四面楚歌の陽慶
北側の戦場
「おのれ楽羅軍……! こうも群れて来られると厄介極まりないな!」
「龍伯の旦那も容赦ないし……やれやれ、参ったねぇ」
祝覧・祝那隊苦戦。二隊を迂回した楽羅兵が城壁に殺到しつつあった。
西側の戦場
「…………ふんっ、趙隕め。ここぞとばかりに自慢の堅陣を披露しよる。攻めると見せ掛けて守り、持久戦に持ち込んで儂を止める気か。傅磑も精鋭を出す分には殺る気だ。
――他の戦場を助けてやりたいが、儂が離れればこの場は崩壊するだろう。それでは本末転倒。やはり祝覧の方に、なけなしの騎兵を送り込むぐらいしかできぬわ」
嶄篠隊は虎忙軍と陽堅北部軍につかまり、身動きがとれずにいた。
しかし、嶄篠は開戦と同時に全体の戦況をなんとなく予想しており、最も危険そうな祝覧隊に五百騎の援軍を向かわせていた。
この援軍は北側の窮地に逸早く駆け付け、城壁を越えようとする楽羅兵を背後から切り崩し、敵の城内侵入を間一髪で阻んだ。
そして祝覧の指揮下に入ると、今度はその采配に従って楽羅軍に猛威を振るう。
南西の戦場
「くっ……! 抜けられたか!? 靖破殿、申し訳ありません!」
「よりにもよってテズキの軍を行かせてしまったか……流石は白眉第一軍。手強い!」
「これ以上は通させん! ……儂も出る! 蓋兄上は指揮を頼んだ!!」
経清・于雲蓋・于雲芳隊も苦戦。連戦に次ぐ連戦で将兵ともに動きが鈍くなっている状態で、白眉の精鋭兵が相手というのは相当厳しかった。
東側の戦場
「おいおいおいおい!! 兄貴からの指示はまだかよ!? このままだと指ちゅぱちゅぱしてる間に負けちまうぞ!? 目の前の奴等に精一杯で、聲飛ばす暇ねぇなら行っちまおうか!?」
「祝鉱将軍! まだ、まだです!? まだあの方が動いていません!」
じっとしていられない祝鉱と、その抑え役で精一杯なキクズナ。両隊はバルチャー勢の突撃に備えて待機を続行していた。
「…………ふふふ、そろそろ焦る頃合いだろうね。わかっているとも」
一方のバルチャーは、キクズナ達の気配から十二分に見て取れる焦燥感を前にして、不敵な面を浮かべていた。
南側の戦場(霊玄・鐘鬼隊 VS ムラサキ軍)
「……ちっ! ムラサキの奴ァ、乗りが悪くなったな。……とは言えこっちの兵馬も息が上がってきた。奴に構ってやれる回数も、指折り数える程度か」
ムラサキ本軍の撹乱に当たっている霊玄騎馬隊は、寡兵ながら霊玄の武力で辛うじて役目を担えていた。
しかしその働きもそろそろ限界に近づく。疲労困憊な騎兵は勿論、彼等を乗せる軍馬も、連日にわたる酷使の影響で脚を震わせ始めた。
「……父の足が止まってしまったか……! 鐘鬼将軍っ! 直にムラサキの本軍が来るだろう! 私はそれに備えて、乱れた陣形の修正に入ります! 暫し、敵の目を引いてください!」
「おおっ! 承知したっ!! 敵陣に風穴を開け、突っ込んで参る!!」
倍の兵数を相手して苦戦を強いられる鐘鬼隊。実質的な指揮は霊玄の長男・霊清が執り、鐘鬼は敵を切り返す刃となって最前衛で大暴れする。
「瞬技! 侠雲扇!!」
突き出した長巻を両手で高速回転させるや、前方一直線に真空刃の渦が巻き起こる。
魔力を帯びた鋭利なる刃の小嵐は、鐘鬼が言う通り敵陣に風穴を開けた。
さすれば鐘鬼は次の瞬間にでもドッ! と切り込み、後ろを気にしない乱撃に及んだ。
かの奮戦を遠目に見るムラサキは、霊玄・鐘鬼隊が打てる最後の抵抗と判断。霊玄に割いていた兵の一部を城壁攻めに回し、鐘鬼隊の裏を脅かそうとした。
南側の戦場(靖破・張侍隊)
「う、うおおぉぉっ! 敵の大将を殺せぇぇーー!!」
「あの大男を殺れば俺達の勝――ぎゃあァっ!?」
「怯むなァァ!! 突撃あるの――っがぁ……!!?」
「ひぃぃ……!? た、助け――ぁあ゛あ゛っ!?」
「…………フッ! いいぞ貴様ら。乗ってきた……! 皆まとめて斬り伏してくれる!」
絶え間なく投入される北鑑兵を黙々と処理する靖破の顔に、愉悦の色が浮かんでいた。
すでにリグレイ隊の残兵は底を尽き、ジョウセン隊も甚大な被害を出している。文字通りの万夫不当・一騎軍壊だ。
「次、第四隊を出せ。于雲家の兵も靖破の方に大半を持ってこさせろ。西側は白眉に任せればいい。北側を攻めるのも二千程度で充分だ」
自軍の兵が凄まじい勢いで斬殺され続けて尚、姜純は顔色一つ変えずに人海戦術を継続する。彼も靖破同様に、この状況を愉しんでいるように見えた。
「……姜純将軍っ!! それがしジョウセン将軍の副官を務める者です!! 味方の兵が次々と討たれ、もはや我等の力では敵いません!! 何卒、この北鑑軍にあって最たる武力を有する、姜純将軍のお力をお貸しくだされ!!」
この状況に堪らなくなったジョウセンの副官が、独自の判断で姜純に直訴した。
しかし当の姜純は何ら危機感を持つことなく、ジョウセンの副官を視野に収める事もしない。ただ無情とも言える考えを淡々と語るだけだ。
「俺が出るのはまだ先だ。大虎の牙が疲れの色を見せてから仕掛ける。もっと奴の所に兵を集中させろ。白眉軍が背後を取りやすくしてやれ」
「姜純将軍!! 兵卒では敵わぬと申しているではありませんか!? 最前衛で散る兵達の命を何と心得ますか!?」
「うるせぇぞ、バカ副官。敵う敵わねぇなんて俺がよく知ってる。それでも今俺が出て討たれれば、先に死んでった奴等は無駄死にのそれだぜ」
「……だから無謀とも言える突撃を繰り返し、靖破が疲れて姜純将軍が確実に勝てる状態になるまで……兵達をむざむざ死なせるのですか!?」
「わかってるじゃねぇか。なら言わせんな。兵は駒だ。勝利の為の道具に過ぎねぇ」
「……狂っている! 兵が道具だと!? 貴方はそれでも大軍を率いる大将か!?」
「お前こそ副官の端くれで、大将にもの申して死地へ送り込もうとするんじゃねぇ。俺が死んでこの戦が逆転負けしたら、お前、責任取れるのかよ」
「…………軍の在り方に逆らう愚かな進言である事は、百も承知。されど敵の大将とて最前線で戟を振り、全軍の士気を高めているではないか。同じ姿を姜純将軍が示してくだされば、今から討たれ行く兵達も納得して突撃しましょう! 一人一人が覚悟を決めて挑めば、勇気百倍にして勝てぬ敵はありません!」
「お前の理想を押し付けんな。俺のする戦は俺のものだ」
目も合わせない姜純を前に、ジョウセンの副官は立場も忘れて激昂した。この軍の大将でなければ切りかかっても不思議でない程に、心の内に殺意も抱く。
姜純の性格を知る彼の側近達も、これには苦い表情を浮かべた。
「……フッ、だが勘違いすんなよ。お前等みたいな代えの利かない将校は大事だ。先に討たれたリグレイの早とちりこそ、無駄死にみたいなもんだ。お前はさっさと部隊に戻って、ジョウセンともども生き残れるように自身の守りを固めておけ」
「兵士達に対する思いやりは無いのか!? これが仕方のない作戦だとしても、貴方の発言は余りにも人でなしが過ぎる!!」
「くだらねぇ情なんて捨てろ。戦が生き物で兵は道具だ。道具は大きな数を成して、敵を押し潰してこそだろ? その時になって始めて、戦ってのは活き活きするもんだ」
「……言っている意味がわからぬ! 貴方はただ、兵を無駄死にさせているだけだ!」
「なら単純な話をしてやる。
――命令に従え。部隊に戻り、勝利の為に指揮を執れ」
「…………これで勝てても、貴方は英雄にはなれますまい。兵の遺族から恨まれて、毒酒を盛られぬように気をつけなされませ」
ジョウセンの副官は憤慨の表情を浮かべたまま、姜純の本陣を後にする。
彼が部隊を抜けている間にも、ジョウセン配下の兵士達は靖破によって更に数を減らされていた。例え勝てても再編がままならないほどに。
「おい、第七銃兵隊を出せ。大虎の牙に向けて、遠巻きに撃ち掛けろ」
「……はっ? え、ですが姜純将軍。そんな事をすれば、味方部隊にも被害が……」
「南側から撃て。そうすりゃジョウセン隊にはそんな当たらねぇ。まともに当たるとしたら于雲家の兵だが、裏切り者の部下なんて気にするな」
姜純の味方撃ちは今に始まった戦法ではない。これまでも北鑑属国の兵を前に出して、後方から連続射撃を繰り出して意表を突かれた敵を撃破した事がある。
故に姜純の側近達も、その戦果というものが良くわかっていた。
彼等は非情かつ下衆な戦法だと思いつつも、大将の命令に応えて射撃を開始する。
「!? ――ハァッ……!」
遠くから向けられる殺意を靖破は逸早く察知した。蒼月の方天戟を一振りして正面の敵をサッと切り崩すや、返す刃の風圧を用いて、横殴りする鉛弾の雨を弾き落とす。
「ぎゃぃあっ!?」「ぐぁっ……!?」「ぐ……がはっ!?」
「うわぁー!? 俺達は味方だぞ!? なぜ撃って――がァッ……!?」
「おのれ……姜純軍! ……なんという戦法をォ……ぅぐっ!?」
しかし、靖破が無力化した銃弾以外は、彼を越えて北側に回ったばかりの于雲家兵団に真っ向から命中した。
それ以外にもジョウセン隊に少なからず当たっていたり、姜純本隊から出撃している直属兵も背後から被弾する有り様だった。
「姜純将軍め……! あの方の指揮はめちゃくちゃだ……!!」
「今だ! 行けェーー!! 敵の大将を討てェェッ!!」
「ふざけるな姜純兵! 俺達を何だと思ってやがる!?」
「……第二射撃!! っ撃てェェ!!」
「お、おい!? 後ろから撃つな!? 殺す気か!?」
「姜純様の命令だ!! 行かなきゃ後で殺されるぞ! いけ、行けぇぇーー!!」
「盾を! せめて盾をくれ――うわぁァァ!!?」
靖破目掛けて突撃する北鑑兵の最前線は混沌を極めた。もはや誰が敵で誰が味方なのか、何の為に突撃しているのか。この場に公平な正義があるのなら問い質したい。
「ぐふっ!? ……于雲夏上将……鮮様……。申し訳……あり……ま…………」
「………………」
無念のうちに絶命する于雲家兵団の将兵達。
彼等が最期に発する声を、靖破は攻撃を捌く傍らで拾っていた。無表情ではあるが、愍むような一瞥もしていた。
銃撃・剣撃・悲鳴・喚声の入り乱れる戦場の真っ只中にあって、彼等の声が無意識のうちによく聞こえてきた為、ふと気になったというべきか。




