部隊再編成と配置決め
靖破の夜襲は功を奏した。于雲鮮軍の予期せぬ反撃に遭い、手痛い被害を出したムラサキ軍が真っ先に音を上げたのだ。
これによって李迅・バルチャー軍との足並みが揃わず、北鑑軍全体の足は大いに遅れた。
キクズナと于雲鮮はその間に難民の避難を進め、萓九・萓乗の民を陽慶に入れる。
陽慶では既に、帰還していた祝覧が決戦の準備を始めていた。
「おぉ……! 靖破殿、よくぞ戻られた! 撤退に際して自ら殿に残ったとキクズナから聞いた故、些か心配していたところだ」
「いらん心配だ、祝覧。北鑑の雑兵どもに遅れを取る俺ではない。それよりも状況はどうなっている。良くはなっていないだろう」
「うむ……圧倒的劣勢に変わりはない。敵の連合軍は今なお進軍を続け、四方より陽慶を囲む算段だ。正直、ここでの決戦は避けたかったが……致し方ない。まずは戦力を再編成して、備えを万全にせねばなるまい」
「再編できる程の兵がいるか? 鐘鬼の軍は特に派手に殺られたぞ。もはや残党と言っても過言ではない。張侍の軍も半分以下だ」
「于雲鮮・鐘鬼・張侍殿の軍を一つにし、その指揮を于雲鮮殿に委ねよう。そして我々の本軍からも多少兵を回せば、何とかなる筈だ」
各部隊の残兵数は、于雲鮮隊八千、張侍隊四千、鐘鬼隊千。合計一万三千。
祝覧はここに二千ほど増員して、一万五千の于雲鮮大隊を編成すると言う。
「理解した。では鐘鬼と張侍は、于雲鮮の指揮に従って戦え」
「おおさぁっ!」「承知した!」
敗れて尚、威勢が衰えない張侍と鐘鬼。士気が高い事はありがたかった。
彼等は引き続き、北鑑軍の相手を受け持つ事になる。
「……于雲鮮殿。すまぬが南側の戦場の殆どを任せる事になるやもしれん。予備隊は作るつもりだが、どれだけ用意できるかわからん……」
「祝覧殿。そんな顔をなさらず。私は逆に嬉しいです。まさかこんな大役を任せてもらえるなんて、思っていませんでしたから。
――お気遣い、痛く感謝します。最後まで諦めずに、死力を尽くしてみせますよ!」
大隊の指揮官に抜擢された于雲鮮は、腕の見せ所とばかり意気を上げる。
むしろ用兵を得意とする彼にとっては願ったりだった。
「南側は于雲鮮達が粘るとして、北と西はどうする。楽羅はともかく北部軍は手強い。同じように、虎忙は与しやすくとも白眉は一筋縄ではいかんぞ?」
軽い一手で大虎北部軍と楽羅軍の進軍路を塞いだ嶄條が問う。
彼が今述べたように、大虎北部軍と白眉軍の存在が殊更厄介だった。
「北は俺が受け持とう。おそらくだが、俺の家からも出兵している筈だ。あわよくばそれを逆手に取り、北部軍と楽羅軍の関係を崩してみようと思う」
「ナマハハハ、では西の白眉軍は儂が殺り返そう。戦術に困ったら単騎駆けでもして、敵の本陣を切り崩してやるわぃ!」
「おぉーー! ししょーカッケー!!」
北は祝覧、西は嶄條に決まった。嶄條のどこまでが冗談かわからない勇ましすぎる発言に、子鬼ことマドロトスも万歳してはしゃぎまわる。
「東側はキクズナに任せるぞ。ケトと陽慶の間にバラガス殿の五千がおり、少し進めばケトの守備軍にも当たる故、敵が東側に戦力を集中する事はないだろうが、一応な」
「承知しました! ケトにいる隊長に良い報告ができるよう、全力を尽くします!」
「うむ、頼んだぞ。……経清殿には遊撃隊をお願いしたい。騎兵五百と歩兵千五百。合わせて二千の兵を預ける故、嶄條殿と于雲鮮殿の間に布陣してくれ」
「承りました。臨機応変に動き、味方の助けとなるべく尽力します」
「最後に靖破殿だが、城壁にて睨みを利かせてもらいたい」
「ほぅ……最前線ではなく、むしろ一番後ろか。圧倒的兵力差がある中で、なぜ俺と魔女を出し渋るのだ?」
「出し渋る訳ではないのだ。必要な時には迷わず切り込んでもらいたい」
靖破には祝覧の言っている事がよくわからなかった。
それは他の将達も同じで、皆が祝覧にもう少し詳しい説明を所望する。
「今回俺達にとって都合が良いのは、敵の連合軍が典型的な烏合の衆という事だ」
「……烏合の衆……」
「斥候の報告によれば、敵の陣容に多国籍連合軍の総大将を張れるほど際立った人物がいない。北鑑軍の大将は姜純、白眉軍の大将は第一王子のレク・シュリク、虎忙軍に至っては虎忙は大将という柄ではなく、傅磑も他所の軍に指示を出せるほどの影響力はない。北部軍も第二将・龍伯殿が率いており、楽羅軍も各将軍が個々で動いているという」
「俺が最後尾で控えることと、それがどう関係する?」
「敵の連合軍は統率が取れない。戦略的な総攻撃はまず不可能だろう。ともすれば、皆が皆、自軍の損害を嫌がって前に出たがらない筈だ」
「成る程。前に出れば牙殿と魔女殿の餌食になるぞ、という心理攻撃を与える為に、牙殿が城壁の上で仁王立ちする……という事ですか」
「もちろん、大苦戦している戦場があれば助けに動いてもらいたいが、基本は敵の全体を牽制する役目をお任せしたい」
「そういう事か……。理解した。俺と魔女も遊撃隊のように動けばいいのだな」
圧倒的な兵力差がある状況で、敢えて最高武力を待機させる。
それが敵に対する精神攻撃になり、自軍の余裕を示す事にもなるのだ。
「祝覧将軍。私はどこで何をすればよろしいでしょうか?」
「リナム殿は大義の旗印だ。士気を高める為にも靖破殿の傍におり、味方から見える位置に居てもらいたい。……それでもよろしいか? 靖破殿に魔女殿」
「構わんよ。下手に手の届かぬ所で危険に遭うよりは、俺と魔女の近くにいる方が安全だろう。魔女も構わんな」
『あぁ、いいぜ。リナムだけは何があっても絶対に守るから安心しな』
「って事は、地上の俺達は一層奮戦しなくちゃな! 俺達が苦戦すれば靖破の大将が動く。大将が動けば敵の総攻撃があり、天使ちゃんが危なくなる……と!」
「……張侍。お前は敵の本陣に単騎駆けしろ」
「なんでぇぇぇっ!?」
扱いの雑さは少なからず打ち解けている証なのか……。祝覧や嶄條が僅かに笑う。
「ナマハハハ。漢の見せ場だ。気張れよ張侍」
「将軍きばれよー」
「反対してくれよ。紛うことなき自殺行為なんだが……」
「それはそうと、白眉王が出て来なくて良かったな。なぁ、祝覧よ」「“それはそう” とってガァァァン」
「うむ。そこは俺も一番恐れていた。今回の連合軍の発起人は、白眉王レク・マリクだと聞く。果断迅速にして、多国籍軍を形成する器量。彼が出馬していれば、敵の連合軍は統率の取れた強軍と化すこと間違いなかった。我々は至る所で詰められていき、反撃もままならなかっただろう」
「不幸中の幸いとして有り難く思っておくが、出て来なんだ理由が気になるわ。儂や靖家の猛襲に恐れを抱くような、肝の小さい男でもないのだがのぉ」
「だが、その代わりに名将・隠渓が第一王子軍に加わっているそうだ」
「ほぉ〜。それは明らかに御目付役だろうな。本来、隠渓は國王近衛軍に属しておる。白眉王が出ねば奴もまた出る筈はないのだ」
白眉軍の隠渓は國王出陣の際に副将を務める程の重臣。
于雲夏やジオンとは盟友という関係から、于雲鮮やリナムも彼の実力と名声を深く知っていた。当然ながらジオンの弟子であった祝覧や、キクズナも例外ではない。
「更に言えば第一王子軍も侮れん。名の知れた将軍が副将を務めるだけに非ず、白眉國内に於ける立ち位置は実働部隊。かの軍は戦い慣れしている」
「……ですが白眉の方針上、彼等は利の少ない戦をしない筈。白眉王の代わりに隠渓が出ているなら、その点は確実です。私達の奮戦が敵をはね返し続ける限り、彼等が本気になって攻める事はないと思います」
「うむ。于雲鮮殿の言う通り、希望もある。我々に勢いがあるうちはいいのだ。陽堅の北部軍を差し向ける事はあっても、第一王子軍が動く可能性は少ないだろう。
――兎にも角にも、我々は弱味を見せない。その一点に限る!」
「弱味を晒さない……か。理解した」
『そんなのうち等にかかれば余裕だな!』
戦術云々の話より、“勢いを落とさない” という単純明快な話の方が、本能で戦う靖破やシュラにはわかりやすかった。
他の者達も第一条件を改めて念頭に置き、不退転の意志を心に宿す。
どの敵を請け負っても圧倒的兵力差の否めない状況ながら、皆がこれほど冷静でいられるのは偏に、一騎軍壊の大将と魔女が背後に控えている心強さだろう。
靖破とシュラを最後衛に配備するという祝覧の策は、早くも味方に良い影響を及ぼしていたのだ。
「報告します! 北鑑軍が萓乗城を出ました! その数、およそ十万超えにて、他國軍と足並みを揃えるようにゆっくりと進軍しています。明日の午前中には陽慶に侵入するでしょう。陣容は姜純を大将に、ムラサキを参謀。副将にリグレイ。その他にジョウセンと李迅の二将軍がおります。また、同行しているバルチャー軍二万も、今のところ戦う気配を帯びているとの事です」
前線の情報を吸い上げた霊清(霊玄の長男)が報告に現れると、靖破は軍議をここまでとして、各将を配置につかせる。
「全員、持ち場につけ。来る敵を余さず討ち尽くすぞ」
「「「おおおぉっ!!」」」
靖破軍出撃。その数およそ三万二千。崩れた城壁を越えて外に布陣した彼等は、数倍もの敵が現れるのを待ち受けた。




