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苦痛の消耗戦

 開戦二日目。序盤の戦闘は初日に比べて地味なものだった。


 まず陽慶北側に関しては、戦闘そのものが発生しなかった。

理由は単純。祝家の兵団が抜けた北部軍は完全な静観を決め込み、主将二人が暗殺された楽羅軍は軍の再編に忙殺されて戦どころではない。

何なら楽羅軍に関しては、祝覧に攻め込まれれば容易に被害が拡大するであろう所を、龍伯の睨みによって防がれている状態だ。


 その一方で西側の戦場では、嶄篠の独壇場が出来上がっていた。


「ナマハハハハッ!! 白眉め、露骨に漁夫の利を狙っておるわ! 実に厭らしい奴等だ!」


 嶄篠の巨剣が虎忙軍兵士を吹き飛ばし、肉塊の雨の先に見える白眉軍を見て笑う。


 白眉軍は陽堅北部軍と虎忙軍にだけ戦闘を強要し、自軍は後方で待機。突撃の機会を虎視眈々と狙うだけで、戦闘には一切参加していなかった。


「戦う虎忙軍も大将の敵前逃亡が原因で、士気と貴重な戦力の著しい低下を招いておる。陽堅北部軍も魏逸の損失から虎忙軍と同じ状態か。

――ナマハハハ! 傅磑と趙隕の胃に穴が開いておらんか心配だ!! 儂でよければ診てやるぞぉー! 尤もその時は真っ二つに叩き切ってからだがなァ!!」


 世界的大剣豪の嶄篠は医学にも明るいようだ。

精神負荷(ストレス)によって胃に穴が開いた時は、是非彼に診てもらおう。その時に絶命するか診てもらった時には絶命していたかの違いは詮無き事。時に死は救いにもなるのである。


「なるほど、あれが嶄篠か。刃神だとか言われるのも頷ける強さだ。……老将軍(オンケイ)。我が白眉にあれほどの益荒男はいるか?」


「我が國随一の猛者ヒロモトでさえ、嶄篠には敵わぬでしょう。それほど奴の武力は桁が違いまする。刃神……確かに神がかり的な強さかもしれませんな」


「契約者でもない人の身で、よくそこまで到達したものだ。

――触らぬ神に祟りなし。我が軍の進撃は今暫く様子見するぞ」


 荒ぶる嶄篠を見て、彼が元気なうちに戦いを挑もうと考える者は白眉にいない。

戦わざるを得ない陽堅北部軍と、醜態の責任を感じる虎忙軍が屍の山を築くのみ。

白眉軍大将にして第一王子たるレク・シュリクは、指示を出しながらほくそ笑んだ。


 そして東側の戦場では、参戦した楊輝隊一万を伴うバルチャーが、総勢三万の兵力を率いてキクズナ隊四千を視野に入れていた。

戦力差は歴然。兵数はもとより武将個人の武力にしても、キクズナでは魔人のバルチャーと楊輝には何度挑んでも敵わないだろう。


 故に祝覧は、余力のある北側から強力な援軍を向かわせていた。


「アァ!? ガン飛ばしてんじゃねぇぞオラァ! 殺んのかゴラァ!!」


「締めんぞゴラァ! 鉢巻でキュッと絞めるぞオラァ!」


「ビビってんのか、あぁ!? 掛かってこいやオラ! 首撥ねて豚の餌にしてやらァ!」


「北部の狼なめんじゃねぇぞ肥溜めが! ブッ殺してやんぞ!!」


「クール決め込んでんじゃねえぞボケェ!! 鼻から鉄串押し込むぞオラァ!!」


 昨日寝返ったばかりの祝鉱隊五千である。バルチャー軍にガン飛ばす彼等のヤンチャ具合ときたら、それはもう酷い。終始罵詈雑言の嵐であった。


「ハッ! ハッ! ハァ! 流石はバルチャー将軍だ! 安い挑発には乗らねェか!

――お前ら! 殺るぞ!! 北部の漢と南部の漢のどちらが強ぇか、この場で決めてやらァ!!」


「「「うおおおォォォーーー!! 殺ってやらァァァーーー!!」」」


 その先頭には “蒼雷の血潮” の異名を持つ猛将 祝鉱。兄の祝覧には話術で敗れたが、単純な武力勝負では祝家随一を誇る。

そして彼が率いる直下兵団もまた、脳筋なれど強力頑強。祝家最強の名を冠し、数倍の敵が相手でもびくともしない。実に純粋で可愛げのある漢達だ。


「オラァ!! 盾なんて持ってんじゃねぇよ! ブッ飛べやこの野郎!!」


「邪魔じゃオラァ!! ガチでブチ殺すぞ!!」


「ケツの穴から槍ブッ刺してやる!! 下脱いで四つん這いになれやゴラァ!!」


「ちょ、待った!? あぶ、危ない!? 危な――待てっつってんだろお前らぁぁーー!!」


「おい北部軍!! ふざけんなよ!! 俺たちゃ本格的に戦うなって指示を受けて――って言わすなぁぁーー!?」


「知るかボケがァ‼ 味方とか作戦とかごちゃごちゃ言ってねぇで死にさらせや‼」


「オラァ、ケツ出せやおめぇら‼ 槍押し込んで喘がせたるわ‼」


 挑発という名の罵詈雑言にバルチャーと楊輝が反応しないとわかるや、祝鉱はヤンキー座りで待機する部下達に突撃号令を出した。

リーゼントがブルンブルン!! 熱いぜ!! 雷神 祝鉱が魅せる戦はこうじゃねぇとな!!

……と、状況を追う暇もなく突撃を開始した祝鉱隊は、取り敢えず一番近くに居た楊輝隊とあっという間に接触。鉄釘バットみたいに改造した得物をブン回し、國内最大規模を誇る暴走族が宝石店に押し入るように暴れ回った。


 そう、彼等には本来味方同士の間柄とか関係なかったのだ。重要な事はどちらが本物の漢であるかどうか。それだけである。故に寝返った事も全く気にしていない。


「…………品が無さすぎる。あれと戦うのはさすがに嫌だね。

――楊輝にも、適当にあしらって下がるように伝えたまえ。正直に付き合って馬鹿を見るのは御免だよ。ましてや怪我なんてされたら堪らないからね」


 本来の味方同士の戦い云々よりも、バルチャーは独自の美学から逸脱せざるを得ない戦いに付き合わされる事を嫌がり、目に見えた戦意喪失ぶりを示す。

彼からすれば、作戦にない突撃を敢行した祝鉱隊に対して動揺するキクズナの方が、まだマシな姿に写って見えた。


 最後に南側の戦場である。ここが一番戦いらしい戦いをしていた。

陽慶側は于雲鮮軍。北鑑側も前日と同じ于雲恭兵団の残党。本来味方同士の戦いながら、真面目な性格が災いして律儀に刃を交えていた。


(…………長年の苦労が痛む。我等于雲一党が財を投げ売って鍛えに鍛えた精鋭達が、不毛な戦闘でみるみる内に命の灯を消していくのだ。今まで苦楽をともにした記憶も、儚く消えていくようで堪えるわ)


「……蓋叔父さん、大丈夫ですか?」


「……問題ない。それよりも鮮こそ、本陣を離れて大丈夫か?」


「左翼の玄叔父さんと鐘鬼殿の攻勢のお陰で、中央は余力を持ったまま戦えます。俺が少し離れても問題ありません。それより右翼に戦力を集中して、両翼の攻勢を以て戦況を有利に傾けるべきかと。……張侍殿を一度下げて休息させてください。俺が代わりに切り込みます!」


「……うむ。強うなったな、鮮。叔父として誇らしく思うぞ」


「……全ては勝利し、皆の無念を晴らす為。この後に控える対姜純との戦いに備えて、被害を最小限に抑えた状態で勝ち進む必要があります。その為の犠牲になろうと、兄さんの兵団もわざと無謀な戦法を取っています。

――彼等の覚悟に応える事が、彼等への手向けです! 俺は、やりますよ!」


 于雲鮮もまた、同胞を切る覚悟を決めていた。

彼は積極的な攻勢を執り、不毛な消耗戦とわかりながら戦況を有利に進めていく。

傷付く良心に足を止めるのは、戦が終わってからだった。


 戦闘は夕暮れ時まで続き、再び北鑑連合軍が引き上げる形で終了した。

最後まで戦っていたのは、南側の于雲鮮軍 対 于雲恭兵団だ。


「…………ようやく一息つけるな。今の内に被害状況の確認と、負傷者の手当てを急ぐんだ。夜までに軍の再編を済ませて、皆をできる限り休ませなければ……」


 于雲鮮軍は殆どの将兵が休息を取る間もなく戦い続けた為、疲労・損害著しく、大半の兵士が何処かしら負傷している状態。予備兵も底を尽きてしまっていた。


 ここから軍を立て直し、翌日の戦いに備えるのは至難の技だ。何せ自力での復活が絶望的に思えるほどの損耗ぶりなのだから。


「于雲鮮殿。攻守両立した見事な指揮、お見事。夜は俺が警戒する故、早く休むといい」


「鐘鬼殿……張侍殿。最前線で戦い続けたお二人こそ、疲れたでしょう。無理はいけません。夜警は本陣部隊が担いますから」


「いやさー、俺と鐘鬼は半ば部外者なだけあってよ、于雲鮮殿よりはマシだぜ。…………同胞との戦い、体だけじゃなくて心も参るだろ。ホント、お疲れ様」


「……張侍殿。気遣いに感謝します」


「戦はまだ始まったばかり。この軍の要たる于雲鮮殿は可能な限り休息を――!?」


「鐘鬼? どうした…………ちっ、マジかよ。奴等、まだ戦る気か!」


 鋭い感覚を働かせた鐘鬼の視線を追えば、北鑑軍に動きがあった。


「全員、配置につき直せ! もう一波来るぞっ!!」


 既に日は落ちていたが、姜純は再度攻撃を仕掛けてきた。

休息を取り始めたばかりの于雲鮮軍にとって、最悪なタイミングだ。


 これを北鑑軍本陣から眺める姜純は、一人ほくそ笑む。傍らには目の焦点が合わないまま、涎を垂らす奚笵も居た。


「能天気ども。誰が終わったと言った? 今からぶつかる奴等は、更に堪えるぞ」


 よりにもよって姜純が差し向けたのは、于雲夏・于雲鮮の直下兵団である。さっきまで戦っていた兄 于雲恭の兵団以上に関わりが深く、顔見知りしかいない集団だった。


「ゥブブブブ! ゔぁぁぁーー! おっぱいおっぱいぃ!」


「だな、おっぱいだな。……まったく、これだから戦争は愉しいんだよ。先が無ぇ奴等を惑わし、潰す。俺の戦り方だ」


 可愛いペットの首が自らもげて、耳をプロペラにして主人の周囲を低空飛行する。

姜純はその光景を肴にして、于雲一党の同士討ちを心から愉しんだ。


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