求められし想いに、待望の英雄来たれり
『アタッチャァァーーー!!』
「「「うおおおぉーーー!!! 呼ばれて飛びてて張侍隊ーーー!!!」」」
あなや救世主の轟ッ!!
信ずる者以外が戦死と決めつけた存在が、威勢よく噴き出して現れる。
靖破とシュラは三十メートル近く飛び上がり、便乗する張侍隊も、爆散する砂の演出に合わせて派手に躍り出た。
「靖破様、シュラ様……! それに張侍様達も……!」
シュラの聲が全戦場に轟き、敵も味方も一瞬の動揺に手を止める最中。リナムだけは即座に状況を理解するや頬を染めた。
彼女の視線先には、彼女にとっての英雄が威風を纏いながら仁王立ち、その傍らには一族の祖とも言える魔女が拳を鳴らして睨みを利かす。
更には小休憩を挟んで息を整えた張侍隊も、衰えた気勢を再度燃焼させていた。
包囲殲滅下にある状況は変わらずだが、張侍隊の顔つきは特に変わっていた。会話を交えて戦う意味を強めた事で、彼等の中の大将靖破の認識が変わったからだろう。
「北鑑・白眉の有象無象ども。俺をここまで追い詰めた褒美だ。全員仲良く細切れに処してやる。後は腐肉となりて、鳥獣の餌となれ」
『っし! 暴れるぞ男ども!! 後ろは見るな! 前の敵を意識して殺れ!!』
「って事だ! 暴れるぞみんなァァーー!!」
「「「おらぁぁぁーーー!!!」」」
出現早々、靖破達は動揺に手を止めた北鑑・白眉軍に襲い掛かる。
陣形も戦術も何もない。ただ目前の敵を討ちまくるべく、四方八方に突撃した。
「あぁ? ……ちっ、ふざけた奴等だ。白眉の! もう一度挟むぞ! 今度こそ完全に押し殺す!」
勝利後の蹂躙に心躍らせていた姜純が、興冷めしたのは言うまでもない。
彼は若干の激情を見せると得物の大剣に魔力を込め、再度テズキとの挟撃をはかった。
「挟んで押し殺すだぁ!!? ハッ! 笑わせるなァァーー!!」
「え!!? ……あっ、あれは……!!」
姜純の言動に笑止を言い渡す聲が、突如として東の方角から轟く。
動揺の連続だった。リナムがバルチャー勢の持ち場より更に南東の方を見れば、そこには山肌の頂に整然と居並んだ勇壮無比な騎馬軍団があった。
「ぁ……あぁ……兄様っ! 兄様ぁっ!!」
「待たせたなリナム!! ルーベルズ兵団、全軍参上ォォ!!」
「「「オオオオォォォーーーー!!!」」」
大喚声を放ちながら得物を天に掲げる騎馬軍団。ルーベルズ家の旗印である「山頂に君臨せし鳳凰」が、凄まじい熱量を帯びた威風によって猛然とたなびいた。
到着した援軍はロキ率いるルーベルズ騎兵隊を先頭に、ケトの全守備兵二万。加えてバラガス率いる一万五千の歩兵軍と、旗を掲げていない正体不明の三千騎。
合計三万八千の援軍が、北鑑軍の脇腹を抉り散らさんと現れたのだ。
(やはり現れたか。だが、三万から四万は想定以上だ。……バルチャーの裏工作。私が東の抑えに回っていれば、こうはならなかったものを!)
「悔やんでも仕方がない! ケトからの援軍が来たとなればバルチャー勢も動くぞ! 陣形を改めよ! 東向きに九亀の陣を組め!!」
援軍の到着を想定していた李迅の対応は早かった。
祝鉱・キクズナ隊に向けた全軍を即座に方向転換させ、姜純本陣の盾となるように防御陣形を構築する。
末端の兵士までがさしたる混乱もなく迅速に動く様は、今戦における北鑑軍随一の練度の高さを表していた。
「時は来たれりっ! 我が愛しの将兵諸君、憎き北鑑の悪たれどもを討ち果たせ!!」
バルチャーも軍の向きを改め、李迅軍へと矛先を変えた。
大勢が動き出した時、ロキもまた軍勢を展開させる。
「バラガス殿は楽羅軍を蹴散らしてくれ。俺とトシミツは北鑑軍本陣を落とす。
――キクズナ聞こえるか!? 俺に続け!! 祝覧のおっさん! 祝鉱将軍とバラガス殿をそっちに回す! 楽羅は任せたぜ!!」
「はっ! キクズナ隊出撃!! ロキ隊長に合流するぞ!!」
「えぇい誰がおっさんだ!! ……祝鉱、来い! 手伝え!!」
「ハッ! ハッ! ハァ! ようやく出番か。雷神を待たせるもんじゃねぇぜ!!」
陽慶軍東部隊のキクズナと祝鉱は、上官と兄の下へ移動する。
バラガスも祝覧との合流を目指して、北に進路をとった。
「っし! じゃあ俺達も行くぞ!! 目標は北鑑軍大将の姜純だ!! 道中の敵もろとも――喰い破れェェェーーー!!!」
「「「ウオオオオォォォォーーー!!!」」」
一拍の間を置いて青紅の剣を振りかざすと同時、ルーベルズ兵の士気は爆発。
疾風雷火の強兵は北鑑軍本陣へ向かって一直線に突撃した。
この流れに北部軍将軍 龍伯も呼応する。
「……北部軍全軍、一度乱戦を解け。これより陽慶軍に味方し、楽羅を討つ!」
静かに、それでも確かに伝わる聲で、龍伯は寝返りを宣言した。
静観を貫いたバルチャー勢と違って、普通に攻めていた彼等が寝返る事態に、真横で戦っていた楽羅軍を始め祝覧達も驚いた。
しかしそこは祝覧である。龍伯の意図を即座に察するや、崩れた陣形を修復し、全戦力を再結集して楽羅軍に反撃を開始した。
「第二将龍伯が守るは北部の安寧だ。戦況が傾いた今この時、我々につく方が北部を守れると判断したのだろう。剛の男に見えて、その心胆は実に表裏比興!
――ならばとことん利用させてもらうまでだ!! 我々は龍伯軍の突撃に便乗するぞ!!」
「「「うおおぉぉぉ!! 祝覧将軍に続けぇぇーー!!」」」
北面の戦力比は一気に縮まった。祝覧・祝那隊七千に、祝鉱隊五千、北部軍一万九千、バラガス軍一万五千。合計四万六千の兵力となって、楽羅軍十万に猛反撃を仕掛ける。
対する楽羅軍は、数は立派なれど将兵ともに弱卒揃い。瞬く間に驚天動地の頂に達するや、等しい速さで戦線が崩壊し始めた。
一方、陽慶南西に布陣する白眉軍大将 レク・シュリクは、北と東の状況を逸早く察知。
若年ながらそれを思わせない冷静さを保つまま、自軍がとるべき行動を模索する。
そこには白眉王家が施す冷徹な英才教育、もとい徹底した利己主義が根底にあった。
「…………気配から感じるところ、楽羅はまともに刃を交える事もなく崩れたようだ。東も敵一色で染まったと見て間違いない。
――さて、これからどうする老将軍(隠渓)。二方面の戦線は既に崩れ、主体となる北鑑も危うい状態だ。白眉の流儀に則れば、ここは撤退以外に道はないと心得るが?」
「左様。もうこの戦場で得られるものはございますまい。下らぬ流れに呑まれるより先に、陽堅に退却いたしましょう。後の殿は趙隕にさせまする」
「では早速、テズキと王洪佗に伝え――」
「急報!! 急報ォッ!! シュリク王子、一大事です!!」
「……何事だ。申せ」
白眉軍本陣を掻き乱す情報部隊長。第一王子軍直属の優秀な将校でもある男が、体裁をかなぐり捨ててまでシュリクに駆け寄った。
その姿に今以上のただならぬ事態を察するシュリクと隠渓。どちらが返答したかも把握する余裕もなく、情報部隊長は語りだした。
「――なに……!!? ……それはまことか?」
「……はっ! 私も信じられず、真偽を確かめるために複数の情報源を辿りました。その結果、時間差はあれど、内容は全て同じでありました」
白眉という國全体に大きな影響を与える、紛うことなき凶報。シュリクの脇を固める側近達は一瞬で動転の渦に呑み込まれ、シュリク本人も僅かに押し黙ってしまった。
「…………フフフッ。所詮我が國は、妖蛇とぐろ巻く修羅の國か。老将軍よ、これは戦どころではなくなったぞ。急ぎ本國へ帰還する。全軍を走らせろ!」
「……その前に箝口令を敷きましょう。特にお主ら、不様が過ぎる。それでも白眉軍将校の端くれか」
だが、そんな中でもシュリクは不敵に嗤い、隠渓は部下の醜態に眉を顰めるのみ。
この他人事じみた異様な冷静ぶりと、國を代表する武臣の叱責が、側近達を瞬く間に萎縮させた。
「よい、老将軍。箝口令など無駄だ。これ程の大事、風よりも早く広まるだろう。
――それよりも、我等は風に勝る速さで帰國せねばなるまい。行くぞ、次の戦場へ……!」
シュリク直々に指揮を執り、白眉軍は総退却に移る。
当然ながら交戦中のテズキ、王洪佗の両将軍は、火急伝令より内密に理由を聞かされるまで訳がわからなかった。
「な、撤退だと!? 映えある第一軍である我等が、敵に背を向けるのかっ!?」
「そ、それが……実は本國にて………………」
(なんと!!? この時、この局面にあって、そんな事が起こるとは……!? 大虎の牙 靖破よ、武力行使だけが取り柄の貴様に、人のみならず天までも味方したというのか!?)
「……テズキ! こうなっては他國の乱に乗じるどころではない!! 退くぞ! 撤退だ!!」
「ヌゥオォォォ……!! 不甲斐なし!! この屈辱、いずれ晴らさせてもらうぞ!!」
それでも「撤退は厳命である」と伝えられた彼等は、目前の敵を無視して全力で離脱。
靖破軍に追撃の余力がない、もしくは戦力の全てを北鑑軍に向けるという確信の下、白眉軍では小隊一つ殿に残ることはなかった。
尤も代わりの盾となる存在がいる事も、影響はしているだろう。
(…………フッ。流石に驚きはしたが、本国の変事は我等の姿を知る者共に、この撤退が致し方なしと思わせるには充分すぎる。敗戦と判断して恐れ逃げた……と言われて威信を傷つけずにすんだだけでも、得られるものがあって良かったとしよう)
必要最低限の統率・体裁を保ちながら全力疾走する自軍を眺めながら、シュリクはもう一度だけ不敵な笑みを浮かべる。
(威信さえ揺らがねば、軍の力でどうとでもできる。凶事が吉事となるやもな……!)
白眉軍は疾風となって戦場を離脱した。
後に残された于雲蓋、于雲芳は半ば唖然とするが、精強を謳う白眉第一王子軍の形振り構わぬ総退却を見て、今日中の戦線復帰は不可能と判断する。
「反撃の刻は今ぞ!! 全将兵は持ちうる力をこの一刻に込めよ!! 東より現れた友軍とともに、姜純本陣を打ち崩すのだぁぁーー!!」
「「「オオオオォォォッ!!!」」」
于雲蓋の檄を以て最後の力を振り絞った将兵達は、弔い合戦と早とちりした経清を追い掛ける形で、靖破の加勢に動き出した。
方や、自棄を起こして玉砕覚悟の突撃を敢行した経清と于雲鮮と鐘鬼は、将として自らの軽率さを恥じて視線を逸らしたという。




