らしからぬ戦い
張侍隊の東側が、靖破を中心に混沌を極めた戦いとなっているうちに、経清を抜いた白眉軍の精鋭部隊は西側から突入せんとしていた。
「来たっ!? 来たぁっ!! 靖破の大将様! 白眉軍が来ちまったぁぁーー!?」
「……ちっ」
靖破は軽い舌打ちの後、蒼月の方天戟を大きく振り切る。
迫り来る北鑑兵は銃弾ごと切り伏せられ、数列にわたる広範囲が屍山の地と化した。
「ムオォォォォーーー!! 白眉の暴将 テズキ見参!! 大虎の牙 靖破よ、覚ご――」
「邪魔だ……!!」
「ムオォッオォッオオォーー!? 何たる一撃かァーー!?」
目前の敵を軽く一掃した靖破は、北鑑兵の混乱に乗じてその場を一時離脱。張侍隊に突入寸前だった白眉軍の前に飛び移り、先頭を駆ける巨漢のテズキを大きく吹き飛ばした。
「お、おっ!? 敵の大将が消えたぞ! 今だ! 突撃ーー!!」
だが、白眉軍の第一刃を凌げば、必然的に反対側の北鑑軍が勢いを増す。
靖破はさっきまで戦っていた場所に取って返し、迫り来るジョウセン配下の北鑑兵を方天戟の二振りで細切れに処した。
「テズキ将軍!? 大丈夫ですか!?」
「問題ない! ワシに構うな、行けっ!!」
一方のテズキは靖破によって後方へ吹き飛ばされたが、白眉第一軍を代表する猛将だけあって、雄渾撃を凌いで見せた。
彼の指示に従う白眉騎兵も、張侍隊との乱戦を目論んで猛進する。
靖破が味方ごと斬るような戦闘狂ではない為、敵味方が入り乱れる乱戦状態は白眉軍にとって望ましい状況なのだ。
「無理に押し込む必要はないぞ! できるだけ長く切り結ぶ状態を維持し――っがぁ……!?」
しかし、それは靖破も承知の上だった。北鑑軍を軽く一掃してから、またまた取って返して白眉軍の前に飛び移り、テズキに代わって先陣を担う部隊長を一刀両断。
その斬撃の余波が周囲に飛散して、五十騎ほどの白眉兵も返り討ちにする。
「白眉軍の方へ行ったぞ! 今のうちに突っ込め!」
次は姜純の直属兵が、靖破不在の隙をついて突撃してくる。
靖破はこれも退ける為に動かなければならないのだが、その前に張侍へ指示を出す。
「張侍! お前の部下が邪魔だ! どかせろ!」
「ぐぉ……! 靖破の大将、なんつー戦い方を!? ……だがわかったぜ!! 張侍隊、真ん中に大将の通り道を開けろ! 北の指揮は副官に任せた!! 俺は南側を止める!!」
奚笵の猛攻に防戦一方となりながらも、靖破の要望に逸早く応える張侍。
全身くまなく滝のように汗をかきながら、大将の無茶について行く事を決めた。
『おい靖破!! 無駄な動きが過ぎるぞ!! 何考えてんだお前は、バカか!?』
「…………煩いぞ魔女よ。黙って敵を斬れ」
張侍隊が開いた巨漢一人分の一本道を、靖破は西に東にと絶え間なく移動し続け、詰め寄る敵を吹き飛ばし続ける。
これによって七百人に満たない張侍隊は何とか戦線を維持し、絶体絶命の包囲殲滅下にありながら異様に粘る事が可能となった。
しかしこの戦い方は、シュラが言うように無駄が半分を占めている。
魔力の消費が地に足を付けて戦う状態の倍となるだけに留まらず、絶えず移動する事で動作の一つ一つに大きな隙が見受けられるのだ。
これを一級の猛将たるテズキが見逃す筈はなかった。彼は靖破とぶつかる瞬間に、継続して放てる技の中でも最大火力を誇る一撃を繰り出す。
「舞い上がれ!! “上鯨”!!」
「――!? ちっ……!」
テズキが得物の鉄槌を振り上げるとともに、魔力によって生成された白き鯨が靖破の足下より垂直に出現した。
魔獣こと上鯨は、凄まじい衝撃を真下から与え、上空へ打ち上がった靖破を飲み込もうと大口を開けながら急速に浮上する。
「失せろデカブツ……!」
靖破は至って冷静に蒼月の方天戟を振りかざす。斬撃が鯨の巨体を真っ二つに切り裂き、上鯨はギョロ目を更に見開いて魔力爆発を起こす。
銀色の火花が真昼の戦場上空を彩り、場違いな花火を思わせた。
「上鯨を一蹴するとは、敵ながら天晴――ムオォッ!?」
爆煙の中より急降下して切り掛かる靖破。高さを力に加えた強撃が、テズキを再び吹き飛ばす。
されど一瞬の判断で堅固な守りに切り替えたテズキは硬く、距離を離す事はできても、確かなダメージを与えるまではできなかった。
(……白眉第一軍 “巨獣侍らす白き鉄槌テズキ”。やるな)
一箇所に集中して戦えない状況とは言え、靖破の攻撃を何度も凌ぐテズキは一目置くに相応しい猛将だった。
靖破は僅かに時間を稼がれた為、テズキに追撃を仕掛ける暇もなく東側に移る。
そして飽きもせず迫り来る北鑑兵を三太刀で切り払うや、西側へ戻ろうとした。
しかしその矢先、北鑑兵の蹂躙に一拍置いた頃合いで二筋の赤い光線が撃ち出される。
「……フンッ!」
靖破は方天戟を片手で振り、蚊でも払うかのような軽い横一文字切りで光線を弾いた。
移動を阻害するタイミングで攻撃したのは、先程まで後方から指揮を執っていたジョウセンだった。手には魔力を弾にする双銃が握られている。
「蛆虫の奥に隠れるだけの雑魚が、今さら姿を見せて何の用だ?」
返り血に塗れた死神の眼光は北鑑兵を大いに怯ませ、戦列に加わったジョウセンも魔人ながら格の違いに戦慄する。
構っている暇のない靖破が、ジョウセンに興味を持たないのは当然だった。
そこら辺に打ち捨てられている北鑑兵の遺体を方天戟で拾い上げるや、それに魔力を込めてジョウセンがいる場所へ投擲。人間爆弾さながらの威力で派手に大地を炸裂させた。
ジョウセンは間一髪で避ける事に成功したものの、飛び散った石礫が鋭利な弾丸となって飛来し、数箇所負傷した。
靖破はサッと向きを変え、白眉軍の前に踊り出ようとする。
「来るか!! 上げ――」
「くれてやる……!」
テズキはタイミングを見計らって先程と同じ技を繰り出そうとするが、靖破が機先を制し、引き返す傍らに拾った北鑑兵の遺体を投擲。
二発目の人間爆弾はテズキの動きを封じ、攻撃の構えにある彼の意表をついてダメージを与える他、周囲を巻き込んで彼を後退らせた。
「ムオォォォ……! “轟猪尤砲”ッ!!」
だが、テズキも白眉を代表する猛将である。ただやられはしない。爆撃で体勢を崩されながらも、別の技を発動した。
忽ち魔力で生成された巨大な猪が、衝撃波の渦を頭に纏いながら突進する。
誰が見ても強烈な一撃になると予想できる獣の突撃だ。張侍隊の前で相殺すれば、彼等も爆風の巻き添えになる事は明白。靖破は仕方なく自身も前進した。
「くっ……!?」
案の定、猪を一刀両断すると同時に、靖破の人間爆弾の二回りは上の爆発が起こる。
その威力は靖破の予想を少しだけ越えており、至近距離で魔力爆発を浴びた靖破はここに来てようやく傷を負った。
「アヒィヤァァァーーー!!」
「飛頭蛮もどきか……! 邪魔だ!」
張侍を掻い潜った奚笵が、五体を武器と化して追い討ちを掛ける。
も、これはあっさりと打ち払い、方天戟の柄に殴られた奚笵は涙目で飛ばされた。
「“轟猪尤砲”ォォッ!!」
立て続けに繰り出されるテズキの巨獣。今度は靖破の方ではなく、張侍隊副官の率いる部隊の片割れに向かっていた。
これを退けるべく、靖破は猪に向けて斬撃波を飛ばす。両断されると同時に魔力爆発が発生するが、幸い大きなクレーターが出来ただけで張侍隊に被害は出なかった。
「――むっ!? 飛頭蛮もどきが、邪魔だと言っている……!」
無音で舞い戻ってきた奚笵の左手が、隙を見せた靖破の足に小刀を突き刺した。
それでも靖破は一切怯まず、勢いよく足を振り払って奚笵の左手を粉砕。その流れで小刀も抜けて地に落ちた。
「……小賢しい時間稼ぎばかりを。まともに殺り合えば訳ないんだがな」
『………………』
テズキに斬撃波を繰り出して退け、再び東側に移動。
違和感を感じる足で大地を踏みしめ、迫る敵兵を薙ぎ払い、同士撃ちも辞さぬ射撃すら難なく防ぐ。ジョウセンの魔弾も容易く弾き、絶命したばかりの北鑑兵を串刺しにしてお返しとばかりに投げ飛ばした。
そうしていれば間髪入れずに反対側の敵意が増す為、飛ぶ勢いでテズキの迎撃に移る。國を代表する猛者が相手とあって、ここが一番力の削がれるところであった。
(大虎の牙 靖破。何と恐ろしき武人だ。大軍で絡め取って尚、微塵も優位を感じさせぬとは。……しかし、ここに来てようやく疲労を感じ始めたか。得物を振る動作が手に取るようにわかるぞ!)
強者として強者を視る目に肥えているテズキだ。靖破の不調をすぐさま感じ取った。
そしてそれは、何もテズキのみが感じた変化ではなかった。
「よぉ! 待ちくたびれたぜ!!」
「!? ――ちっ……!」
靖破が東側に移った瞬間を出待ちして、姜純が頭上から兜割りを叩き込む。
恐怖心から半ば洗脳状態にあった北鑑兵達も、満を持して出撃した大将の姿を見るや士気を上げ、異常な眼差しのまま突撃を強行した。




