南面の修羅。于雲一党VS于雲兵団
経清が至急部隊の許へ戻った頃、実に五倍もの兵力差を有するリグレイは突撃態勢を整えていた。
リグレイという将軍の武名は高くもなく低くもなく、実力は良く言って中堅である。
それでも彼は、姜純によく従う将軍として知られており、北鑑軍の最左翼に配置されるほど信頼もされていた。
「……張侍殿。ここは私に任せろ。そなたは一千引き連れて経清殿の援護に回れ」
「良いんで? そしたら今度はここが攻められるだろうぜ」
「ムラサキの二万だろう? 気にするな。魔力を用いた戦いなら私には厳しいが、ムラサキも私も用兵家だ。守るだけなら五分の一の兵力でも守り通してみせる。
――さぁ、行ってくれ。経清殿の場所を取られてはさすがに危うい」
「了解っとくら!」
于雲蓋に促され、張侍は千名の直下兵を引き連れて出撃する。
北側の祝覧から始まり、戦端を開く場所が徐々に伝わっていった。
「張侍。これを使え」ブンッ!
「ん? 靖破の大しょ――」
ボガァァンッ!!
「うぉぉいっ!? 殺す気かぁぁーー!!?」
駆け出した張侍に聲を飛ばした靖破が、彼に向かって鎖付きの鉄球を投げ飛ばした。
鉄球は見事張侍の目と鼻の先に落ち、加減こそしてあったが、炸裂する大地と十門以上の大砲を一斉砲火したような爆発音が張侍のド肝を抜いた。
『外れたか。靖破、もっとちゃんと狙ってやんな』
「慣れぬ武器ゆえ、手元が狂ったようだ」
「聞こえてんだよあんたら! 危ねえ悪戯だけは頼むからやめてくれよっ!!」
「そんな事はどうでもいい。その得物を持ってさっさと行け。……ただの直感だが、お前は矛や剣より鉄球の方が向いているぞ」
「おいおい…… ”そんな事” はねぇだろ……」
命の危険が伴う悪戯を “そんな事” と他人事の様に言う靖破。
張侍は色んな意味で冷めた顔を作って鉄球を見た。
鉄球は球体から鎖まで、得物全体が青黒い光沢を放つ不思議なものだった。魔人たる張侍はこれをひと目見て、特殊な物質で出来ている “魔具” の一種だと思った。
「まぁせっかくの差し入れだ。ものは試しに使って暴れるか!」
得物を持ち替えた張侍は改めて馬を翔ばす。経清隊とリグレイ隊が激突する寸前だった。
「オラオラァ!! 張侍が一番乗りィ!!」
「張侍様の副官も一番乗りッ!!」
「「「張侍隊の歩兵も一番乗りィーー!!」」」
交戦状態に入った経清隊とリグレイ隊の間に、威勢良く割って入る張侍隊の面々。
先頭を駆ける張侍本人が一番槍を主張し、彼の副官も一番槍を主張。一拍遅れて突入する直下兵達も一番槍を主張した。
これすべて、敵味方に手柄を認めてもらう為に必要にことである。真面目に戦えとか野暮な事を言ってはいけない。
「よっ! ほっ! お……! おぉっ!? なかなかいいぞこの武器! 腕が伸びたみたいだぜ!!」
魔力を纏わせる事で鉄球が思い通りの場所へ飛来し、飛んだ先で地表を吹き飛ばすほどの強力な一撃を発生させる。
張侍本人の剛腕もあり、彼はこの手の重量級武器をよく使いこなした。
「なるほどな……靖破の大将が一人で突撃しろって言ったのも、あながち冗談じゃねぇ」
張侍は鐙を足場にして飛び上がると、敵兵の群れの上から鉄球を繰り出す。
「張侍式空爆ゥゥーー!!」
鉄球は直撃した敵兵ごと地表を派手に粉砕し、周辺の敵もまとめて吹き飛ばした。
「よっと! 張侍式台風!! っうおおりゃぁぁぁーーー!!」
着地した張侍は豪快に鉄球をブン回す。鉄塊の部分は当然ながら、魔力を纏っている鎖の部分も鋭い刃となって敵を薙ぐ。
張侍を中心に半径十メートル以内にいる敵兵が、抗する手段もなく蹴散らされた。
「張侍様! 出過ぎです! もう少し自重してくだされ!」
「なにをぉっ! これぐらい突っ込まにゃジリ貧のままだぜ!!」
数の不利を補う為にも、魔人たる張侍が他より戦果をあげなければならない。
それは味方の士気を上げる為でもあり、張侍は更に前へ出た。
「私も参ります! 危うくなったら知らせてください!」
張侍の勢いに乗じて経清も突撃。二人して敵将リグレイを討つ算段だった。
方やリグレイに関しては、張侍と経清の狙いを察して自重し、数の有利を用いて着実に押し込む戦術に切り替えた。
城壁上の本陣からその様子を眺める靖破とシュラは、張侍と経清の二隊が簡単に崩れることはないと確信する。
「……暇なものだな。俺と魔女が出れば、一刻もかからずに敵将を討つのだが」
『あぁ、暇だ。リナム、なんかして遊ぼうぜ』
「えっ……!? さすがにそれは……」
『冗談だって。うちでも空気ぐらいは読むよ』
「は、はぁ……。……ところで靖破様。あの鉄球はいつの間に用意されたのですか?」
「北部より撤退する際、銅龍城より奪ってきた。おそらくアダオウの私物で間違いない」
「ええぇっ!? さ、さすがにそれは問題になるのでは……。冗談……とかでは?」
「ん? あぁ、冗談だったらよかったかね」
(どうか外交問題になりませんように……!!)
さらっと泥棒発言を投下した靖破に、リナムは苦笑いを浮かべて冷や汗をかいた。
一方でそんな事は露知らず。張侍はアダオウの得物で十二分に暴れていた。
「オッホぉぉ!! 範囲も威力も申し分ないぜ! それに得物自体も手に吸い付くようだ。もちっと雑魚で練習すれば、魔人相手に殺っつけ本番もできらぁ!」
鉄球の一振りで十、二十の敵兵が派手に吹き飛ぶ。爽快感が群を抜く得物を得て、張侍の武力は更に強化された。
北鑑軍本陣
「奚笵、見ろよ。おめぇの元部下が活躍してやがるぜ」
「ビビビッ! ぅあーー、おっぱいおっぱい!」
「だな、おっぱいだな。まったく陰湿な野郎だぜ、お前はよ」
耳をパタパタさせながら浮遊する奚笵は、張侍の勇姿を見るや、怒りと苦みを足して割ったような翁面の如き表情を浮かべて唾を吐き捨てる。
常人には理解できないそれが、長年コンビを組んでいる姜純は戯れとともに理解した。
「他の奴等も残党の集合体のくせに、なかなかやる。……だが、それもどれだけ保つ。
――次はムラサキの軍を出せ。張侍が抜けて手薄になった敵の右翼を襲わせろ」
姜純の指示は、北鑑軍左翼の本体に当たるムラサキ軍に飛んだ。
「…………断る」
しかし当のムラサキは、こともあろうに総大将の指示を拒否した。
姜純に対する返事もせず、ただただ静観を貫いたのだ。
一向に動こうとしないムラサキ軍の様子に、当然ながら姜純本陣は騒然とする。
(ムラサキの野郎、私兵の温存に走りやがったな)
「仕方ねぇ……俺の兵を出すか。
――オイ、あいつ等に出撃命令を出せ。脅しもつけてな」
姜純は軍総司令官麾下の一将軍に過ぎない自分に、ムラサキが素直に従わないだろうと思ってはいた。
そして確信に至った今、姜純は自らの兵団を動かさざるを得なくなったのだ。
その様子を当面の于雲芳と于雲鮮は凝視する。
「…………敵左翼は動かず、代わりに中央軍から二万ほど出撃したか」
「……芳叔父さん! あの兵達はもしかして……!?」
姜純軍の一部だけで于雲鮮軍を上回るという大劣勢ながら、冷静に敵を観察する于雲一族の将校達。
その中でも于雲鮮と于雲芳は、今しがた前に出た新手の姿に既視感を覚えた。
「うむ……間違いない。戦死した恭の兵団を連れてきたようだ」
「兄さんの兵団を……! 俺達と同士討ちさせる腹か、姜純め!」
「気を引き締めてかかるぞ。士気は低くとも、彼等はまことに手強い」
于雲鮮の兄 于雲恭は、于雲一族が北鑑軍の襲撃を受けた際に討ち死にしていた。
そして上官不在となった彼の兵団を、姜純はそのまま引き連れてきたのだ。
(……という事は、俺や叔父さん達の兵団も来ているんだろうな)
于雲鮮の読みは当たっていた。姜純は于雲一族の残存兵団の大半を引き連れ、自身の軍勢に加えていたのだ。
今しがた現れたのが于雲恭の兵ならば、その後方に控えるのは于雲夏・于雲鮮の兵。そして最後尾に、姜純がいるのだった。
この事実は兵士達以上に、于雲一族の将校達の戦意を低下させた。
陣頭指揮にも陰りを生じさせ、見知った顔が敵方にいる光景を目にしては、一挙一動にも躊躇いが生まれる。
良識を弁える于雲一族の将校達を相手にするには、最も効果的な戦略と言えた。
ただ一人の男を除いて……
「悪いが儂には関係ない! 行くぞ鐘鬼ィ!! 突撃だァァァ!!」
于雲鮮軍左翼に位置する霊玄だ。彼は自らの手勢と鐘鬼隊を引き連れて出撃。戦意乏しい于雲鮮本隊に代わる形で、于雲恭の兵団に切り込んだ。
「玄叔父さん……! ……よし、玄叔父さんを援護するぞ! 中央からも揺さぶりをかけて撹乱させる! 重装兵、前へ!!」
進んで憎まれ役となった霊玄にならって、于雲鮮も兄の兵団との対決を覚悟する。
ここに、元来味方である者同士の死闘が展開された。
陽慶側も北鑑側も真面目な者達が大半を占めるこの戦いは、殊更酷いものとなる。
「霊玄殿、参りますぞ! ……お覚悟ッ!!」
「霊玄殿! 最初で最期の手合わせです! よろしくお願い致す!」
「我等は既に死兵! 霊玄殿とて甘く見られるな!!」
于雲恭兵団の将校達は、一級の魔人である霊玄に敵わぬと知りながら果敢に挑む。
「イィネェ゙ェ゙ェ゙ーーーー!!」
果敢に挑んで、そして華々しい戦死を遂げた。
自らを “死兵” と言う彼等は理解していた。指揮官として優秀な自分達が早々に討ち取られる事が、大恩ある于雲一党をより生き永らえさせると。
僅かに遅れてその事に気付いた鐘鬼は、太刀筋に戸惑いを乗せてしまう。
「…………良心が痛むな」
「鐘鬼、感傷に浸る暇はないぞ。言っただろう。迫りくる敵を片っ端からイテコマセと。我等が切り進む未来に、一抹の不安も感じさせるな。見事な一太刀であの世に送ってやるのが、せめてもの手向けだと思え」
「……迷いがないのは流石と言っていいのか……。霊玄殿は心が痛みませんか?」
「なぁに、これぐらいで人を恨む者は、于雲一党にはおらん。要らぬ気遣いだ。
――だが、根が武人でないお前には、理解しがたい感情だろうな」
元義賊の鐘鬼に、武人や武将の精神は疎いものがある。
人は生き抜いてこそ意味があると考える鐘鬼は、于雲恭兵団の玉砕に近い白兵戦が、やるせないものこの上なかった。
「考えを変える必要はない。だが迷いの刃は、覚悟を決めた武人共に無礼であるぞ。余計な遠慮はいらんから、ズバッと切り捨てて次の奴等も切り捨てろ」
最初から吹っ切れている霊玄は、ある意味気楽なものだ。
鐘鬼は狂将と揶揄される人物に倣うしかなかった。




