引き上手こそ名将の証なり
「全員、臆するな!! 我等が敵を防ぎ、ムラサキ様が態勢を立て直す時を作るのだ!! 一歩も下がってはならんぞ!!」
「た、隊長……そうは言っても、俺達にあれが止められるのですか!?」
後退するムラサキ本軍を守る為、十五番目の殿部隊が配置に着いた。
隊長は恐怖に震える部下に向けて檄を飛ばすものの、彼の下で武器を構える重装兵達は、前方の惨劇を前にして足を竦ませる。
「イィネェェェェーーーーー!!! 刈りの如く! 圧倒的抵抗の無さで余さずイネェェ!!」
「ぎぃあぁっ!?」「ぐぼっ……!?」「がぁっ!?」「おっ母ぁ――ギャァ!?」
「イネ! イネ! イネ! イネ! イネッ! イネェ! イネー! イネッ! イネェェェェーーーー!!! ワーハッハッハッハァーーー!! だらしがないぞ北鑑兵ども!! その程度の死に様かぁ!!?」
『…………ガンギマってやがんぞ。おっさん、大丈夫か?』
追撃を仕掛ける于雲鮮・霊玄隊は、十四番目の殿部隊を蹂躙していた。
否、“于雲鮮・霊玄隊” がというより、その先頭を切り進む霊玄と靖破だ。
特に霊玄に関しては、北鑑兵に憐れみを抱くほど苛烈・激烈・無情・無双な暴れぶり。
血に酔った彼の姿を、靖破の後ろに乗っているシュラは薬をキメていると見た。甥の于雲鮮もまた、初めて見る叔父さんの気迫に引いている。
「魔女よ、つまらん事を言うな。……霊玄とやら、いいぞ、もっとだ。もっと殺るがいい。報復の鐘は鳴った。耐える時は終わりを告げ、殺戮の朝日は上ったまま傾かぬ。今が正に殺り刻だ」
「話がわかるな大虎の牙とやら!! その通りだ!! 今は討ち刻! 勝ち刻!! 殺り刻ィッ!!! こういう刻に殺り尽くさねば敵に失礼となろう!! 死にゆく者には派手な死に様をッ!! 勝ちゆく戦士達には栄えある勝利をだ!! ワァーーハッハッハッハーー!!」
壊れ具合が気に入ったとばかりに、靖破は霊玄の荒武者ぶりを助長させる。
おかげでシュラや于雲鮮が先頭を駆ける必要はなく、恐慌状態に陥った十四番目の殿部隊は潰走を始め、逃げまどう途中で細切れに処されていく。
『……っても煩いのは勘弁なんだよなぁ。強いのは良いが、もう少し抑えてくれ。ほら、蜜柑味の鎮静剤やるから、これ食って少し血の気下げろ』
「……鎮静剤の差し入れとは世にも珍しき話だ。……ふむ、隊列もだいぶ間延びしてきた。ここらで一旦落ち着くのも悪くないかもしれん。ではありがたくパクっと……
――死ねええェェェェーーーーー!!! 肥溜め産まれの北鑑兵どもォォォーーーーー!!! 皆殺し祭りの血祭りだァァァーーーー!!!」
『なんで悪化してんだよ!? 魔物でも数分は穏やかになるんだぞソレ!?』
「……魔女も馬鹿な事をした。虎の餌に草を差し出せば、飢えようが飢えてなかろうが激昂するに決まっているだろう」
『はぁ!? なんでうちが馬鹿扱いされんだよ! 訳わかんねぇよ!? ……もう好きにしろっ!』
「フッ……言われずとも好きに殺るさ。ハァァッ……!!」
シュラの差し入れが、良くも悪くも事態を悪化させた。
十四番隊の崩壊は更に加速し、彼等は熱湯を浴びた氷のように容易く全滅した。
その様子を後方から眺めていた十五番目の殿部隊は、ムラサキ軍の最前線になった自分達の討死は間違いないと理解。刃を交える前に恐慌状態となる。
「た、隊長……どうするんですか!? 俺達……ここで死ぬんじゃないですか!?」
「なんだよ……城を出る時の話と全然違うじゃねぇか……! なんで攻める側の俺達が、こんなに押されまくってんだよ!」
「あ、あ、あんな……出鱈目に強い奴等と……どうやって戦えばいいんだ!?」
「か、勝てる訳がねぇよ……! 今すぐ逃げ――」
「ワッハハハハァァァーーー!!! 一兵残らず皆殺しだァァァーーー!!!」
「「「ぎゃああぁァァーーーー!!?」」」
ドーピングした霊玄は靖破より前に出た。
すこぶる絶好調な彼は✕字状に得物を振り上げ、クロスカタナの斬撃刃を射出。殿部隊の重装陣形を一撃で突き崩し、大手を広げながら堂々と敵中を駆け抜ける。
「今だ! 敵を蹴散らせっ!!」
「「「オオオォォッ!!」」」
斬撃刃は殿部隊の隊長を切り伏して尚、止まることはなく、かの部隊を貫通した。
そこへ于雲鮮と部下の兵士達が切り込むや、瓦解した敵陣を更に蹂躙し、手柄の立て時とばかりに刃を振りかざす。
北鑑兵は瞬く間に朱に染まり、殿の任を果たす間もなく壊滅した。
「――!! 見えたぞ鮮坊! ムラサキの本軍だ!! まだ態勢を立て直しておらん!!」
(…………いや、やめたほうが良い!)
開けた盆地に布陣するムラサキ本軍を捉えた時、于雲鮮は突撃に二の足を踏んだ。
確かに敵軍の態勢は万全ではなく、此方には靖破やシュラといった規格外戦力が居るものの、それでも于雲鮮・霊玄隊千五百に対して、ムラサキ本軍は数を減らせど未だに八千ほどが残っていた。
小隊の殿を幾つも突破するのとは訳が違い、正面切って噛み合えば、無傷に近い状態のムラサキ本隊との死闘で此方側の戦力も大きく削られる。
(この戦場における第一目的は時間稼ぎだ。それは充分に果たせられた。そうであればここは俺達も一度下がり、以降の長期戦に備えて力を温存しておくべきだろう)
「……? どうした鮮坊。攻めぬのか?」
「……牙殿。勢いを殺すようで申し訳ないのですが、ここは一旦戻りましょう。全体で見れば戦はまだ始まったばかり。敵の連合軍に比べれば、なけなしの兵で戦うしかない我々は無理をしない方が良いのです」
「臆する事はないぞ、于雲鮮。俺と魔女が戦列を切り崩し、主力を張る将校を先んじて討つ。お前達はそれからゆっくり続けばよい。兵力の損耗を嫌うなら、攻撃姿勢を見せて牽制するだけでも構わん。どうやろうが、目前の敵を討つことは可能だ」
「その言葉は実に頼もしく思います。ですが、敵は目前だけではありません。不測の事態に備えて兵の体力を温存する事もまた、戦かと思います」
「うぅむ……確かに鮮坊の言う通りかもしれんぞ。うっすらとだが、左の鐘鬼軍の戦場が気になる。我等のように反転攻勢に出られる訳がないからな。最悪、こちらの余力を送ってやる必要があるかもしれん」
漸く鎮静剤が効きだしたのか、冷静を取り戻した霊玄も甥の考えに賛同する。
ついさっきまで仇敵討伐に息巻いていた様子はどこにも感じられず、名指揮官に相応しい思考を働かせていた。
「……あっ!? 于雲鮮様! 狼煙です! 後方の于雲蓋様から煙弾が打ち上がっております!」
「叔父さんから! ……あの色は即時撤退を知らせる狼煙。本陣に異変が?」
「もしくは左右後方の何処かが、敵に抜かれたかだ。大将・靖破殿。惜しい気はするが、ここらが引き際だろう」
「……よかろう。殿は俺が務める。お前達は先に戻るといい」
「牙殿、かたじけない! それではまた後ほど! ……皆は一度下がるぞ! 遅れるな!」
于雲鮮と霊玄は迅速かつ無駄のない動きで後退する。
方や靖破とシュラは、戦場に残ってムラサキ軍に睨みを利かせた。
『…………ロキの言う通りな。あの于雲鮮ってやつ、中々に優秀じゃんか。普通は高まった士気のまま突撃するんだろ?』
「あぁ、純粋な大虎軍なら迷わず突撃する。仮に後方で変事が起きたとしても、前の敵を喰らった後の餌場が増えたという認識で押し通す筈だ。……祝覧ともども、用兵家たる所以は伊達ではないという事か」
士気が高まっている分、将兵は自らの疲労に気付いていなかった。
そこに気を配れる于雲鮮は流石と言えるし、戦略的撤退に迷いがないのも見事だった。
そしてタイミング良く上げられた狼煙は、不測の事態を報せるもので間違いない。
霊玄の流れで突撃していたら、今みたいに軽やかな反転はできなかっただろうと、靖破は理解する。軍法戦術に疎いシュラも、そこはなんとなくわかった。
『おっさんが評価してるのも、まぁ頷ける話だな。あんな芸当を素でやれる奴もそう居ないだろ。かつての味方に躊躇いがないのも良い。少しは見直してやるか』
「……リナムや祝覧の役に立つなら何だって構わん」
于雲鮮と彼の一族に対する認識を改める必要がある。
シュラと靖破は雑談片手に、八千のムラサキ本隊をこの場に釘付けにした。
《賢兄の陰に埋もれし名将 于雲蓋》
于雲夏四兄弟の次男。于雲夏軍の副将を務めていた。63歳。
兄・于雲夏が大きな名声を持つ為、その陰に隠れる形で実力に見合った評価を得られにくかった人物。
長らく縁の下の力持ちとして非凡な才覚を発揮し、于雲夏不在の時は大将代理として手柄を立てるなど、実力は于雲夏に引けを取らない。
わかり易い表現をすれば、于雲夏が校長で、于雲蓋は教頭。于雲夏が外部にあって一族の影響力を高めるなら、于雲蓋は内部にあって家を発展させる。
妻と二人の息子(于雲禄、于雲謙)、三人の孫を持つ。
于雲一族に総じて言える優秀さは、于雲夏の影響も然ることながら、于雲蓋の教育の賜物であると言っても過言ではない。




