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嫌な奴らには嫌な返しを贈れ

 南部戦線に留まった靖破達は、北鑑軍を撃退して初めての夜を迎えた。

彼等は態勢を立て直した北鑑軍が、大挙して攻め寄せるのではないかと懸念したが、どうやらその心配は無かった。

北鑑軍の受けた被害もまた、決して軽いものではなかったからだ。


『……とは言え、生じた時間で民の避難を進められる訳じゃないのか』


 難民の野営地を眺めるシュラが、夜空に映える三日月を背景に呟いた。

無人の城壁にて、東南の角に位置する望楼から南の方角を監視する靖破も、こればかりは仕方ないと首肯する。


「純然たる大虎軍であれば、昼を夜に強行軍が可能だ。戦闘の後であろうがお構い無しに進軍する。しかし、民にそれを課す事は出来ん。体力的な問題は当然ながら、敵を前にして鞭を振るう避難などすれば、民はまず従わんだろう」


『リナムと于雲鮮は、それがわかってるから敢えて急がないのか。……でも、敵もそれはわかってる筈だぞ。態勢を整えた奴等から夜襲を仕掛ける事もあり得るんじゃないか?』


「ほぅ……魔女にも少なからず、戦を視る眼が備わってきたか」


『馬鹿にするなよ。うちを誰だと思ってんだ?』


「アサギ狂いの少女型戦闘兵器マージョー」


『プッ……! なんだその名前、絶望的に素質(センス)ねぇな。

――うちは蒼髪の魔女 “リシュターブ・シュラ・ノウエ” 様だ。このぐらいの侵攻、統一戦争期の剣合国軍に比べれば赤子の粥だ!』


 アサギ好きの例えが赤ん坊に出す粥。それがどれほどの基準なのか甚だ疑問ではあるものの、靖破は珍しく本名を語ったシュラの気配に最も気を取られた。


「……魔女よ、愉しいか? この地にあって緊張の糸を一つも張っていないのはお前だけだ」


『ふふん、靖破こそ他人の感情を察するようになったか? 別に察しても構わんが、同情や興味は持つなよ。お前は徹頭徹尾狂ってなくちゃダメだからな』


「ただ気になっただけだ。他意はない。……それで、魔女はこの窮地と言える状況を愉しんでいる……間違いないな?」


『おぅ! リナムには悪いが、うちは心躍らせてるぜ! うちを裏切った人間どもが、揃いも揃って雁首捧げに来ようとしてるんだ! 早く……うちにヤラれに来いよ……!!』


 月光に照らされるシュラの顔は、妖艶な笑みに底知れぬ邪悪さが加わり、頬に僅かな朱が混ざっていた。格好の餌食を前にして渇きを覚える妖狐の如し。


「その愉しみに興じてやれるかはわからんが……今、于雲鮮が北鑑軍に動きがないか確認している」


『動かねぇ奴等の話なんか聞きたくないね』


「最後まで聞け。今は主導権を敵に握られた面白くない状況だ。明日の朝まで北鑑軍が動かなかったとしても、俺達は最大の警戒態勢で夜を越すことになる。それは明日以降の戦に、大きな悪影響を残す事になるだろう」


『でもどうしようもなくねぇか? 怪我と疲労でぶっ倒れてる鐘鬼達を少しでも回復させる為に、うち等がこうして備えてる訳だし』


「敵襲の動きがなければ、俺達がここで待機している必要も特にないと思わんか?」


『……なぁーるほどね。安全がわかり次第、うち等だけでも出掛けるか!』


「それが敵にとって最も嫌な迎撃だろう。軍を整え直した途端に崩されては、明日の動きを妨害される上、以降の襲来もあり得ると思わざるを得ない。士気は著しく下がる」


『よし! 善は急げだ。殺るぞ!』


「まぁ待て。于雲鮮の報告が来てからだ」


 暴れたくて仕方がないシュラは、靖破の案に飛びついた。今ばかりは靖破の頭が良いと言わざるを得ない。


 そして暫くの後、萓九の于雲鮮から「北鑑軍に動く気配なし」という報告が届いた。


 靖破とシュラは人知れず萓乗城を発ち、まずは李迅軍の陣営を、次いでムラサキ軍の陣営を襲撃した。

それも闇雲に兵を討つのではなく、軍需物資が貯蔵されている陣地後方を重点的に蹂躙し、武器・弾薬・兵糧・資材の多くを巻き込む形で破壊する。


「……フッ、味な燃え方をする。この程度で良かろう。魔女よ、城に戻るぞ」


『えぇ~、もうか? まだ暴れ足りん!』


「先に襲った李迅軍が、俺達の不在を知って鐘鬼達を攻める可能性もある。程々に済まして元の備えに戻るぞ」


『ぶぅぅぅ……っだ。物足りねぇのに……』


 李迅・ムラサキ両軍に、それぞれ一千以上の死傷者を出した靖破とシュラ。

一騎当千と言えば聞こえは良いが、実際に襲撃を受けた北鑑兵から見れば紛うことなき死神の来襲である。

確かな恐怖心を植え付けられ、多くの物資も損なわれた事で、両軍の士気は低下した。


「……ッハッハッハ! いくら殺っても誰も文句を言わぬとなれば、派手に殺って当たり前よなぁ。距離を置いて、後ろに付いたが正解だったようだ」


 靖破とシュラが撤収した後。尚も混乱している李迅軍の様子を見て、かの陣営に顔を出しに来た男が痛快に笑う。


 ムラサキの右軍となって戦端を開き、李迅軍参戦後はその後軍となったバルチャーだ。

まだ陣の外にいる彼は、北鑑兵の目や耳をまったく気にしなかった。


「これはこれはお楽しみの所を失礼。私は大虎軍のバルチャーだ。貴軍の将・李迅殿に用があって参った。通させてもらうよ」


 バルチャーは南の陣門があった場所に差し掛かると、北鑑兵達にザマァ見ろとばかりのムカつく台詞を贈りながら、優雅かつ強引に通過する。

この辺りに、バルチャーの性格の悪さが滲み出ていた。

それは李迅の本陣に着いても、いかんなく発揮される。


「いやいや李迅殿。災難でしたな。察するところ、大虎の牙 靖破に一泡吹かせられた様子。されどあの男がその気になれば、バラガスの軍五万が一夜にして壊滅し、本陣奥深くにいる貴殿とて容易く刈り取られた筈。貴殿は実に運が良かったと言えよう」


「……眞城主バルチャー殿か。大虎の武人というのは、皆、夜行性なのだな。まさか夜も更けた頃になって、漸く挨拶に現れるとは思っても見なかったぞ」


 鐘鬼軍の相手を李迅軍に譲って以降、バルチャーは今に至るまで姿を見せなかった。

代理の使者を送る事もせず、かと言って本人が現れたと思えば夜中。李迅は表情にこそ出さなかったが、バルチャーの小馬鹿にした言動に怒りを抱く。


 当然、バルチャーも李迅の感情は理解している。

その上で彼はムラサキから受けた鬱憤を晴らそうと、歯に衣着せぬ物言いを続けた。


「ムラサキより、北鑑軍の補給を任されていてね。我々とムラサキ軍だけなら城を出た時の物資で充分と思っていたら、まさか貴軍まで参戦してきたではないか。これは話に聞いておらぬと、急ぎ増量した補給の算段をとってきた。それ故に遅れたのだ。……しかし」


「? “しかし” なんであろうか」


「疲れ勢である鐘鬼軍など、貴軍ならば容易く撃破して城に迫るだろうと思っていたが、まさか突破できていないとは。これは私の方こそ思っても見なかったかな」


 この発言に、李迅はムッと眉毛を寄せ、彼の側近衆に関しては目に見えてわかる殺意をバルチャーに向けた。


「フフフ、やるかい? 私は構わんよ。……尤も今この場に、私に太刀打ちできる者がいればいいんだがね。一人と見て侮ってくれるなよ。乱れきったこの本陣に止めを刺し、余す力で脱出することなど造作もないぞ」


 バルチャーが放つ強者の余裕。殺意に応える彼は腕を組みながらも、吊り上げた目をぎらつかせた。締め切った天幕の中で威風が渦巻き、柱の軋む音が確かに聞こえた。

李迅の側近衆は一様に歯を噛み締め、黙るしかなかった。


「……とは言え、些か無礼が過ぎたかな? 敗戦国の囀りと思って許したまえ。何せ我が城に入った貴殿の友軍が、愛すべき領民に対して大なり小なり狼藉を働いた。それが故に良いようにしてやられた貴殿等を見て、胸がすいてしまったのだよ」


「……ムラサキ殿か。自身の出費を嫌う彼らしい因果だ。

――して、今宵バルチャー殿が我が陣を訪れた理由は、まさか冷やかしだけの為ではあるまい。要件があるなら早々に申せ。私は囀りに付き合うほど暇ではない身だ」


「無論承知している。戯れはここまでで、以降は戦略の話をしよう。

――と言っても難しい話ではない。元々南部侵攻軍の先陣は、このバルチャーが引き受けるところであった。今見ても貴軍の損害甚だしければ、先陣の任に従って以降は私が前を進もう。その方が貴軍にとっては良いだろうし、私も自國の民を北鑑の暴徒から保護する事ができる」


 “北鑑の暴徒” という言葉に、李迅は言い返す事ができなかった。

先の大虎軍VS剣合国・北鑑諸国連合軍との決戦から始まり、その後今に至るまで、北鑑軍が行く先々で略奪・暴行を行っている事は事実だったからだ。


 先陣を受け持つ事で、そういった惨禍を未然に防ごうとするバルチャーの考えは、一城の領主として慈悲深いものと言えるだろう。

北鑑軍にあって比較的常識を弁える李迅は、バルチャーの考えに理解を示せた。


 だが、その一方で想いやり以上の策略の匂いも感じ取る。


「自ら先陣を申し出るとは殊勝な話だ。しかし、そう言って陽慶軍に寝返る算段ではないのか? 確かバルチャー殿と陽慶軍大将の靖破は、共に戦場を駆けた仲だと聞く。そこから判断するに、貴方の申し出は信用ならない話でもある。特に、靖破の夜襲を受けた後では尚更な」


「寝返り? 有り得んよ。如何に血に飢えた虎であろうとも、愛すべき領民を人質に取られたまま、負けが見えている者達に付く筈がない。私の血はそこまで青くないかな」


「…………戦に民衆の犠牲は付き物だが、私は他の将軍と違って好き好んで巻き込むつもりはない。バルチャー殿が民を保護しながら進むのも、好きにされるといい。

――だが、やはり前を行くのは我々だ。どうしても先陣を務めるというならば、我々と並走してはどうか?」


「ふむ、まぁそれも良いかもね。……では、そういう事で宜しく頼む。私は戻って明日走らせる準備に移るよ」


 結局、李迅は策の気配を拭えず、バルチャーに前を進ませるを良しとしなかった。

バルチャーの方も、別段異論がある様子は見せずに引き下がる。


 残った李迅と彼の側近衆は、そんなバルチャーの言動に不審感を強めた。


「胡散臭い男だ。民の保護など建前に過ぎん。我が軍の前に出て何を企む」


「ふん……李迅将軍が参戦なされたのだ。この戦は完全に我等の勝ちだと思って、手柄を認めてもらいたいと考えての事だろう」


「それならもっと早くに使者を出すだろう。鐘鬼軍の追撃にも遅れながら手を貸すはず」


「むむ……確かに。では、奴はいったい何を考えているのか」


「……李迅将軍。あの男の軍を近づけて、本当によろしいのですか?」


「…………目に見えぬ所で動かれる方が遥かに厄介だ。それにこの先でムラサキ軍と合流し、少し遅れて姜純殿の本軍も到着する。こちらの大陣営が完成すれば、あの男とて大人しくならずにはいられないだろう」


 靖破率いる陽慶軍への内応を疑いつつも、監視を兼ねて並走させる事で、李迅はバルチャーの動きを制限するつもりだった。

側近衆は主の判断に従い、油断ならない味方への警戒を一層強めた。


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