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衰える意思

「リ……リグレイ将軍、討ち死にーー!!? 敵大将の靖破は、ジョウセン将軍に狙いを変えた模様!!」


 北鑑軍全体に動揺が広がった。よもや五千の部隊が、殆ど一人の魔人の力によって、十分も保たずに崩壊するとは。

他人に対して無関心が多い姜純も、頼りにしていたリグレイの戦死に言葉を詰まらせる。


「…………イカれた虎野郎が好きに暴れやがる。そんなに目立ちたけりゃ、于雲家の兵どもも相手にするんだな」


 姜純の指示により、于雲鮮軍と正面きって相対していた于雲家の兵団が向きを変える。

そもそもこの状況を理解する兵団の将校達は、于雲鮮との交戦を命じられても本気で戦わず、わざと停滞させて靖破の快進撃を間接的に援護すると思われた。

それなら寧ろ、靖破に当てて彼を消耗させる為に使った方が無難と言えた。


「…………張侍、新手だ。お前達は足止めに回れ」


「“足止め” ……ね。今戦ってるジョウセンはどうするんだ、大将!」


「俺一人で充分だ。行け」


「了解っとくら! お前らーー聞こえるかぁー! 乱戦を解いて少し下がるぞ! 新手に備えて北向きに密集隊形をとれ! 徹底して守るからよ、落ちてる盾は多めに拾っていけよ!

――副官、指揮は任せるぜ! 俺は殿(シンガリ)をやる!!」


 張侍は大まかな指示だけ出して、部下が態勢を立て直す時間稼ぎの為に踏みとどまる。

その一方で彼の副官が無難な指揮を執り、早くも遅くもなく確実に間に合わせる。


(……生き残りたければ戦えと命じたのは俺だ。奴等の頑張りに応え、片方でも守ってやる必要がある)


 張侍隊の面倒を見てやらなければ、彼等は包囲殲滅させられるだろう。

靖破は蒼月の方天戟を一閃して前方を切り開くや、更に爆進すると見せ掛けて、サッと飛び退り敵と距離を置いた。


「えぇぇっ!? ちょっと待った! 俺残されたんだが!?」


「……殿(シンガリ)はやってやる。お前はさっさと下がれ」


「へーい。了解っとくら」


 張侍は靖破が単騎突撃するものだと思っていただけに、まさか自分達の為に血の気を抑えるとは思わず、最前線に十数秒取り残された。

張侍曰く「それならそうと先にいってくれ」だ。


『…………おい靖破。なんで突撃しねぇ』


(俺が前に出すぎれば、こいつ等は敵軍の大海原に取り残されて死ぬだろう)


『最初から置き去りにするつもりで、連れてきたんじゃねぇのかよ。お前も散々弄ってるだけに、死んでも困らないやつを選んだかと思ったんだけどな』


 張侍隊を置き石呼ばわりするシュラの冷淡な聲が、靖破の脳裏に響く。それに対して靖破の返答はなく、彼もわざわざ張侍を指名した理由に微かな疑問を感じていた。


「大虎の牙は守勢に徹したか……ならば包囲して討ち取るまで!」


 一方、次の敵将ジョウセンは、于雲家兵団に張侍隊の正面(北)と側面(西)を攻めさせ、自らの部隊は八千を靖破側(張侍隊東)に当たらせ、残る千を張侍隊背後(南)に向かわせた。


 そしてこの動きを見た姜純も、呼応して部隊を割く。


「災厄をもたらす契約者のくせに、随分と甘いもんだな。

――おい、俺の兵も三千を裏切り者の後ろに回させろ。奚笵も行け。裏切り者と、お前の兵団を壊滅させた奴、両方の首を取る好機(チャンス)だぜ」


「ゥビビビビッ!! おぁーー、おっぱいおっぱい!!」


「フッ……相変わらず悪趣味なおっぱいマンだぜ、お前はよ。好きな様にやってやれ」


 姜純本軍二万五千の内、三千が張侍隊の背後に向かう。その中には靖破によって直属軍を壊滅させられた挙げ句、凶人となってしまった奚笵もいた。


 包囲の輪は刻一刻と狭まり、靖破達は早くも敵の大海原で孤立する。


 その一方で姜純の作戦に同調せず、あくまでも独断行動をとる者もいた。

ジョウセンと代わって北鑑軍右軍となったムラサキだ。


「……リグレイは死んだか。様ないな。

――そろそろ我々も動くとする。崩れた城壁を越え、中から敵の本陣を落とすのだ」


「ムラサキ様。我が軍もあの包囲に加わった方がよろしいのでは? 姜純は仮にも全軍の大将。二日に亘っての命令無視は、何かあった際にまずいかと」


「直に白眉軍が前面の敵を突破し、側面ないし背後から襲いかかるだろう。その上で我々右軍まで加わっていては、皆が動くに動けぬ有り様となる。それよりも我が軍は城を攻め、本陣を落として敵全体を孤立させる事に専念すべきだ。本陣を預かる者は無名なれど価値があり、陽慶軍にとって影響力の大きい人物と聞く」


「確かルーベルズ家の令嬢リナムだったかと。兄の生存を知らず、家臣や領民に請われる形で新当主になった少女です」


「そのリナムを捕らえて陽慶軍敗走の流れを作れば、武功は敵大将の首にも匹敵しよう。命令無視を咎められようとも、平気で釣りがくる程だ。

――それにもとより、連中の戦い方に付き合うつもりはない。我々は戦術的に動いて武功を上げるまで。多大な犠牲を伴う敵の大将首は、奴等に殺らせればよい」


「承知しました。……ではムラサキ軍全軍! 出陣!! 前進して城を落とせーー!!」


 ムラサキの意図を理解した通称「小ムラサキ」副官が、熱量に欠ける上官に代わって号令を下す。ムラサキ軍一万六千は直ちに突撃した。


「ムラサキ〜。抜け目のない奴だ。……民を人質にとって皆の動きを封じる算段だろうが、この霊玄がそんな事は許さんぞ。

――鐘鬼はここで構えて待て。儂は奴等をイテコマシに行く!! 騎兵二百、続けェい!!」


 迎え撃つは霊玄。なけなしの騎兵を引き連れて勇猛果敢に突撃した。


「ムラサキ様! 霊玄が来ます! 囲んで殺りますか!?」


「……ほぼ単騎駆けだな。かと言って無視すれば何をされるかわからん。……よい、私の本隊で奴を討ち取る。副官は残りを率いて城を攻めよ」


「御意! ムラサキ様の本隊以外は俺に続けーー!! 城を攻めるぞ!!」


 ムラサキは軍を二手に分けた。霊玄には自らが当たり、副官には後方の鐘鬼を突破しての城攻めを任せる。

兵力差は霊玄二百 対 ムラサキ七千。鐘鬼四千三百 対 小ムラサキ八千だった。


「くっ……!? 敵の数が多ぃ……霊玄さ――ぐあっ!?」


「それっ! 殺せ! 囲って後ろの兵から仕留めていけ!」


「こっちにも騎馬隊はいるぞ! 迂回して霊玄を背後から切り掛かれ!」


 ムラサキ本隊七千は、霊玄隊をあっという間に包囲した。歩兵も騎兵も四方から寄ってたかる様は、大津波に呑み込まれる寸前の小島のようである。

それを見たムラサキは、得も言えぬ表情を浮かべた。


「……姜純と同じ戦法というのが気に食わぬが、結局のところ物量で押し込むのが一番確実な殺り方であるか」


 霊玄隊は如何せん兵数が少なすぎるのだ。一騎当千を超える猛将の霊玄でも、彼だけの武力では補填しきれない。


 後方でまだ交戦状態に入っていなかった鐘鬼は、その様子を確認するや、手が塞がる前に援軍を向かわせようとする。


「霊玄殿が危ない! 霊清殿、一千を連れて父君の援護に向かわれよ! ここは俺が守る!」


「…………いや、父に援軍は不要! 寧ろ歩兵で行けば足手まといになります!」


「それはどういう――なっ!? 霊玄殿が向きを変えた!?」


 霊清が援軍無用と言った途端、霊玄はムラサキ本隊からの離脱を始めた。

突入してまだ数分も経っていない。大きな戦果をあげていない内に進路を変え、敵の横陣を斜めに駆け抜けていく。

後続の騎兵達も必要以上に敵と刃を交えず、速さ重視で素通りした。


「父は口ではイテコマスなどと言いましたが、それ自体がムラサキの注意を引く為の虚言。最初からまともに戦う気はなかった筈です」


「すべては敵の戦力を大きく分散させる為……か」


「あのままムラサキ本隊の周りを飛び回るつもりです。ムラサキも父の武力を知っているからには、本陣の守りを薄くしてでも城攻めに戦力は回さないでしょう。

――我々はこのまま、正面の小ムラサキを叩きます!」


「承知した! ここが正念場、いざ参る!!」


 上将の独断で始まった機動作戦を理解できた鐘鬼は、前面の敵に集中した。

元義賊で戦術や兵法に疎い彼は、多方面の攻撃を受けると脆くなる。霊玄はその事を知っていたからこそ、迎撃戦力の要になりうる自分が出撃する事で、ムラサキの注意を引いたのだ。


 そしてその様子を、更に広い視野を持つ李迅が端から見透かしていた。


(ムラサキ殿はいいように手勢を封じられたな。霊玄公の武力を思えば、それも仕方のない事だとは思うが。……かと言って、公もあの戦い方は長続きしない。交代する騎兵がいないのだ。馬が潰れ次第、歩兵と合流するしかないだろう。一本取られたムラサキ殿もその事に気付いたようだ。総攻撃はその時と見て、必要以上に兵を動かさなくなった)


「…………李迅将軍。情報部の報告によりますと、北側の楽羅軍と北部軍も動き出したようです。そろそろ我が軍も動いてはどうですか?」


 黙考する李迅に部下が進言するものの、李迅は尚も沈黙を続ける。


(確かに攻め刻だろう。一騎軍壊と評される靖破が城を出た時点で、敵に予備戦力は無くなった。今攻めれば目の前の敵を打ち破るだけで、城は簡単に落ちる。……だが)


 李迅の表情に険しさが増し、陽慶城東側に布陣する友軍を一瞥する。


(……まだだ。まだかの軍が動いていない。この戦場において一番油断ならない存在が静観を貫く限り、我々は用心深く状況を見極めるべきだ)


「…………我が軍は今暫く様子を窺う。一瞬の指示を聞き逃さぬように、意識して待て」


 李迅軍はバルチャー勢に備えて待機した。

開戦前から陽慶の東側で活動していたかの軍に、背中を預ける事はできなかったのだ。


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