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老将二人、夜を楽しむ

 初日の夜に起きた大事件は、楽羅軍の主将二人が暗殺されただけで終わらなかった。


 北鑑軍左翼ムラサキ軍の野営地に、夜の暗闇を利用して近付く者達がいた。

于雲蓋と于雲芳。そして二人に率いられた四百名の兵士達だ。


「さて、蓋兄上。戦果を上げるのは魔人だけの特権でないという事を、儂らの熟達した技(ワザー)を以て示してやろう」


「うむ。老将が持つ年季の入った兵法(ヘイ・ホー)、とくと魅せつけてやるぞ」


 老兄弟は灯火を欠いた状態でも難なく進軍する。用心深いムラサキが敷いた罠の解除もお手の物で、彼等は敵に察知される寸前まで進んだ。


 そして暫く待つと、ムラサキ軍の陣地内から爆発音が鳴り響く。どうやら何者かが、火薬庫に火を付けたようだ。

それと同時に「反乱だ」「謀反だ」などという怒声があちこちで飛び交い、ムラサキ軍はあっという間に混乱状態に陥った。


「蓋兄上、ドンピシャだ。全力(ベスト)を尽くそうぞ!」


「うむ、やるぞ皆の者。于雲一党の風情なる戦、余さず魅せつけてやれ!」


「「「オオォッ!」」」


 厳かな鬨の声をあげた于雲蓋・于雲芳隊が立ち上がる。彼等はムラサキ軍の陣地に攻め込むかと思いきや、突如として西へ向かって疾走した。


 するとそれに釣れられたように、ムラサキ軍の陣地から「見ろ! 怪しい奴等が逃げていくぞ!」「爆発を起こしたのはあいつ等だ!」「リグレイ軍の方へ逃げるぞ! 追え! 追え!!」という、状況を思えばやたら冷静沈着な怒声が各所であがる。


 更に言えば、声があがるだけではない。実際に声をあげた将校や兵士達が率先して出撃し、于雲蓋・于雲芳隊を追いかけだした。

未だ動転している他の兵達も、それを見て上から追撃命令が出ているものだと勘違いし、手に武器を取って追い討ちを開始する。


 この間、僅か数分の出来事だ。爆発音に叩き起こされたムラサキが冷静な思考を基に鎮静を働きかけるよりも速く、流言は状況に追い立たされる兵士達を加速させた。


「裏切り者は絶対に許すなっ!」


「夜中に驚かせやがって! ぶった切ってやる!」


 混乱から怒りに変わった兵達が中心となって追撃するようになると、すべての声は自然とその一色に染まった。先程まで俄に指示を兼ねたような声は、もうない。


「さて……そろそろだな。蓋兄上、儂等の叫ぶ番が来たぞ」


 声音の変化を把握し、走った距離からだいたいの位置関係も頭に入れていた于雲芳は、正に頃合いだと微笑を浮かべる。


「皆の者、叫べっ!」


「「「ムラサキ将軍は大虎に御味方致す!! ムラサキ軍、突撃だぁーー!!」」」


 老兄弟に率いられた四百名の兵士達が、“ムラサキ軍の反乱” という虚報を大声で叫びだした。リグレイ軍の陣地付近で。


「リグレイ将軍! ムラサキ軍と思しき集団が我が陣に迫っております!?」


「おのれムラサキ……! 靖破の武力に恐れをなして寝返ったな!! 先の戦いを静観したのもその為か! 許さんッ!!

――出撃するぞ! 裏切り者は一人残らず斬り伏せる!!」


 昼の出来事もあって、ムラサキに不審感を抱いていたリグレイは見事に騙された。

逆上した彼は既に戦闘態勢が整っている部隊を率いて出撃。松明の篝火をもとに、于雲蓋・于雲芳隊を越して彼らを追いかけるムラサキ軍に向かって突撃した。


「え、え!? 今の号令は何だ!? ムラサキ将軍は本当に大虎に寝返ったのか!?」


「バカ! 俺達は寝返った連中を追ってたんだ! それがどうして造反になる!」


「おい!? いきなり止まるな! 進め! 裏切り者が逃げるだろ!」


「そんな事より今の声明は何だ!? 敵の計略か!?」


「当たり前だ! ムラサキ将軍が大虎に寝返る訳がないだろ! いいから進めって!」


「待てお前ら! 今の声……リグレイ将軍の陣地に向かって言ってなかったか!?」


「なっ……!? リグレイ将軍の陣から、おびただしい数の騎兵が出てくるぞ!?」


 火山噴火の如く収まりの効かなくなったリグレイとは真逆に、于雲蓋達を追って陣の外に出たムラサキ軍の兵士達は、再び混乱をきたして足を止めた。


 その間にも、篝火一つ灯さずに暗闇を駆け抜ける于雲蓋・于雲芳隊は、北に転進して戦場を離脱する。

あげた声も先の造反宣言しかなかった為、後ろに続くムラサキ軍のどよめきによって簡単に消息を断つ事ができた。


「ムラサキの手先どもめ! 恥知らずな裏切り者には鉄槌を下す!!」


「リ、リグレイ将軍!? 違います! 我等は裏切ってなど――」


「黙れッ!!」


 混乱状態にあるムラサキ軍へ、リグレイ軍は容赦なく襲いかかった。

魔人のリグレイが最前列を切り進み、戦列・陣形など微塵もないムラサキ軍を蹂躙する。


 更にはリグレイ軍の陣地から後続の兵が随時投入され、ムラサキ軍は訳もわからぬまま包囲殲滅下に置かれた。


「ふふふふ。目には目を、同士討ちには同士討ちを……だ。北鑑軍の死闘(ベスト)を祈る」


「離脱者はいるか? …………いないな、結構。よし、味方と合流するぞ。急げ」


 北鑑軍の醜態を尻目に、老兄弟は人知れず行方をくらます。

そして戦場から少し離れた場所で、彼等は本当の離反者達と合流した。


「于雲蓋様、于雲芳様。お待たせしました。我等も供に戦います!」


「うむ。よくぞ内応してくれた。見よ、皆のお陰で敵軍は混乱の真っ只中にある。

――この機を逃してはならん。一気呵成に切り込んで、于雲一党の恐ろしさを心髄に刻みつけてやるのだ!」


「「「オオォッ!!」」」


 老兄弟を待っていたのは、姜純軍の第二陣に組み込まれていた于雲夏兵団の将兵、約四千名だった。(尚、第一陣は昼に戦った于雲恭兵団)

彼らの一部がムラサキ軍の陣営に侵入し、内から火をつけて反乱が起きたと錯覚させ、老兄弟の小隊を追わせる形でムラサキ軍を外に駆り立てた。それと同時に本隊も姜純軍の陣営を離れて合流地点で待機。ムラサキ軍の陣地で火をつけた兵ともども、老兄弟と合流したのだ。


「それはそうとお前達、よくやったのう。ムラサキは疑わなかったか?」


「はい。御二人の指示通り、「姜純から攻撃の駒となるよう命令を受けた」と偽ったところ、ムラサキはさして疑わずに我らを陣の末端に加えました」


「ムラサキが動かなかった事を見て閃いたが、やはり奴は愚かだ。なぁ蓋兄上」


「うむ。ムラサキは疑い深いが、それ以上に自軍の損失を嫌う男だ。捨て駒と聞けば喜んで迎え入れるが、それはそれで姜純を嫌っているから確認を兼ねた礼など言わぬだろうと思っていた。それはそうとお前達、本当によく来てくれた!」


 当初より離反を考えていた将兵達は、まさかこれほど早くその時が訪れるとは思ってもみなかった。

それでも寝返りを決めるや早すぎる機会に乗り遅れることなく、的確に順応するあたり、流石は于雲夏の残した兵団であった。


 彼等はこぞって于雲一党に味方し、即席の靖破軍となって未だ混戦中のリグレイ・ムラサキ軍に突入する。

ムラサキ軍の混乱は極限に達し、リグレイ軍も正体不明の敵に側面を突かれて面食らった。


「それっ! リグレイ軍を逆包囲だ! 中のムラサキ軍と挟撃する!」


「ムラサキ軍よ、安心しろ! 我等は味方! 南よりムラサキ様の本隊も援軍に来ているぞ!」


 于雲蓋と于雲芳は突入してからも虚報を飛ばす。

包囲殲滅下に曝されているムラサキ軍は、もう状況に身を任せるしかなかった。場を掻き乱す存在として利用され尽くした彼等は、徒に骸を晒す。


 リグレイ軍も新手の来襲と、ムラサキ本軍の接近という虚報に惑わされて動転。一部では誤解が解けつつあった同士討ちも再発し、激化した乱戦に被害を増していく。


「むっ!? リグレイ将軍! 来ました! ムラサキ本軍です!!」


「ムラサキめ、よくも裏切ってくれたな。第一陣を囮にして強襲を掛ける作戦だろうが、我が軍を甘く見るな! 既に第一陣は壊滅状態だ。このまま貴様の首も叩き落してくれる!!

――半分はこのまま前と側面の敵に当たれ! 残りは俺に続け! ムラサキ本軍を蹴散らして一気に決めるぞ!!」


 ここで間の悪いことに、状況確認と鎮静を任されたムラサキの副官が、一隊を率いて南側から現れてしまった。図らずも于雲蓋の虚報が事実になった訳だ。


 完全に冷静さを欠いたリグレイは言葉巧みに操られ、ムラサキの副官の部隊に突入。

ムラサキの副官も状況を把握していない為に、突如襲い掛かってきたリグレイ軍と交戦するしかなかった。副官から見れば、リグレイが造反したように映っただろう。


「ここまで上手くいくとは思わなかったぞ。そろそろいいのではないか、蓋兄上」


「うむ、充分だ。各隊長に伝えよ。戦線を離脱するぞ」


 北鑑軍同士で闘わせ、簡単には収拾がつかない大混戦に発展させた老兄弟。

二人は充分すぎる被害を与えて満足し、今度こそ戦場を後にする。静かに、そして無駄なく撤収する様は、自らの直属部隊を指揮するかのようであった。


 この夜襲で北鑑軍は一万を超える死傷者を出した。

リグレイとムラサキは完全に仲違いし、同士討ちの誤解が解けて尚、互いに敵視の眼差しを向け合うようになる。

それは兵士達も同じで、すぐ隣に味方とも敵とも言えない存在が布陣している事に絶大な不安を覚え、特にムラサキ軍の士気低下は顕著であった。






《万事を担える好々爺 于雲芳》

 于雲夏四兄弟の三男。于雲夏軍の参謀を務めた老練な武将。60歳。

優れた戦略眼を発揮して自軍の勝利に貢献する事で知られるが、その一方で前線指揮官としての用兵技術にも長けており、時には後方での兵站運営を担うなど、地味ながら欠かせぬ働きを堅実にこなせる才人。

更には人物評を得意としており、行く先々で見所のある人材を発掘(ハンティング)するのが趣味。于雲一党に属する優秀な将校の半分は彼が抜擢した。


妻と三人の息子(于雲休、于雲膳、于雲覇)と一人の娘(于雲蘭)、四人の孫を持つ。

厳格な于雲蓋とは反対に、情に脆く楽観的な性格をしている。

口癖は「ベストを尽くせ」。失敗したとしても、その時に最善を尽くしていたのであれば、とやかく言わない人物だ。


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