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寄せも寄せたり大国の精鋭

防衛線東側 鐘鬼軍の戦場


 時は少しだけ遡り、靖破が于雲鮮の戦場に現れた頃。

バルチャー軍を相手に奮戦していた鐘鬼軍および于雲鮮の援軍部隊の側面に、突如として北鑑軍の新手が姿を見せたのだ。


「南から攻める大虎軍が友軍で、北の元北鑑軍が敵とは……何とも変わった戦だ。

――しかし! 我等はただ任務を遂行するのみ! 李迅軍一万五千!! これより参戦する!!」


 北鑑の名門・李氏に連なる李迅将軍は、海路を使って大虎國内に侵入。バルチャーが奪還して以降、彼の管轄地となっている青広(セイコウ)という地を経由して萓乗(ギジョウ)の東側に現れた。


「……寄せも寄せたり。大国の動員力とは馬鹿にならんね。多大な損害を出し続けて尚、まだ後詰が来るのか。……少しだけ同情するぞ、鐘鬼とやら」


 依然優勢なバルチャーは、仲の悪い北鑑正規軍が来援したと知るや、攻撃の手を緩めて自軍を後ろに下げた。

潰れ役を任され、漁夫の利を取られる事に多少の苛立ちを覚えたものの、彼は他人にそう感じさせないように悠々と身を引く。

その様は見る者によっては、不満に直結するものだった。


「……よろしいのですか、バルチャー将軍。これでは我が軍は、本当に北鑑の狗に成り下がったようで……」


「気持ちはわかるが、その敵意は抑えておくに越したことはない。今は下でに出て、北鑑軍を立ててやろう。……精々、良い夢を見ておくんだね」


 バルチャーを信じる彼の側近達は、上官が見せた李迅軍に対する流し目と最後の言葉に、考えあっての行動だと納得する。

ともかくバルチャー軍は、鐘鬼軍との戦闘を中断し、後を李迅軍にやらせる形で戦線を離脱した。お膳立てを受けた李迅も、とやかく言うつもりはなかった。


 一方、疲弊しきっている鐘鬼軍および于雲鮮の援軍部隊は、急遽現れた無傷の精鋭軍を前に、士気の大幅な低下を招いていた。

鐘鬼軍は数を五千まで減らしており、援軍に駆けつけた霊清・霊普隊二千も息を上げ始めた頃だ。ここに来て一万五千の新手と戦う余力は当然なかった。


「くっ……! “万能の李迅” か! 手強い奴が来た! 皆、急ぎ態勢を立て直せ!」


「悪いな鐘鬼殿。あなたに恨みはないが、我々は任務を遂行するのみだ。

――全軍、かつての味方に躊躇うな! 奴等は国を捨てた裏切り者だ! ……掛かれェッ!!」


 李迅の号令の下、広範囲に展開した彼の軍勢はドッ! と攻め寄せる。


 同じ世代を生きる将として、鐘鬼は李迅に詳しく、李迅もまた鐘鬼に一目置いていた。

それだけに鐘鬼は、自分の任された防衛線が十中八九崩壊すると予見できた。


「り、李迅軍! 大きく四手に別れて向かって来ます!」


「北東の方角に、敵の後備えが走っています! 我が軍の備えがありません! 鐘鬼様! このままでは退路を断たれます!」


「敵中央、我が軍右翼とぶつかりました!! 兵力が足りていません!!」


「敵左翼が廻り込んで来ます!? も、もうダメだぁ……!」


「諦めるんじゃない!! 持ちこたえろっ!!」


 動揺の渦に呑まれる鐘鬼軍に、鐘鬼の檄は響かなかった。

あっという間に距離を詰められた彼等は、開戦早々に各所で一斉に崩壊をきたす。李迅軍の餌食となって、一方的に討たれていく。


(まずい!! 本当にこのままでは……!!)


 崩壊する自軍を前に、鐘鬼の指揮は更に陰りを見せた。守備に適正がないのは、攻めの駒として活躍してきた彼の大きな弱点だった。


「兄者っ!」


「あぁ、行くぞ! 援護を続行する!」


 だが、于雲鮮の派遣した霊玄の長男・霊清と次男・霊普の部隊が、すかさず動く。

霊清は鐘鬼軍の側面を攻める敵に当たり、霊普は退路を断たんとする敵を阻止した。


「鐘鬼将軍! 今のうちに引かれよ! 萓乗城にはまだ、難民の群れがいる! ここでの全滅だけは避けねばならん!」


「援軍の方々……かたじけない。……皆、後退だ! 一度退くぞ!!」


 霊兄弟の作った僅かな隙を突いて、鐘鬼は兵を下げる。


「一点突破だ!! 敵陣に風穴を開ける!! 皆、遅れずに続け!!」


 守りは苦手でも、攻撃は得意な鐘鬼軍。指揮を捨てた鐘鬼が先頭を駆け、半ば自棄に似た突撃を以て、強引に敵の包囲を突破する。


 結果、五千だった軍は二千弱まで減ったものの、辛うじて戦える戦力は残った。

しかしこの撤退戦で、霊兄弟の兵も半数が死傷。弟の霊普は重傷を負って戦線離脱を余儀なくされた。


 後に残ったのは、微々たる被害で勝利した李迅軍。彼等は逃げる鐘鬼軍を追って、萓乗城へ迫るつもりだった。


「やりましたな李迅将軍。敵の防衛線は崩れ、もはや難民の盾となる敵はおりません。このまま一気に城を攻め落としましょう」


「…………確かにそうだが、民衆を虐殺する意味はない。適当に追い立てて搔き乱しておく方が、我等には有利な状況が生まれる。

――それよりも敵の兵士を徹底的に討ち果たせ! 再起不能な鐘鬼軍には更に打撃を与え、救援に現れる部隊も余さず蹴散らすのだ! 我等が陽慶陥落の一因を作るぞ!!」


「「「オオオオオォォォーーー!!!」」」


 李迅の号令の下、北鑑軍は再度進軍を始めた。


 そして鐘鬼軍敗走の報せは、霊清を介して于雲鮮本陣を預かる于雲蓋に知らされる。

于雲蓋は後退の準備を始めるとともに、直ちに狼煙を上げ、それがムラサキ本軍を追撃していた靖破達に知れるのだ。


「……李迅軍の参戦はかなりキツイですね。存在が手強ければ兵の数も多い」


『お前がそう言うほど、そいつは出来る奴なのか?』


「私は李氏にあって、名将らしい名将は彼だけだと見ています」


「……俺を追い詰めた李嶷も、名将という話だったぞ」


「李嶷と牙殿がどのような状況で戦ったか詳しく知りませんが……李嶷は所詮、牙殿が万全で挑めば語るに足らぬ将です。本家の出自という事もあって優れた部下と兵団、それと出番に恵まれていたに過ぎませんよ」


 名門出身者同士、于雲鮮は李嶷の化けの皮を知っていた。

実際に李嶷が陽慶一番乗りを果たしたのも、激戦は他の部隊に任せて、自分は最後まで戦力を温存していたから、という見方が囁かれてもいた。


 だが、今回参戦した李迅という男は、分家でありながら李氏本家の将に勝る才能を有する人物という噂。否、噂ではないと、于雲鮮は断言する。


「……そうか。では月と草亀ほどに違うという李迅に対し、俺達は何をすればよい」


「まずは鐘鬼軍の下がった位置まで、戦線を下げます。既に張侍殿には蓋叔父さんが指示を出してくれましたし、我々もまたすぐに動けます。……おそらく鐘鬼軍は、萓乗城の目と鼻の先まで後退した筈。まだ難民の多くが取り残されている現状、これより後ろには引けません」


「望むところだ。もとより背を向ける趣味はない。それと、城の前に敵も味方も全軍集えば、寧ろ殺りやすいというものだ」


「とても心強いお言葉です。……して牙殿。大将である貴方に、この様な依頼は間違っていると思いますが、我々は兵力の大半を萓九城に向けねばなりません。したがって鐘鬼軍の救援は……」


「遠慮はいらん。李迅軍を蹴散らせば済む話だろう? 行くぞ、魔女よ」


『……鮮坊だっけ? 一つ、貸しだからな。魔女の利子は高ぇから覚悟しとけよ』


「李氏撃退の利子ですね。わかっていますよ」


「『………………笑った方がいいか?』」


「……すみません……。どうか宜しくお願いします」


 色々ヤバイとか何とか言いながら、なんか余裕そうな于雲鮮。

靖破は彼がまだ、実力の全てを出し切っていないのだと、解釈するに留めてやった。


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