義侠の意地
敗走した鐘鬼軍は、もはや “軍” と呼べるほどの状態ではなかった。
戦列離脱者の増大で隊伍は整わず、残兵も無傷の者はいない有り様。
鐘鬼の下で気概を示す者達だけが、城を出てすぐの最終防衛地点に集まっているような状況である。
「……鐘鬼将軍。被害はどうですか?」
「援軍の将……確か霊清殿と申されたな。先程は感謝いたす。お陰で首の皮一枚は繋がったようだ。……被害は甚大。まともに戦える者は二千もいないだろう」
「我々も半数がやられました。残った戦力は八百といったところかと」
「……援軍の将はもう一人いた筈だが……どうなされた? もしや先の激戦で……」
「弟の霊普であれば、不覚を取って治療中です。……利き腕も失った為、仮に助かっても武将としての活躍は望めないだろう……と」
「そのような事はこの鐘鬼がさせん! 先の戦いでもわかるように、貴殿ら兄弟は戦術理解に深く、用兵にも長けている。前線で得物を振るえなくなったからといって、武将の道を諦める必要はない。この危急を凌いだ後は、必ず此度の恩に報いさせてもらう!」
霊兄弟に助けてもらった鐘鬼は、自分に足りないものをよく理解した。
彼の真っ直ぐな瞳と、霊普を参謀として重宝したいという熱意は、弟の身を案じる霊清にとってとても有難いものだった。
「……感謝します。この絶望的な戦況にあって、鐘鬼将軍はまだ勝つ気でいるのですね」
「諦めが悪いのが取り柄だと思っている。最後まで足掻けば、必ず光明が差すだろう」
「わかりました。では微力ながら、我々も最後までお供しましょう」
「かたじけない。…………さぁ、やれるところまで踏ん張るとしよう!」
「……はいっ!」
小休憩を挟んで立ち上がった鐘鬼の視線先には、整然と足並みを揃えながら進軍する李迅軍一万五千の威容が広がっていた。
後方の萓乗城からは難民の悲鳴が木霊し、慌てふためき押し合いへし合いの惨禍が早くも展開される。
キクズナもなけなしの兵で避難誘導と最終防衛線の構築を大至急進めているが、圧倒的人員不足から間に合いそうになかった。
「将軍・李迅より、再度通告する。逃げる民衆を必要以上に殺める暇は無用。陽慶およびケト攻めに、邪魔な戦力として活きそうな敵主力を優先的に――」
ボロボロの鐘鬼・霊清隊を前に、僅かに足を止めた李迅軍。
かつての味方に対する情けとも思える数秒の後に、李迅は矛を向けた。
「殲滅せよっ!!」
号令直下、疲れを知らぬ李迅軍は、手柄の立て時とばかりに雪崩を打つ。
迎え討つ鐘鬼・霊清隊の先頭には、下馬した状態の鐘鬼がいる。先の撤退戦で馬を潰してしまった上、もうこれ以上退く必要はないのだ。
「うおおおぉぉぉっ!! 木端武者どもが、掛かってこい!! 義侠の賊徒・鐘鬼! 今も昔も、北鑑の不義に刃で応えてくれる!!」
先ずは敵の前衛部隊と激突。銃列や槍衾を敷く余裕がない鐘鬼・霊清隊は、真っ向から敵の重装兵と切り結んだ。
疲弊損耗の著しい二隊にとって、敵の気勢を削げないことは苦しいが、鐘鬼が最前衛に立つことで衝突の被害は大きく抑え込む。
「鐘鬼は無視しろ! その配下を狙え! 波状攻撃を仕掛けて空いた隙間に割って入れ!」
李迅は鐘鬼に兵力を集中させず、まんべんなく敵部隊を攻めるよう指示を出す。
これによって鐘鬼の負担は軽くなるかと思いきや、部下や味方を守るんとする彼の性格が災いして、寧ろ重くなった。
ただ迫りくる敵兵を切り返すだけではいられなくなり、周りの救援が必要になれば、その分だけ意識と労力が割かれる。
手数で翻弄しながら鐘鬼の体力を消耗させ、最終的には一般兵でも討ち取れるまで弱体化させる算段だ。
「鐘鬼将ぐ――ぐわぁっ!?」
「ぐそぉ……俺達も、ここまでなのか……!」
「将軍……お先に、逝きます…………」
敵勢の荒波を前に、一人、また一人と、鐘鬼・霊清隊の兵は討ち取られていく。
鐘鬼が如何に魔人であっても、手の届かない範囲の味方は助けきれなかった。
(弱気になる訳ではないが……本当にここまでか……! )
大乱戦の中でも全体の状況に目を配る霊清は、李迅軍の包囲が八割方完了した様子を見て半ば諦めた。ここから打てる挽回策はないと。
「うっ!? ぐぅぅ……! ……おのれっ!」
他所見とも言える隙を突かれ、霊清は脇腹に槍の一撃を受ける。
それでも彼は歯を食いしばって耐え、一撃を与えた北鑑兵に殺り返す。
「霊清殿っ! 大丈夫か――!? あがっ……!」
意識を散らした鐘鬼もまた、つられる形で刃を受ける。
魔人である彼の体は一般兵に比べれば遥かに頑丈だが、疲弊した体に加えられたダメージは、彼の動きを妨げる大きな要因となった。
「……鐘鬼将軍! 前衛の崩壊点は、とっくに超えています! ……中程まで下がりましょう!」
「オレは……下がれん! オレが下がれば、後ろはもっと苦しくなる! 下がるなら霊清殿だけでもいい! オレに遠慮はするな!」
「遠慮などと……将軍が退かねば、我等も退けぬではないか!」
「不甲斐ない将軍に義理立ては無用! オレは所詮、義侠の賊将だ。守られるような者ではない! 御身は無理を避け、命を大事にしろ! 下がって最後の備えを固めておくのだ!!」
「ここにきて無理を避けるなど、矛盾甚だしい話。……退けぬなら、先に言った通りお供するまで! おおぉっ!!」
切っては捨てて、切っては捨てて。長巻を振るう鐘鬼は荒武者の如く切りまくり、北鑑兵の鮮血の霧に包まれながら踏みとどまった。
霊清も鐘鬼の武勇に感じ入るものがあり、下策とわかりながらも最期まで付き合うと気概を示す。
彼等の周囲は味方よりも敵の方が多くなっており、今さっきまで戦っていた味方兵が目を離した隙に殺られ伏しているほど、絶望的な状況だった。
そして李迅は、そこまで攻めて尚、更に攻撃の手を増していく。
「……男気惜しいとは思うが、手心を加えるつもりはない。
――第三陣を繰り出せ! 第一陣の中央は左右に開き、敵の後方に蓋をしろ! 崩壊の時は近い! このまま一気呵成に攻め立てろ!!」
鐘鬼・霊清隊の損害のみが秒を追って増していく中、包囲殲滅を狙う李迅は無傷の新手を続投。第一・第二陣の迎撃に余力を出し尽くした鐘鬼を討ち取りに掛かった。
「はぁ……はぁ……! ふぅぅ…………来るか……!」
(……波状攻撃の恐ろしさはこれにあり。鐘鬼将軍とて……もはや抗えない……。私も、ここまでだな……。だが、霊一族の名に恥じぬ死に様だろう……)
李迅軍第一陣が左右に下がる間に、第二陣は隊伍を整え、次に控える第三陣は突撃の姿勢をとったまま着実に距離を詰める。
鐘鬼と霊清の目前から敵が消え、交戦状態が中断された時。その僅かな息継ぎの間に、鐘鬼と霊清ならびに、二人の傍に僅かに残った部下達は覚悟を決めた。
「とどめだ。……掛かれっ!!」
よく訓練された李迅配下の軍団は、将軍の指示を聞くや即座に突撃する。
まるで手足の如き反応の良さだ。鐘鬼は最後の相手にとって不足なしと思った。
「北鑑の木端武者ども!! 鐘鬼の最期をとくと見るがいい!! うおおぉぉ――」
『死するにはまだ早い。お前こそ休みながら見ていろ』
「「「 !!? 」」」
両軍の間合いが残り百メートルを切った辺りだろうか。
李迅軍と鐘鬼・霊清隊に等しく響く魔力聲が、確かに聞こえた。
ドオォォォンッ!!!
次の瞬間、李迅軍の最前列に死神が君臨した。
何処からともなく飛んで現れたそれが、凄まじい衝撃を大地に浸透させると、敵味方を問わず全員が仰天して視線を向ける。合戦が一時的に静止した瞬間だ。
「『魔力結合!!』」
「「「――がファッ……!?」」」
死神は着地の際に舞い上がった砂煙を吹き飛ばすように、蒼き魔力の巨大柱を顕現させるや、辺り一帯を灰燼に帰した。
周囲は一変してものが無くなり、後には蒼月の方天戟を握った靖破が仁王立つ。
「よく耐えた。後は任せて見ているといい。俺と魔女が、戦場を蹂躙する様をな……!」
「大将 靖破……いや、覇王ッ……!!」
大量の獲物を前にして、愉しそうに目をギラつかせる靖破。
北鑑軍からは死神に見え、鐘鬼達からは乱世を武力で征する “覇王” に映って見えた。
《情に厚く情で動く勇将 鐘鬼》
義賊から将軍になったという異例の経歴を持つ男性。31歳。髪は赤色でスラッとした長身を誇り、得物は長巻を扱う。
貧困にあえぐ故郷を救うために義賊となり、違法な搾取で贅を蓄える領主や貴族を標的にした。その為、将軍となった後も彼を毛嫌いする権力者は多い模様。
討伐に現れたフルバスディと于雲夏の連合軍に敗れた後、于雲夏に諭される形で北鑑軍に降伏する。フルバスディも、鐘鬼が北鑑王に矛を向けていた訳ではないとわかった途端、見所のある人物として見る目を変えたという。
平時は冷静な言動を見せるが、いざ事に挑めば情に厚い熱血漢となる。張侍曰く “背中を預けるに足る漢”。利害より好悪の感情を優先する性格で、部下や民衆への慈悲深さから、彼を慕う者達は多い。
張侍と共に大虎軍に寝返った後は、南部防衛線の一角を任された。
靖破については “民衆の味方” という認識を持っており、于雲夏ほどの人格者ではないにしろ、大将として仰ぐ価値のある人物だと見ている。




