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経清の誓い

 仮にも李迅軍を撃退した靖破とシュラは、後方の味方と合流する。


 キクズナ、鐘鬼、霊清、そして藤原経清。兵の数こそ残党と呼ばれて仕方がない有り様だが、新たに加わった一騎当千の華武者は、それを補って余りある存在だった。


「靖破殿。到着が遅くなり申し訳ありません。于雲夏殿の亡骸を信頼できる土地の民に託し、改めて弔っておりました。平に御容赦いただきたい」


「何もかもが律儀な奴だ。弔いはもとより、態々負けるかもしれない側につくとはな」


「義を貫くに勝敗は関係ありません。士たる者が本当に恐れる事は、信念を曲げて刀を振るう事です。それは既に生きながら死するも同じかと存じます」


「生きながら死んでいる……か」


「それよりもまずは、于雲鮮殿と彼の一族を保護してくださった事に、心の底から感謝いたします。これで私も、于雲夏殿の恩義に報いる事ができました」


 経清はかつて刃を交えた靖破に深々と頭を下げる。

靖破は徹頭徹尾律儀な奴だと改めて思い、シュラもその固さに暇潰しを探し始めた。


「……その上で靖破殿に、改めてお願いしたき儀がございます」


「…………なんだ」


 経清の固い主張は続く。彼女は下げた頭を凛として戻し、真っ直ぐな瞳を以て語る。


「私は藤原の一族を勘当された身。戦場にしか身の置き場はなく、さりとて悪に屈する事も許せぬ我儘者。我が身は既に、大義の為に戦う覚悟を決めました。……なれど私一人では、如何に義を示したところで小事しか成せません。本当にこの世を変えるには、大義を掲げる主君と多くの同胞が必要です」


「回りくどい。単刀直入に言え」


「願わくば同胞の内に、私をお加え下さい。もし叶えていただけるならば、この御恩には戦働きで報います。最期は錆びた刃で首を掻き斬られようとも悔やみません。……何卒、私を臣下の末席にお加えいただきたい」


「……元々部外者であるお前に、とやかく言うつもりはない。好きなように戦い、好きなように散るといい。ただ一つだけ言っておくなら、義理立てはリナムに対して行え。無道の俺に義を尽くしたところで、返ってくるものは何もないからな」


 靖破にとって北鑑に与する者が敵であり、来る敵は討ち、去る敵も追討する。

それ以外の部外者に関しては、特にこれといった興味・関心がない。本人の言った通り「好きにしろ」だ。


「ありがたく。リナム殿への義理立ても承知しました」


「……首を刎ねられても、態々取り返しには行かん。無様な晒され方をしたくなければ、最後まで諦めずに戦うことだ」


「御意。心に長城を、刀に武神を宿す所存です」


 やや高圧的ながら、靖破なりに経清を思った様な口振りだ。

彼女の加入に関して、シュラも特に言う事はない。


 さすれば経清は、またもや深々と頭を下げたのだった。


「それでは、まずは我が抜刀術の一部を以て、皆様の避難をお助け致す」


 靖破軍の加入を許された経清は、奉公の手始めに民衆の方へ向き直る。


 様々な感情に支配されている難民の群れは、依然として混乱の最中にあった。

経清は目を瞑って神経を集中させ、攻撃の構えとは違う直立の型を見せる。


「……抜刀術奥義。柴進の仁」


 風に揺れる梛の葉のように、静寂かつ堂々と業物の太刀を振り抜く。

すると透明な真空波が無音で放たれ、難民の頭上を広範囲に亘って覆い尽くす。


 靖破や鐘鬼といった魔人にこそわかるそれは、キクズナや霊清には俄かに感じる程度の薄い膜である。当然ながら、難民の中で何かがあると判る者はいないだろう。


「!? な、なんじゃ……よくわからんが、体が楽になったぞ……」


「あぁ……! うちの子が笑ってるわ! えぇ、大丈夫よ。もう大丈夫だからね」


「急に元気が出てきたぞ! よぉし。みんな、もうひと踏ん張りだ!」


 それでも、経清の一太刀は目に見えて判る効能を示した。

難民はもとより兵士までもが、心に安らぎを得て落ち着きを取り戻したのだ。


『へぇ……! その若さでもう “心剣” を会得してんのか。やるじゃん』


「心剣……人の心に直接作用する剣術の妙技と聞くが、実際に見るのは初めてだ」


 シュラが感心し、鐘鬼が目を奪われる技。それは熟達した剣豪でも会得している者は少ない。抑々が「和を成す剣術」という側面を持つ事から、人を斬る術を極めれば極めるほど遠くなる秘技なのだ。それを武芸者の間では古くから “心剣” と呼ぶ。


「我が藤原家は代々調停を司る一族にて、この剣術に重きを成す者が多くございます。私もその一人です。幼少の頃より厳しい鍛錬に励み、藤原が得意とする交易術以上に学んで参りました。以後、必要な時は遠慮なく言ってください」


「感謝する。その言葉以外に返すものが見当たらんな。……今後も頼んだぞ」


「我が力がお役に立つようで何よりです。今後も一層励み、精進を続けましょう」


 経清の堅苦しい返答は、まるで靖破を主君と仰ぐようだ。

靖破としては主従関係を結んだつもりはなく、君臣の間柄という認識ではない為、彼女の言動に何処と無く違和感を覚えた。


「……キクズナ。祝覧に報せろ。「俺はここで敵を討つ。萓九は于雲鮮に任せた」とな」


 とにかくこの場が上手く回ったところで、靖破は全体の戦略図を描く祝覧に、自身の居場所と于雲鮮の状況を報せるように言った。


 今の段階で、対北部軍への備えは嶄條が整え、祝覧も陽慶西域の民を避難させた。ロキはケトの守りを固めた上で、ケトと陽慶の中間に布陣したバラガスとも連携を図る。

後は萓九・萓乗の民を陽慶に避難させるのみだった。




 陽慶に帰還した祝覧は、リナムから先んじて現状を知らされる。彼は苦い顔を作った。


「……萓九の于雲鮮・張侍軍は一万弱残ったが、萓乗の鐘鬼軍は三千にも満たない程やられたか……。決戦を前にして、この被害は痛いな」


「ですが祝覧将軍。藤原経清様が御味方してくださるそうです。あの方の御力は千人力と聞き及んでいます」


「うむ。彼女の参戦は実にありがたい限りだ。しかし、圧倒的な数を頼りとする北鑑が相手では、こちらもある程度の数が必要なのだ。如何に強力な武人が居るとしても、この陽慶では敵を防ぐ城壁がないからな……」


「……やっぱり間に合いませんか?」


「今から難民をケトに移動させれば、そこを敵の大軍に突かれて一気に瓦解する。鐘鬼軍の戦場がそうなったように、少ない兵力で守りながら戦う事は至難を極めるだろう」


 靖破軍は攻めには自信があるものの、守りは一転して不得手だった。

理由は単純明快。殆どの将が攻め偏重だからである。現状をよく理解する祝覧も、大虎中央軍の将軍という事で、どちらかといえば攻める側の人間だ。


 そうなると、祝覧は最前線に残るリナムが不憫に思えた。


「…………リナム殿。ケトに退くなら今のうちだ。戦が始まれば、間違いなく退路は断たれ、我等は完全に包囲されるだろう。……もしもの事を思えばこそ、貴殿ら兄妹はケトに残った方がいい。仮に榲國軍がその気であったとしても、降伏した貴殿らを――」


「祝覧将軍。靖破様はケトに退かれるでしょうか?」


「靖破殿? いや、あの御仁が退く事はないだろう」


「では私も、靖破様とともに。お慕いする主君を捨てて領地に戻るなど、ルーベルズ家の当主がとるべき道ではありません。同じ立場ならきっと、兄様もそう言うでしょう」


「……本当によろしいのか? 靖破殿は確かに強いが、それでも数十万の大軍には敵わぬ。無論、俺も力を尽くすが……勝利は望み薄だぞ?」


「覚悟はできています。足手まといかもしれませんが、難民を守る最後の盾ぐらいの価値はある筈です」


「その覚悟、見事極まりなし。流石はジオン殿の御息女だ」


 最終的に何かあっても、靖破はリナムだけは守り通すだろう。

祝覧はそう思い、リナムもまた、心の何処かではそう思っている筈だ。

それでもリナムの瞳には、そこに頼ろうとする芯の弱さは感じられない。彼女は本当に、城を枕に討死にする覚悟を宿していた。


(見事である事に変わりはない。同じ年頃の少女で、これ程の気概を持つ者は稀だろう。……だからこそ、尚更不憫に思えてしまうな)


 大人から見ればまだ子供であるリナムに、これほどの覚悟を抱かせる必要があるとは。

祝覧は戦乱というものに、今一度強い苦みを覚えた。






《大好き侍見参!!》


経清「藤原経清見参! 義により、大虎の牙 靖破殿に助太刀いたす!!」


 一太刀多殺の独壇場に降り立った藤原経清。彼女の勇ましい聲が響き渡る。


???「待った!!」


経清「むっ、何奴!?」


 その名乗りに待ったをかける存在や如何に!? 経清は声がした方を振り返る。


???「お楽しみの所、突然失礼。拙者、普段ガードの固い美少女がハプニングで晒すへそチラ大好き侍」


経清「が、はぷ……へ、へそチラ? はぁ?」


侍「義によって助太刀致す」ビュッ!!


 曰く「普段ガードの固い美少女がハプニングで晒すへそチラ大好き侍」さんは、目にも止まらぬ一閃を繰り出した。

するとあら不思議。経清の服が、おへそ周りだけ綺麗に切り落とされたではないか。


経清「ちょっ――んなあぁぁぁっ!!?」


???「待った!!」


経清「なっ、なんだ!? 今度は誰だ!?」


???「お楽しみの所、突然失礼。拙者、和装の似合うおなごがちょっとした隙に見せる “うなじ” が大好き侍」


経清「うなじ!? また変態的(マニアック)な輩が……待て! 何を――」


侍「義によって助太刀致す」ビュッ!!


 なんちゅー義で何に味方してるのか不明だが、二人の侍は話のわかる者であった。

経清の白い絹肌がまたもや露になり、敵も味方も目が釘付け。ヒャッハー戦が止まる。


???「待った!!」


経清「待たん!! もうこれ以上剥かれてたまるか! 名乗らせぬぞ! 絶対に名乗らせぬ!」


???「おおおおおお楽しみの所、突然失礼!! 拙者、清楚な美少女の百合カップルが初めて交わう時に見せる初な反応とそこから発展する攻めと受けの言動の変化に萌える百合カップルが大好き侍!!」


経清「長い! そしてえらく限定的だな!!」


侍「義によって助太刀致す!」ビュッ!!


 経清が振り向きざまに放った無数の真空刃を、片手間に避けながら自己紹介する侍。

そして侍の一閃からあら不思議。経清の目前にリナムがポンッと出現する。


 当のリナム本人は何がなんだかわからない表情で、辺りをキョロキョロと見渡す。

当然だ。ついさっきまで陽慶で避難指揮を執っていたら、訳のわからない剣技によって戦場の最前線に召喚されたのだから。


侍ズ「「「さぁ! 舞台は整え申した! 存分にハァハァハァハァハァハァハァ……!!!」」」


靖破「失せろ……!!」ズバァァン!!


シュラ『キモいわぁっ!!』ドガァァーーン!!


侍ズ「「「無慈悲ィィッ!!?」」」


 リナムが巻き込まれた途端に、保護者が見参。無念、侍ズは霧の彼方へ追いやられた。


リナム「……経清様。また服が破れております。この間新調されたばかりでは?」


経清「…………暫く名乗らないように致す。変な虫に出られても困ります故」


 変態は何処にでも湧く? 否。彼らは変態に非ず。仮に変態であったとしても変態という名の紳士である。そこを間違えてはいけないのである。

……というような事を張侍が言っていたなと、鐘鬼は思ったそうな。


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