覚では姜純とテズキによって打ち据えられた靖破を見た上で、感覚では靖破の強烈無比な気配を感じなくなっていた。
于雲鮮は一介の魔人として他人が放つ魔力を感じ取れるからこそ、靖破の敗死という嫌な確信を得てしまったのだった。
「白眉第一軍のテズキだ!! これは虚報に非ず!! 陽慶軍大将の靖破は、白眉・北鑑連合軍の挟撃に遭って敗死した!! 皆、勝鬨をあげろォォーー!!」
「「「おおおおぉぉぉーーー!!!」」」
于雲鮮の沈黙に続き、テズキの号令で北鑑軍と白眉軍が大歓声をあげた事で、陽慶を舞台とした大包囲戦の勝敗が決定してしまう。 完全に消沈した靖破軍の将達は指揮を忘れて立ち尽くし、聲をあげるべき祝覧ですら、どうすれば良いかわからなくなってしまった。
「靖破殿……!! かくなる上は弔い合戦致し方なし! 于雲蓋殿、于雲芳殿! お先に御免!!」
「……オレは最期まで抗うが、心残りある者は敵に降れ。
――義侠の賊徒 鐘鬼、今より玉砕する!! 狙うはムラサキの首、ただ一つのみ!!」
経清と鐘鬼は殉死ともとれる無謀な突撃を敢行した。鐘鬼直属の部下も、二百名ほどが上官に従った。
それを見て于雲鮮も覚悟を決め、周りの部下達に語りかける。
「…………事ここに至っては、もはや玉砕あるのみ。私は于雲一族に相応しき死に花を咲かせて逝く。……だが、私がここを離れれば敵は城内に攻め入り、リナム殿を捕らえるだろう。我々の意地に彼女を巻き込むのは忍びない。東の道ならまだ間に合うだろうから、私とともに出ない者は彼女を脱出させてほしい。
――ではさらばだ!! 私は経清殿と合流して姜純を討つ!!」
言うや否や、于雲鮮は有志を募る間もなく駆け出した。
彼を追う者は三百名ほど。残りは引き続き城門を守る者と、上官の指示通りリナムを逃がそうとする者に別れた。
この流れはリナム本陣にも伝わり、彼女の護衛兵も主の脱出に動こうとする。
「リナムお嬢様。悔しいですが、もはやここまでかと。急いで城を出て、ロキ様のおられるケトに向かいましょう」
「我々が全身全霊を賭けて御守りします。于雲鮮将軍の兵も手を貸してくれるそうです」
「……私は逃げません。最期まで責務を全うします」
だが、当のリナムは脱出を拒否した。以前敵であった于雲鮮に本陣まで迫られ、恐怖の余り動けなかったそれとは違い、今回は確固たる意志が宿っていた。
「私は靖破様が仰ったこの軍の “大義” であり、本陣を預かる “将” です。大義は民を見捨てず、将は最期まで諦めません。今はただ、その務めを果たす時です」
「リナムお嬢様……」
「それに靖破様とシュラ様は、まだ健在です。討ち取られたというのは敵の虚報です」
「えっ!? で……ですが、我々も確かにこの目で見たように、お二人は――」
「出陣に先立って、私を案じてくださったシュラ様が私の中に魔力を注いでいきました。……私は魔人ではないので詳しくはわかりませんが、その魔力が未だに感じられるという事は、シュラ様も靖破様も生きている筈です。
――それにお二人が討たれるような事態は、万に一つもないと信じていますから」
城内の惨状に涙を流して怒った後でありながら、軍人の才を開花させたと言わんばかりの冷静さ。
何より笑顔とまではいかないが、リナムの表情はこの戦場にある者すべての中で一番晴れていた。彼女はそれだけ靖破とシュラを信じていたのだ。
「于雲鮮将軍が向かわしてくれた兵はすべて、助けを求める民の救護に当てて下さい。私はここで、最期まで務めを果たします。……身勝手な要求で申し訳ありませんが、皆さんもお願いできませんか?」
「ははっ。お嬢様の願いとあらば、それ即ち正道。我々は従います」
「ここでお嬢様を見捨てて何になります。我々は故郷に顔向けできぬような真似は致しません」
「お嬢様が信じるように、我々も靖破様と魔女様を信じます! まずは混乱している味方に声援を送りましょう!」
「信号が飛ばせない代わりは旗で伝達しろ! 途中の中継地点を介して、北側の祝覧将軍と連絡を取れ! 急げっ!」
「敵の総攻撃もあり得るぞ! 防衛設備を組み直す! 第五班続け!!」
苦境にあって最も重要となる士気の回復を、軍人でもないリナムが真っ先に果たす。
彼女の覚悟に刺激を得た護衛兵達は人力で本陣としての機能を復活させ、各戦場の味方を鼓舞すべく、靖破健在の四文字を流布した。
この復活の速さは、リナムの護衛部隊が独自の情報部隊を兼ねるからこそだ。
「嶄篠様! 旗が! リナム様の本陣より伝令です! 靖破様は健在であると!」
「ナマハハハ! であろうな。張侍はともかくとして、靖家と魔女っ娘が北鑑の悪たれごときに討たれるとは思えん。
――陽慶軍全軍! そのまま戦い続けろ!! 理由は要らん!! ただ目の前の敵を蹴散らせ!!」
リナムの激励に、靖破軍の副将格たる嶄篠が呼応した。
その聲を聞いて祝覧はハッと我に帰る。苦戦に表情を曇らせる部下達とは正反対に、彼の曇った視野は晴れ、同時にリナムよりもたらされた伝令が目に映る。
「リナム殿……! そうだな、信じるは敵より仲間の声だ!
――陽慶軍参謀の祝覧より、全軍に伝える!! 味方本陣が靖破殿の健在を確認!! 繰り返す! 靖破殿は健在だ!! 皆、落ち着いて敵に当たれ!!」
「「「……ぅおおおぉぉーー!!」」」
靖破とシュラの桁違いな強さを知った上で、実際に殺られた様子を見ていない嶄篠と祝覧。二人はリナムを信じて聲を発する。
そしてその聲が兵士達の戦意を僅かに呼び戻し、辛うじて戦えるまで回復させた。
靖破健在の真偽が定かではない為に、完全な復活とまではいかなかったものの、徹底抗戦の指揮を執る分には充分だ。
「……担がれた大将にしては人望があるようだな、大虎の牙 靖破。気を狂わせた契約者にあるまじき人望は、こちらに想定以上の被害を負わせるおそれがある」
北鑑軍右翼にあって唯一待機を続けていた李迅が、今の流れから起こる靖破軍全体の死兵化を危惧する。
既に玉砕覚悟の突撃に出た者達がいる事が、その最たる予兆と言えるだろう。
それ故に李迅は、靖破軍の猛反撃に待ったをかけるべく兵を動かした。
「ここまで大勢が決すれば、さすがにあの男も妙な動きはできないだろう。……自らの城や領民を守る為に、かつての同胞を討たねばならんぞ。バルチャーよ」
李迅が最も警戒していたバルチャーは、今尚、副将の楊輝と共に待機していた。
しかしその沈黙ももはやこれまで。何か企んでいようが、勝敗が決した今となっては全てが無駄である。後は大人しく北鑑に従って靖破軍を攻めるしかない。
「…………楊輝に伝令を。“動くぞ” と伝えてくれ」
李迅の思惑通り、バルチャーは遅れて兵を動かした。
それを見た李迅は前にだけ集中し、バルチャー勢と組んで靖破軍最後の主力部隊である祝鉱・キクズナ隊に矛先を向ける。
「お嬢様! バルチャー将軍が出陣しました! 待機していた李迅軍も前進を始め、キクズナ様と祝鉱将軍が狙われています!!」
「…………バルチャー将軍……。将軍も苦しい立場でしょうに……」
「敵に同情している暇はありません! ムラサキ軍の一部がついに城壁に達しました!」
「くそっ!? ここまで来るかもしれん! 守備隊はいつでも出られるように構えておけ!」
士気が回復しても圧倒的な戦力差は変わらない。ただ徹底抗戦の下地が整っただけだ。
それよりも戦況は悪化の一途を辿り、バルチャーと李迅の前進はもとより、城壁に到達した敵が他にもいるという報告がつぶさに届く。
「北側の祝覧将軍より伝令! 敵の一部が城内に侵入したとの事! 食い止めてはいるが、最悪の事態に備えられたし!」
「西側の城壁にて戦闘行為と思われる様子が確認できます! お気をつけを!」
「ムラサキ本軍より一部隊が突撃してきます! およそ千名! 狙いは城門です! 尚、霊玄様は別の部隊に掴まり、動けない模様!」
刻一刻と迫り来る敵軍に、リナム本陣は改めて覚悟を決めた。
全体の状況を一番把握している本陣だからこそ、状況の深刻さが数字で表現されているように明らかだった。
(このまま進めば全滅する……。……それでも私は逃げてはだめ。最期まで責務を果たさなければきっと……靖破様やシュラ様に……失望されてしまうから)
「嫌われて生きるぐらいなら……大義とともに……」
齢十八ながら、芯の強さは一級の将軍に勝るとも劣らない。
そして彼女の信念を形作るものの中には、自らを “大義” を称え、寵愛してくれる靖破やシュラの信頼を裏切りたくないという信念があった。
「ムラサキ軍の一部隊が城門前に到達! 于雲鮮将軍の兵と交戦中!」
「ま、まずいぞ!? 奴等中々に強い! 突破される!?」
「いかん!! 援軍を送らねば城内に入られるぞ!!」
リナムの覚悟を他所に戦況は更に悪化。死の一団が近づいて、リナムは恐怖を覚えた。
(……靖破様……シュラ様……!!)
事ここに至って少女である事に変わりはない。
事態を覆す武力も無ければ、対処を講ずる知恵もない。自分を死に追いやる存在が懐に入らんとする状況を見て、リナムは肩を震えるしかできなかった。
「助けて……ください……!」
か細く、本陣の喧騒を前にしては聞き耳を立てても聞こえない程に小さな聲。
各所絶体絶命の苦境を前に、思わず洩れてしまった弱音を拾う者はいないと思われた。
『アタッチャァァーーー!!』
「「「うおおおぉーーー!!! 呼ばれて飛びてて張侍隊ーーー!!!」」」
「「「――!!?」」」
否。リナムの助けを求める聲は確かに届いていた。
夢見るカンフー少女が雄叫びとともに急上昇アッパージャンプを披露すれば、彼女に続いて生き埋めになった筈の靖破や張侍隊も、地中奥深くより盛大に飛び出して現れたのだ。




