取捨選択。魔女の冷徹な提案
『お前ら、いいから正座しろ。今からうちが説教する』
地中奥深く……玉手箱のような形をした不思議な空間の中で、シュラは腰に手を当てながら仁王立ちしていた。
その前には胡座をかいて座る靖破と、魔女の圧によって正座させられた張侍隊がいる。
姜純とテズキによって大地へ打ち込まれる瞬間。独断で魔力を離合させたシュラは人型に戻るや、張侍隊を丸々包み込む結界を顕現して難を凌いだ。
まさに瞬きの合間の出来事である。姜純にしろテズキにしろ、他者の魔力が加わる混沌の魔力衝突で正常な手応えが感じ辛い事を利用した。その上で地上にいる魔人からの魔力探知を躱す魔法陣を片手間に張り巡らせ、数百人の圧死を偽装したのだ。
『さてと……地上ではさぞや驚いてるだろうが、それは一旦置いておく。
――靖破、まずはお前。こいつら守る為に力割いて後手に回って……挙げ句の果てに感情を持ち出しやがって。本当に勝つ気あるのか?』
「…………敵の用兵が一枚上手であったと、認めねばなるまい」
『違うだろ。最初から連れて来る必要がなかったんだよ。うちとお前だけで充分な筈だ』
「いや、そうとも言い切れん。軍を率いた経験のない魔女には理解し難いかもしれんが、魔人一人で戦うよりも魔人が切り開いた傷口を配下の将兵が抉り広げる方が、より早く敵軍に大きな損害を与えられる」
『武将の考え方だな。んで、今のお前は武将か?』
「……いや」
『担がれた大将なだけで、本質は復讐の鬼だ。復讐の鬼が本来報復の対象である奴等を率いて戦ごっこなんて……見てて滑稽だよ』
この場の誰よりも小柄で幼く見える美少女が、乾いた嘲笑を顔に浮かべる。
その様は “今まで黙ってきたが、我慢の限界に達したから言わせてもらう” な圧がひしひしと伝わってきた。
『戦術や戦法なんておっさんに任せておけばいい。本来報復の対象である奴等を守る必要もない。お前はただ狂ったように報復を果たせ。それがうちの力を引き出す条件だ』
言い終わり、今度は乾いた表情に艶を乗せ、闇を纏った妖艶な笑みを浮かべ直す。
『見捨てる決断ができず、余念も生まれるってんなら……うちがこいつ等を消してやろうか? ここならリナムも見てないぞ。あの子がどう思うも何もない』
本能的な恐怖が張侍隊の心胆を畏縮させると同時に、彼等は魔女が何を言わんとしているのか理解した。
理解できて、シュラが改めて魔女である所以を見た。
「…………魔女よ、先ずは余計な気を遣わせた事を謝る。俺も戦いながら、なぜ張侍らを必死になって守っているのか不思議に思っていた。立場上味方になっただけで、俺からすれば元北鑑の将兵に変わりはない。今更殺すまではないにしろ、別に死んでも構わんと思っている俺がなぜだ……とな」
シュラの静かな激情を前にしても、靖破は普段通り語る。
明らかにシュラの怒りが普段とは別物と理解できるが、感情に疎い靖破からすればそれが何だという程度だった。
しかしそんな彼だからこそ、徐々に芽生えてしまった感情に左右されたのだろう。
「そんな中、薄っすらと理解した事がある。幾ら死んでも構わんと思う俺を他所に、一人でも多く死んだら悲しむ少女がいる事に。
――結局のところ、俺はあの子を悲しませたくないようだ」
『…………それはお前が持つべき感情じゃあない』
「だろうな。現にそのせいで魔女は全力を発揮出来ないでいた。だがお前とて、リナムが悲しんで壊れるのは見過ごせん筈だ。違うか? リシュターブ・シュラ・ノウエ。かつてアールアの時代、ルーベルズ家中興の祖となる男へ嫁ぐ少女に代わって、自らが封印される事で世の動乱を鎮めた魔女よ」
『……獅子面の爺さんが言ったのか。……いつの間に』
「いや、思い出したまでだ。以前、ロキが自らのアサギ髪を自慢気に語っていた時の話をな。……蒼髪の魔女は自らを犠牲にしてアサギ髪の少女を守り、彼女が嫁いだルーベルズ家は、以降皆がアサギ髪を受け継いでいるという伝承だ」
『……犯人あいつか……何を自慢してんだよ』
「お前はリナムに、自分が身代わりとなって生かした少女を重ねているのだろう。ただのアサギ愛好家同士とは思えん程に、情熱を向けている様を間近で見ていれば何となく理解できる」
感情が欠落した靖破だが、こういう事だけは察しが良かった。
そしてさも淡々と暴露する靖破に、先程までの会話の流れを完全に崩されたシュラは、動揺のまま沈黙する。
張侍隊も話に割り込める空気ではない事を察し、視線を逸らしたシュラをじっと見た。
『…………で、うちの為に頑張ってましたって言いたいのか?』
「話を聞いていたのか? リナムの為だ」
『聞いてたわ! うちの為と同じだろ!』
逆ギレするシュラの台詞に、靖破は彼独自の考察に確信を持った。
「…………やはりな。理解した」
『なにがだよ……』
「戯れも含めて、リナムの身体に何度も魔力を挿れていたな? なぜリナムの身体が、強力すぎる魔女の魔力をすんなりと受け入れる事ができたのか疑問だった。たとえ魔力属性が同じであったとしても、魔力の才を開花していないリナムがいきなり魔女の魔力を挿れられれば、大いなる苦痛が伴う筈だ」
『うちの技巧をなめんなよ。痛みを快楽に変えるぐらい造作もね――』
「ルーベルズ家に流れる魔力は、お前が由来だな?」
『ぁ…………あ、あた、あたっちゃぁぁぁ』
「「「当たっちゃった!!?」」」
『うっせー張侍隊!! ブチ殺すぞ!!』
「「「ひぃええぇーー!?」」」
目に見えた動揺、一筋の汗、明らかな八つ当たり。靖破の考察は図星のようだった。
「俺がリナムを悲しませんとする行動は、少なからず魔女の為にもなる。魔女にとっても、自分の血を分け与えた子孫を可愛がる為には妥協も必要だ。
――故に魔女よ。死んでリナムが悲しむ存在は、せめて守ってやれ。いいな?」
感情を無くした筈の靖破にかくも言われるとは、シュラは予想だにしなかった。
ふくれっ面を作りながら視線を逸らし、ばつが悪そうに逆ギレする。
『…………言われなくたって……うちだってわかってんだよ。……でもお前が足手まといなんかを引っ張ってくるし、それを守ろうとするし、リナムの事を気遣うし…………お前が悪いんだ! お前が “らしくない” からうちの調子が狂うんだ! ぜーんぶお前のせいだ! バカ靖破っ!!』
(((あれーー、なんかメスゴリラが可愛く見えてきたーー)))
感傷的に怒る様が、シュラを歳相応の美少女に見せる魔法となった。張侍隊は邪魔だから自分達を消そうとしていた魔女に可愛さを覚えてしまう。
「あぁ、すまない。余計な気を遣わせたな。だからこれからは本能のままに殺るぞ。
――張侍。聞いての通りだ。地上に戻った後はお前達の面倒を見てやれん。故に好きなように戦い、好きなように死ね」
「っははは! 連れてきておいてそれはキツイぜ大将!」
「不服か? ならばここで生き埋めというのも構わんが」
「冗談ッ!! 好きなように戦って好きなように生き残る。それでいかせてもらうぜ! なぁ、みんなァァ!!」
「「「おおおぉぉっ!!」」」
「……良い返事だ。お前達が生粋の大虎軍でないことが悔やまれる。
――では行くぞ。リナムが呼んでいる」




