最たる頭を欠く連合軍
于雲鮮大隊と于雲恭兵団が不毛な消耗戦に死力を尽くす中、北鑑軍右翼に当たる李迅は顔をしかめていた。
それは姜純が執る指揮諸々に関する不満と、今しがた遅れて到着した味方についてだ。
「身内同士で戦わせるとは……。兵法の美学に劣る醜い戦法だが、効果的ではあるか。
――そして本来、我々もこれに便乗して攻めるのが上策なのだが……」
李迅が東北東の方角を一瞥すれば、その視線先にはしれっと参戦した楊輝隊が居た。
楊輝はバルチャーが勢力を増した頃に、彼の傘下へ入った若き武将だ。
今やバルチャーの実質的な副将であり、父が遺した兵団の残党を指揮している。
そして楊輝は、北鑑軍の先陣として侵入したムラサキの方策で、靖破軍の退路を遮断すべく丘霜城の道を断っている筈だった。
(それが何の報告も寄越さずに、この戦場へ現れた。立場から我々に矛を向けるつもりはない筈だが……布陣した場所が気になる)
楊輝隊が腰を据えた場所は、陽慶の東に布陣したバルチャー本軍と距離を置いており、バルチャーと北鑑軍の中間に位置していた。
それが李迅の意識を必要以上に囚えさせ、彼の戦略的思考に待ったをかける。
(人知れず現れ、我々が出撃すればその背を討てる位置に布陣した…………今すぐ何をするでもないが、明らかに何かを狙っている。……まさか……な)
「李迅将軍。本陣の姜純様より、突撃せよとの指示が来ております」
「……今少し様子を見る……と返せ。今はまだ、本来の味方同士を闘わせて気勢を削ぐが上策。崩壊の兆しを見せてから、一斉に襲い掛かればいい」
私兵の損失を惜しむ左翼のムラサキ同様に、右翼を担う李迅も静観を決めた。
こうなればいかに北鑑軍が大兵力を有しようと、意味の無い事であった。
無論、ムラサキと李迅はそれを理解していたものの、二人が姜純よりも戦術家肌である事に加え、フルバスディ麾下の一将軍に過ぎない姜純の指揮には従えないというプライドが大いに邪魔していた。
結果として、北鑑連合軍は勢力で大きく上回りながらも、靖破軍に対して決定打と言えるような損害を与える事ができなかった。
戦場全体を見ても真剣に戦っていたのは于雲鮮大隊と于雲恭兵団のみであり、嶄篠隊と陽堅北部軍は最初こそ派手に激突したものの、両軍の将が互いに消極的な動きを見せた事で戦果はイマイチに留まったのだ。
「……フンッ、初日はまぁこんなもんでいいだろ。
――全軍、下がるぞ。野営だ!」
日が暮れると同時に、姜純の方から戦闘を止めるよう指示が出た。
北鑑連合軍はそれぞれが陽慶城から遠く離れて宿営し、あくまでも包囲の形を継続。堅固な城壁を持たない靖破軍にとって、夜も安心して寝られない状況を作る事が、大きな攻撃になると各軍の将軍達は理解していた。
しかし、それでも各軍は足並みを揃える気がまるでなかった。
夜になり北鑑軍本陣で軍議が開かれると、更にもう一荒れするのだ。
「北鑑の将ムラサキだ。……大虎の将軍に問う。そなた等の王は猫か兎か? 王自らが開戦前に敵前逃亡など、前代未聞の愚行だぞ。まこと国名にそぐわぬ畜生の所業」
「……大虎の将 傅磑と申す。ムラサキ殿、我が王に対する誹謗中傷はよしていただきたい。王が撤退されたのは、石岳にて反乱が起きたとの報せが入ったからだ。王は御自ら、討伐に赴かれた」
「……聞いていてさすがに苦しいぞ、傅磑殿。昼間は急病がどうのこうの言っていたではないか。それに人も物資もまるでない石岳で、いったい誰が反乱を起こしたのかね?」
「バルチャー殿。貴殿には昼間説明した筈だぞ。急病と流布したのは、石岳の危機を隠す為に我が情報部が独断でついた嘘。本当の理由は靖破寄りの者達が城内を扇動し、決起したのだと。人数こそ少ないが、その力は侮りがたい」
「答えになっていないかな。それでは理解できんよ。どう侮りがたいのかね? 仮に反乱が起きたとして、せいぜい疲弊した民衆が幾つかの束になっただけだと思うが?」
「……何も心配する事はない。反乱を鎮圧した後、王は再び兵を回してくださる。今一時だけ、領土安泰の為に引いただけだ」
「………………」
傅磑の説明に納得の色を示す者はいなかった。
ムラサキは明らかな嘘を前に閉口し、バルチャーも虎忙の意気地無さに失望した。
代わって発言するのは、この場において最年少の李迅である。
「…………事情の真偽はさておき、開戦前に背を向けた醜態は事実。これによって全軍の士気は大いに乱れ、諸将の統率に欠ける事態を生んだ。大虎の主将軍は、この穴埋めをどういう形で補っていただけるのか?」
「それについては、このバルチャーが応えようではないか。
――既に北鑑軍は見て知っているだろうが、陽慶軍の退路遮断に動いていた楊輝の一軍を此方に呼んだ。これを新たな戦力に加えて、大虎軍の汚名を晴らそうと思う」
「退路遮断を担っていた軍は、そのままにすべきと思いますが?」
「あぁ、そう言えば報告が遅れていたね。陽慶軍の退路となる丘霜(陽慶東隣)は既に楊輝が制圧した。……と言っても降伏を促し、城方がそれに応じただけだがね」
バルチャー指揮の下、楊輝の別働軍が靖破達の予想を上回る速さで丘霜の道を断った為に、靖破軍の主力となる武将達は殆どが陽慶で戦わざるを得なくなった。
それ故に本来の戦場となる筈の丘霜では、駐留していた一万の守備兵のみしか居ない状態となり、彼等は指揮官不在の時に来襲した楊輝に降伏したという。
「……仕事が早くて助かります。丘霜が既に陥落したのであれば、そちらに戦力を廻して要害のケトに圧力をかけましょう。そうすれば陽慶軍が唯一期待しているケトの援軍を封じる事ができる上に、本当の意味で陽慶を四方から囲む事ができます。そしてその状況を陽慶側に流布させれば、将はともかく兵士達の戦意は大きく削がれる筈。
――姜純殿。私を丘霜に向かわせてください。あちらから戦局を動かしてみせます」
「……若造が指図すんなよ。方針は変えねぇ。全戦力で陽慶を攻めるだけだ」
「徒に攻めては被害を増すだけです。時には靖破の威圧外に敵を誘い出し、各個撃破するような局所戦も必要かと思います。ケトに今以上の重圧をかけるのも、靖破が大事にしているルーベルズ家を脅かす事で奴に揺らぎを生じさせる意味を持ちます。大隊を一つ差し向けたという事実だけでも充分な成果を出すでしょう。検討していただきたい」
「……戦力の分散は敵を喜ばせるだけだ。寧ろこちらが各個撃破されるかもしれねぇ。何を言おうが方針はこのままだ」
戦闘中に命令無視した李迅の提案を、姜純が聞き入れる筈はなかった。
元々名門出の李迅の存在が気に入らない面もあっただろう。姜純はその後も献策を試みる若き将校を冷たくあしらい、最後まで目を合わせる事はしなかった。
「…………それはそうと、楽羅の代表はまだ来ねぇのか? もう定刻をかなり過ぎてるぞ」
逆に姜純が目を向けたのは、空席となっている楽羅軍についてだ。
北部軍大将 龍伯の代理は軍議前に着いていながら、楽羅軍の代表もしくは代理がまだ来ていない。姜純は面倒くさそうな声音で呟いた。
楽羅軍代表の行方については、時間が少し遡る。
連合軍が野営を完了し、北鑑軍本陣から軍議の為の招集がかかった頃だ。
陽慶の北西辺りで、護衛とともに北鑑軍本陣を目指して移動していた楽羅の将軍イワイセポと封豨は、惨憺たる目に遭っていた。
「ぅ……うぅ……! 理の通じない……化物……め……!?」
「ブゥ……ブゥ……! 楽羅十二怪……封豨様の、怪力が通用せぬ……だとぉ……!?」
薄月の夜空を背景に、闇と一体化する靖破。方や主張するかのように魔力を帯びさせ、靡く蒼髪を淡く光らせるシュラ。
この二人がひと暴れして肉塊の原となった場所の上で、楽羅の二将と相対していた。
否、相対しているなどと希望がある状態ではない。一方的な細切れ及び粉砕を以て、仕留めた獲物を捌く途中と言えた。
『弱いし、不味そうな兎と猪だなぁ……。いいや、二匹まとめて――』
魔女は妖艶な笑みを浮かべるや否や、血の一滴もついてない破壊の細腕を振るう。
『肉達磨だァっ……!!』
その言葉を最期に、楽羅軍の主将四名の内、二人が判別もつかない血肉と成り果てた。
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《槍影鋭き楊家の若虎 楊輝》
代々 青広の地を領土とする武の名門楊家の出身。当主 楊硬の次男だが、先の大決戦にて父と兄が戦死した為、一族と兵団を継ぐ事になった。
勢力を増したバルチャーが北鑑に占拠されていた青広を奪取する際、楊家の残党を引き連れて参戦。以降はバルチャーの指揮下に入って行動をともにする。
兄共々槍の名手として名高く、次代を担う存在として期待されていた。
冷静沈着で状況判断に優れ、楊家の中では父に似た知略派と言われており、その文武両道な面を気に入ったバルチャーは彼を高く評価し、重用しているようだ。




