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馳せる義将。語るは大義、振るうは義刃

 北鑑軍にとっての死神は、鐘鬼・霊清隊にとって救生の覇王である。

間一髪で駆けつけたその存在に、誰も彼もが畏怖を抱く。


『さぁて靖破。めちゃめちゃにしてやんな』


「無論、存分に殺るつもりだ……!」


 味方を助け、民を助け、敵の侵略を防ぐ。立派な大義名分の下、好き放題殺りまくれる状況に、靖破は嗤った。


「お……恐れる事はないっ! たかが一人だ! 怯むな! 突撃だっ!!」


 前衛部隊を預かる部隊長の、蛮勇にして愚かな指示。

檄にもならない戦慄声(ワナナキゴエ)で、足の竦む北鑑兵達が動く訳がない。


「攻めも逃げもしなくていい。ただじっと、俺に殺されろ……!!」


 鬼神の覇気で軍の威圧を凌駕した靖破が、一陣の旋風となりて李迅軍に切り込む。

さすれば風道の左右両側は数メートル以内が肉片の道となり、一瞬以上一秒未満の速攻を以て、百人から二百人近くの北鑑兵が細切れに処された。


「北鑑の蛆虫共よ。鳥獣の餌となり、土に還って花を咲かすといい」


 鎌鼬はその速さと切れ味から、人体の切断に鮮血を生じさせないと言うが、まさにその通りである。

蒼月の方天戟の餌食となった北鑑兵達は、自分が殺された事実を把握しない内に肉塊となって崩れ落ち、辺り一面の肉絨毯の一部となって視界を暗転させるのだ。


「「「――!? ヒ、ヒャアァァァ!!?」」」


 瞬きの間に小隊一つが消えた事を、隣接する北鑑兵達が一拍遅れて気づくと、彼等は声にならない叫びを上げて死神の襲来に恐れ慄いた。


 そして次の一撃で、蒼月の方天戟は右隣の小隊を薙ぐ。被害は半数が討たれた。


「「「ぅあああぁぁぁーーーーー!!? 逃げろぉぉーー!!」」」


 武者ぶりを超越した魔人災害の暴虐ぶりを前にしては、練兵を重ねた李迅配下の北鑑兵達でも本能に従って逃げるしかなかった。

切り込んでから一分と経たず、はや十撃ほど繰り出した靖破によって、李迅軍前衛部隊の被害は目を覆いたくなる程に非現実的なものとなったのだ。


 戦場を知らぬ七光り大将がこれを聞けば、「馬鹿馬鹿しい世迷い言」と吐き捨てて信じないだろう。

言い換えれば、今の靖破は「伝説級の強さ」と言える領域にあった。


「……標的を変えるぞ! 全軍を散開させて後方にいる難民を狙い討て! 敵の大将は無理に相手せず、全軍で距離を取って遠巻きにしろ! 規格外の魔人と言えども、いつかは疲れ衰える筈だ!」


 方や、于雲鮮が名指しで警戒する李迅の冷静沈着ぶりもまた、感心の域にあった。

靖破とまともに戦えば無駄な犠牲を増すだけだと判断し、彼は無視して後方の民を狙う事で、鐘鬼同様に助けに動かざるを得なくして体力を消耗させる考えだ。


「李迅め、狙いを変えたか……! 大将 靖破! 俺は民を守る! 前を任せて宜しいか!?」


 鐘鬼の声を拾った靖破は、殺戮の手を数秒だけ止めた後、蒼月の方天戟を天へ掲げた。無言ながら了解の意を示す反応と見てよかった。


「かたじけない! 霊清殿は城の前まで一気に下がってくれ! 俺は先駆けて敵に当たる!」


 鐘鬼・霊清隊残兵二千の内、現在敵と噛み合っていない者達が後退し、キクズナの集めた最終防衛部隊との合流を図る。


 となれば、難民を標的とした李迅軍もまた、陣形を多少崩してでも全力疾走する。

キクズナ隊や難民の群れに切り込み、敵味方入り乱れての乱戦状態を成せば、魔人の強力な範囲攻撃を阻害して、一般兵同士の消耗戦を展開することが可能だからだ。


 そして消耗戦となれば、後は物量の差で李迅軍が圧倒的優位を築ける。逆に鐘鬼や靖破が先回りできれば、最終防衛線の突破は防げるのだ。


(李迅は大将 靖破が、如何に復讐の鬼と言えども、自國の民や味方兵まで巻き込む男ではないと知っているのだ。ここは俺が一足先に駆けつけ、友軍の前で仁王立つ他ない!)


 靖破の刃は憎き北鑑のみに向けられる。それはシュラという感情の枷があるからこそと言えた。他の契約者のように、誰彼構わず殺戮するような男ではないのだ。


 同族の将を二人も討たれている李迅は、靖破について念入りに調べ、知っていた。

良識を弁えつつも国家の大事を優先する彼は、心を鬼にして号令を下す。


(本当に狂っている契約者は無差別に虐殺する。味方がいようが無辜の民が混ざっていようが、関係なく刃を振るうものだ。……先の決戦に於いては、剣合国の将がそうだったようだな。それをしないという事は強みだが、逆に弱みでもある)


「――武力に劣る我等は、その弱みを突くしか勝ち目はない! 李迅軍の兵士諸君! 非情の手段とて遠慮するな! 躊躇いは我が身を滅ぼすぞ!! 逃げ惑う民衆に襲い掛かれ!!」


 分散して進む李迅配下の兵達は更に勢いを増して爆走し、疲弊著しい鐘鬼では追い越せそうになくなった。


 途端に、避難を急ぐ民衆の慌てふためき声が城の南側と東側に響き渡り、明確に向けられた殺意の塊が、逃げる者達の心に鬼を生む。

鬼は本能的な恐怖を駆り立てさせる存在となれば、保身の為に女子供すら押し飛ばして逃げようとする鬼畜の存在ともなり、せめて一矢報いて死んでやると自棄の覚悟を抱かせる存在にもなる。


 総じて言える事は、言動の秩序が消失したという事。キクズナがなけなしの兵を最終防衛線に回した為に、半ば暴動らしきものにまで発展している難民の群れを制御する者はおらず、獣界の如き無秩序を生み出してしまった。


「押し勝てぇぇ!! 一気に突破するぞぉぉ!!」


「く、くそぉっ!! なんとしてでも守れ! ここだけは死守だ!!」


 最も進んでいた敵の小隊が、キクズナ隊に衝突するという最悪の事態が起きた。

鐘鬼の先回りは失敗し、兵数が圧倒的に不足しているキクズナ隊は、今しがた交戦した敵小隊の足止めで精一杯の有り様。とても次の突撃を防ぐ余力はなかった。


 そして案の定、違う方角から廻り込んだ敵部隊が、阿鼻叫喚をあげて逃げ惑う難民の最後尾に切り込もうとした。


「行けぇ!! 李迅将軍の命だ! 嬲り殺しにしろぉぉーー!!」


「「「うわあああァァァァーーー!!?」」」


(クソッ……!! 間に合わん!!)


 数秒後に展開される惨禍を前に、鐘鬼は馬を使い潰した自分の先見のなさを恨む。醜態を晒したままの無力な自分を恨む。将軍とは名ばかりで、ただの荒武者に過ぎない自分を恨む。そして何より、口だけの無様な自分を恨まざるを得なかった。


 そして恨めば恨む程に、尊敬する于雲夏の偉大さが慰めとばかりに良くわかった。


「「「殺せぇぇぇっ!!」」」


「「「ひ――ヒィィィッ……!!」」」


「チッ……クソがァァァッ……!!」


 残り十数メートル。間に合わない事が確定した瞬間、皆が思い思いの声をあげた。


「殺せぇ――へっ?」


「抜刀術奥義! 武松地走り!!」


 だがその中に、一つだけ希望の聲が混ざっていた。


 疾風の如く李迅兵の前に飛び込むや、即座に腰を屈めて体勢を作り、魔力を全身に纏わせた状態で業物の太刀を抜刀。

凄まじい衝撃波を生み出して大地をめくり返し、一部隊を物理的に押し返した。


「「「ぐああぁぁぁーーー!!?」」」


 一転して李迅兵の悲鳴が木霊し、土に塗れた血肉が宙を舞う。

後続の兵達は一様に足を止め、敵も味方も一太刀多殺の独壇場に降り立った、華武者の姿に目を奪われた。


「藤原経清見参! 義により、大虎の牙 靖破殿に助太刀いたす!!」


 勇ましく名乗るや否や、経清は強弓より放たれた飛矢の如き勢いで突撃。

今しがた屠った部隊の後続に切り込み、洗練された容赦ない殺陣を見せつける。


 動作一つ一つがまるで流水のように滑らか且つ美しく、それでいて抵抗らしい抵抗をさせる間もなく切り捨てる様は、正に華武者の独壇場。時代劇よろしく、事前に示し合わせた上での切り合いと言われても、別段違和感を感じない程だ。


「あれは于雲夏上将の……! よく来てくれた!」


「于雲夏殿のおられぬ北鑑に大義なし!! 私は彼の遺された一族とともに、大義ある陽慶側に付くことにした!!」


「かたじけない! そちら側は任せてもよいか!? オレはこちらの敵を叩く!!」


「しかと! 迫る敵、我が刃で返してくれよう!」


 経清の参戦は戦の流れを決定づけた。彼女が別方向の敵を返り討ちにする間に、鐘鬼もキクズナ隊と交戦中の敵を背後から強襲。瞬く間に蹴散らすと、合流して最終防衛線の備えを固めた。


 数は依然として李迅軍が上なれど、魔人の質がそれを上回る。李迅は対応に迫られた。


「…………全軍に伝令! 乱戦を解き、直ちに後退する! 遅れるな!!」


 僅かな黙考こそあれど、形勢不利を悟った李迅に躊躇いはなかった。

名門の出ながら矜持に囚われない事が、于雲鮮をして名将と呼ばせる所以だろう。


「て、敵が退いていく…………やった……助かった……!!」


「おっ……おぉぉ! 靖破様万歳! 靖破様万歳っ!!」


 李迅軍の退却を見て、難民の群れは避難を忘れて歓声を上げる。

圧倒的兵力差と、城を埋め尽くす民を抱えた状態で始まった防衛戦。よもや大兵力を有する北鑑軍が退くなど、誰が予期しただろうか。民衆は靖破を “戦神” と呼び讃えた。


『これはうち等の勝ちだな! 敵も充分懲りただろ!』


「…………で、あればいいがな」


『……なんだよ、いつも以上の生返事だな。気になる事でもあるのか?』


 血の原にて人型に戻ったシュラが笑えば、靖破は曇り声で返事した。

シュラがそこに不穏なものを感じて聞き返せば、靖破はかつて武将だった頃の経験を混ぜて先の事を語る。


「物足りん。潮が引くように疾く、そして静かに下がっていった。あの軍は、退却戦に関してもよく訓練されている様だな。于雲鮮が言うように、手強い敵になりそうだ」


 追撃をした靖破は、幾つかの中・小隊を壊滅させた。

いや、幾つかの部隊で済まされたのだ。全力で得物を振るえる状態にありながら、最小限も最小限の被害で逃げられた。


 先のムラサキ本軍とはまるで違う。一方的に殺っているにも関わらず、巧みな用兵術を駆使する集団が一つの意思となって上手く躱している様な感覚だ。


「魔女よ、今戦った奴等の名前を覚えておけ。戻ったら祝覧に伝えるぞ」


『いや、名前ぐらいお前が覚えろよ。なんでうちが?』


 珍しく関心を抱いたかと思えば、なんともいい加減な靖破。シュラは両の手の平を上に向けて、小さく溜め息をついた。


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