一刻の合間の死闘
陽慶北側 祝覧・祝那隊 VS 楽羅・龍伯連合軍の戦場。
白眉軍の出陣に呼応し、楽羅軍十万は大挙して押し寄せた。
かの軍の戦い方は単純明快。全軍が一塊となって総突撃を敢行し、将兵の質の低さを凄まじい物量で補うのだ。
この小細工を労しない正面きっての人海戦術には、さすがの祝覧でも持て余した。
「祝覧将軍! 左翼部隊の背後に早くも敵が回り込んで来ました! 左翼の背を伝ってここに襲い掛かるのも時間の問題です!」
「この本陣から三百を増援に向かわせろ! それで時を稼ぐ!」
「急報ッ!! 祝覧将軍! 楽羅軍の一部が城壁を越えようとしています!!」
「ある程度の登城は想定内だ! 城壁に配備した義勇兵達が迎撃する! 彼等に任せろ!」
「祝覧将軍! 祝那様の部隊と龍伯軍がぶつかります!」
(……すまん、祝那。そちらにまで回す兵力が無い。暫く自力で耐えてくれ!)
楽羅軍に付き合わされる形で出陣した龍伯軍二万が、祝那隊の右側面に迫っていた。
「面倒くさいねぇ! 相手なんかしてられないよっ!! ……“氷古城”!!」
祝那が凍てつく細剣を龍伯軍に向けると、剣先から冷凍光線が射出された。
光線は祝那隊右側面と龍伯軍の中間に突き刺さり、その一点を基点として物体化した魔力が巨大な氷の長壁を瞬く間に形成する。
それは祝那隊右側面を覆えるほどの横幅を見せ、道具なしでは常人は乗り越える事が不可能な高さ、そして鋭利な刃でも貫けぬ硬さと厚さを誇った。
突入寸前に正面を封じられた龍伯軍の前衛部隊は、急停止を余儀なくされた事で、後続の兵達による追突を招いて陣形が大きく乱れた。
前衛部隊の隊長も迂回するより他に道はないと判断し、兵の動揺を鎮めつつ南側に抜けようとする。
「見事だ祝那。攻めに特化した兄と比べて、お前は守りの術も体得している優秀な将だ」
しかし、兵が迂回行動に転じようとした時、海を割るように軍中を移動する龍伯が、氷壁の前まで現れてふと呟いた。
「お前ならば更なる高みに登れる。故に私が直々に稽古してやろう」
そう言うや龍伯は、得物の矛に魔力を込めて一閃する。
「「「壁が破られた!!?」」」
何人をも阻んだ氷の長壁が、横一文字状の切り込みを入れられると同時に、激しく音を立てて爆散。敵も味方も一様に驚いた。
さすれば必然的に道が生まれ、さっきまで見えていた祝那隊の右側面が再び顔を出す。
「祝那、忘れた訳ではあるまい。お前達が今ここに居るのは、嶄篠殿が崩した道を私がこうやって切り進んできたからだ。今頃氷の壁ごときで、私を止められる筈がないだろう」
「やれやれ……あの人やる気だよ。容赦がないったらありゃしない」
「兄の許で女傑たる所以を示してみせろ。……行け! 突撃だ!!」
矛を突き出す龍伯の号令で、彼の直下兵が氷壁を越えて祝那隊に突撃する。
前面の楽羅軍だけなら凌げた祝那も、北部軍第二将が相手では一気に分が悪くなった。
経清・于雲蓋・于雲芳隊 VS 白眉軍の戦場。
靖破の出撃とほぼ同時に出陣した白眉軍は、靖破と張侍隊が守りに徹した頃には、立ち塞がる経清・于雲蓋・于雲芳隊と交戦していた。
兵力差は六千対五万。ここも北側の戦場同様に真っ向からぶつかり、白眉軍は楽羅兵とは比較にならない程の練度の高さで、経清達を着実に押し込んでいく。
しかし経清達も于雲鮮の戦略眼を信じて、一時を稼ごうと必死で当たった。
「藤原経清ここにあり!! 白眉の将兵に告ぐ! 我が身、女だとて侮るな!!」
渾身を込めた業物の一振りで、迫りくる無数の白眉兵を一瞬で朱に染めた経清。
そうして出来た紅の舞台に凛として立つ彼女は、声高らかに名乗りを上げるや、白眉軍先鋒二万の兵士とそれらを率いる武将の注目を集めた。
「大国北鑑より亡命して抜いた城は十を超え、その間誰も私を止める事は叶わなんだ!! 一刻の油断は上将の首級に繋がると心得よ!! 逆に私を討ったとしても刀の錆にはならぬ! 我こそはと思う者があれば、この首を取って武人の誉とするがいい!!」
初めて対戦する白眉軍にとって経清の勇姿と存在は、正に疾風勁草を知るであった。
特に白眉軍先鋒の片割れを担う王洪佗は、外見に似合わぬ剛毅さを持ち合わせる経清に良くも悪くも食い付いた。
「……ふん。小娘ながら戦場に立つだけあってよく豪語する。それも不言実矢の旗を掲げる白眉軍に対してとは、とんだ恐れ知らずである。
――勇言実施!! 藤原の小娘よ、その言に相応しい活躍を見せてみろ! そして高貴なる武心のままに散れ!! 精鋭兵、あの小娘を討ち取るのだ!!」
「「「ハハァァッ!!」」」
王洪佗直下の必殺部隊が経清の許へ殺到する。
今までに相手した士気の低い北鑑兵や、王洪佗隊末端の白眉兵とは一風変わって、明確な殺意のみを放っている強兵だ。
“心剣” の使い手である経清には、その違いが如実にわかった。
(恐れや躊躇いが一切感じられない。元々の練度が高い白眉軍にあって、精鋭と呼ばれるのは伊達ではないな。……だが!)
「我が心剣の前に敵はなし。強張った精神も赤子のように泣かせてみせよう」
抜刀の構えを見せた経清は絶妙な頃合いを見計らって精鋭部隊に突撃。敵中に切り込んで尚、明鏡止水の心で演目の如く無双した。
「経清殿ばかりに負担をかけさせる訳にはいかん! 皆も、これ一心に奮起せよ!! 耐えるは一刻、その先にあるのは我等の勝利ぞ!!」
「この一時における儂等の奮戦こそ値千金!! 死力を尽くせぇい!!」
「「「オオオォォォッ!!!」」」
于雲蓋・于雲芳の老兄弟も、長年の信頼を糧に鼓舞を成功させる。
その上で余念のない指揮は時間稼ぎに徹底しており、守るだけでなく機を見て攻めるなどの巧みな用兵術を以て敵を苦しめ、ただの精神論で終わらせなかった。
この予想外の奮戦に白眉軍は盛大に足止めされ、大将を務める第一王子レク・シュリクは作戦の変更を余儀なくされる。
「……情報官。右のテズキに伝言だ。歩兵三千を王洪佗に預け、お前は本隊七千を率いて大虎の牙を討ちに行け」
「……于雲蓋と于雲芳が易々と通してくれますかな? 盟友 于雲夏の弟達は皆、兄に引けをとらぬ武将達です。三千残すだけでは必ずや敵も動きましょう」
「心配するな老将軍(隠渓)。私の部隊から五千出して王洪佗に加勢する。
――王洪佗にも伝言だ。藤原経清に熱中し過ぎるな。あくまでも足止めに専念し、敵がテズキの邪魔をしないように抑えておけ。兵が不足するなら私の部隊から出してやる」
「ところで王子。我が隊はどうしましょう。一万五千もの強兵が暇と申しておりまする」
「老将軍、今戦一番の大勝負に戯れを抜かす暇はないぞ。私がどうしろと言うも言わぬも、老将軍は開戦してからずっと左の戦場を見ているではないか」
「気付いておりましたか。左様。獅子の方がまだ優しいと思える猛将が、虎忙軍を抜こうとしております。我が隊はアレに備えます故、兵は割けられませぬ。ご容赦下され」
「フッ、刃神 嶄篠は任せたぞ。私は前に集中する」
「えぇ、存分にお愉しみ下され」
レク・シュリクの兵五千が新たに投入されると、交代するようにテズキ隊の半分以上が離脱。残った三千のテズキ兵が右に広がって本隊通過の盾となり、開いた場所にシュリク兵が割って入る。
前線指揮官が王洪佗一人に対し、三将直下の兵が合流するという状況になったが、当の王洪佗は難なく指揮をこなす。第一王子の側近だけあって、彼もまた優秀な将軍だった。
「ぎょえぇーー!? 副官! 西から新手が接近中! 白眉軍が抜けてきた!!」
「ぎょえぇーー!? 張侍将軍! お気を付けを! 厄介な連中が近づいております!」
「ぎょえぇーー!? 靖破の大将!? もうそろそろヤバイぜ! 敵が増え過ぎてヤベェーー!?」
「軽口を叩く暇があるならまだ余裕だな。そのまま耐え続けろ」
北鑑軍の大包囲に曝される張侍隊にも、白眉軍の突撃は確認できた。
西側は唯一攻撃性の薄い于雲家兵団の一部が包囲していただけに、これが疲れを一切知らない白眉軍に代わるという状況は殊更苦しかった。
「靖破の大将様っ! ガチでヤバイ!! 俺達の方に来てるのは猛将のテズキだ!! 生きた牛を丸々一頭喰っちまうイカレ野郎だ!!」
「たぶん今相手してる奴等の中で一番強ぇ!! 大将様が相手してる奴等は一旦俺達が受け持つんで、こっち来てくだせぇーー!!」
「大将様ーー!! お助けーー!! おー助けミーー!?」
「張侍。お前の部下共が煩いぞ。責任をとって切腹しろ」
「えーー何だってーー!? 聞こえない聞こえなーーい!! それどころじゃなーーい!!」
全体の状況とは裏腹に、靖破は正面のジョウセン隊を凄まじい勢いで切り崩していた。もう少しすれば陣形は崩れ、敵将の首まで一直線に切り抜けた後、即座に戻ってこれる程に。
方や張侍はというと、南から来襲した姜純軍の部隊、とりわけ狂人と化した元上官の奚笵と一騎討ちをしていた。
「アヒィヤァァァーーー!! アヒィアヒィ!! ブブブブゥッ!!」
「うわぁぁっ!? 汚ねぇんだよ、唾飛ばすなクソ上司!」
頭や手足などのパーツを自在に着脱し、それを浮遊させ、殴打・剣撃・刺突・唾液を問わず、全方位から変態かつ卑怯な多段攻撃を繰り出す奚笵。その様は人間を辞めていた。
張侍は単純な手数はもとより、変則的な攻撃に苦戦する。彼自身は気付いていないが、奚笵の衝撃的な容貌からくる精神ダメージも確かに受けていた。故に彼は焦る。
「だぁーーちくしょう!? 鉄球じゃ守るだけで精一杯だ! 誰か剣貸してくれ!」
「張侍、得物は変えるな」
「あぁ!? なんでだよ大将! このままじゃジリ貧だぜ!? 慣れた武器の方がまだ戦える!」
「得物を変えたが最期だ。お前はその変態に得物を砕かれて死ぬぞ。俺とて魔女の刃でなければここまで切り進めんのだ」
『それにお前の役目はその変態を止める事だろが! 無理に勝たなくていい! 変態がこの場を掻き乱さないように抑えとけ!』
「……んなら今から来るテズキはどうするんだ!? 俺が行ってやらなきゃ、突撃されて一気に総崩れだぞ!?」
「もうじき敵将の首に刃が届く。それから俺が行ってやる」
「……了解っとくら! んじゃ、もうちょっとクソ上司の相手をしてやるか」
何だかんだ言って優しいじゃねぇかと、張侍は汗と唾に塗れた顔に微笑を浮かべる。
しかし、そんな様子を遠目に見る姜純も、不敵な面に笑みを浮かべていた。
「やらせるかよ。お前の好きな敵をどんどん送ってやる。好きなだけ殺ってみせろ……!」
彼は靖破の動きを封じ込めるべく、ジョウセン隊に自らの兵を加勢に向かわせた。
ジョウセン隊は息を吹き返し、靖破の猛攻に防戦一方となっていた戦い方を攻めに転じさせる。靖破は軽く舌打ちした。




