ヤバい奴がいつの間にか亡命していた
南部防衛線 張侍軍の戦場にて
中央于雲鮮軍からの援軍を得ても、兵力差は依然として開いたままの張侍軍。
そんな彼等の下には、陽慶から靖破とシュラが駆け付けていた。
「ハアァッ……!」『ワチャアァァーー!!』
「ぐわあぁっ……!?」「ば、化物だぁーー!?」「逃げるな! 戦――ボァァッ……!?」
二人の強さは鬼神も驚くばかり。劣勢配置の難所に降り立つや、北鑑軍の将校・兵卒をまとめて蹂躙し、瞬く間に形勢を逆転してしまった。
「おぉーーい、靖破の大将ーー!! 来てくれたんかーー!! なんだかんだ言っても俺の事好きなんだなーー!!」
「殺すぞ(皆に聴こえる魔力聲)」
『ぶっ飛ばすぞ暇潰ゥ!!』
「エエエエェェーー!? 助けに来たの殺しに来たのどっち!!?」
于雲鮮以上に全体の状況把握に努めているリナムから、張侍軍の援護を頼まれなければ、靖破とて駆けつけてはいない。
馴れ合う謂れはなく、一方的に寄せられる好感度の高まりは無駄に鬱陶しく思えた。
「……まっ、それでも二人のお陰で敵を押し返せた事は確かだ。本気の感謝は間違いねぇや!」
「……つまらん礼など不要だ。それより、かなり数を減らされた様だな」
ようやく落ち着いた状況下で張侍軍を改めて見れば、その勢力は半減していた。
これは軍の被害基準からすれば “壊滅” といっても差し支えない状態だ。
「…………面目丸潰れだぜ。元々俺を慕って付いて来た連中は残ってんだが、それ以外の仕方なく帰順した奴等はみんな逃げたらしい。でも、責めないでやってくれ。あいつ等の選択も間違ってはいないんだ」
「逃げた臆病者など放っておけ。最期まで戦う意志を捨てない者だけが本当の戦士だ。そういう者にのみ、俺は力を貸してやる。……別に構わんだろ、魔女よ?」
『……まぁ、そこはお前の好きにすればいい。男らしくて良いんじゃないか?』
人の姿勢に応える靖破個人の戦い方は、かつて武人だった頃の名残りと言えた。
好悪感情を取り除いたものに、シュラも別段角を立てる事はしない。
彼女はただ、一方的な蹂躙があった場所で小枝の様に立ち、髪を触って返り血を払いながら微笑を浮かべるのみ。
「……さて、民の避難まで今少し時が要る。お前はここに残り、敵の進撃に備えておけ。俺と魔女は次の戦場へ向かう」
「おおさぁ! 隣の于雲鮮は俺の所に援軍を送って兵力に乏しい筈。宜しく頼んます!」
「……お前に頼まれるまでもないが、その威勢の良さだけは受け取っておく。
――行くぞ、魔女よ。次は一人で気負いすぎるという于雲鮮だ」
『少しは骨のある奴がいるといいんだけどな!』
靖破とシュラは休む間もなく駆け出した。魔力を用いた疾走を以てすれば、隣の戦場にあっという間に着くというのが便利な話だ。
尚、速度や移動法に関しては魔人ごとに異なり、魔人の魔力規模がどれほど高いかによって変わってくる。張侍や鐘鬼達と、靖破およびシュラでは天と地ほど離れていた。
防衛線中央 于雲鮮の戦場
靖破が張侍軍の危機を救った頃。于雲鮮軍は六千の兵力で、三倍以上のムラサキ本軍と互角以上に渡り合っていた。
「ワッハハハハーー!! 者共、切り進めェェーー!! 友達のいない哀れで悲しいムラサキに、我等を敵に回した事を後悔させてやれェェ!!」
「玄叔父さん! 出過ぎです! 自重してください!! 守る側だと忘れたのですか!?」
「抜かせ鮮坊! この霊玄を左に置いた即ち、左から戦局を動かせという意味だろう!!
――そーれ討て討てェ!! そこ行く貴様もそこの二人もついでにそっちの三人もまとめてイねェェーー!!」
左翼を預かる四男・霊玄の獅子奮迅ぶりは、一際異彩を放っていた。
血走った目で広範囲を視認し、狂気を感じる言動と共に着実に切り進む。
「おし、この辺で進路を変えるぞ! すれば鮮坊の次の手が楽になる! お主は邪魔だ今すぐイねぇい!! 醜男に似合わぬ綺麗な肉の断面を魅せながらイぬが良いわ!! ワハハハハ!!」
だが、狂戦士かと思えばそうではなく、確かな戦術眼を持ち合わせて “危険な場所” と “攻め処” の区別をしかと付けながら戦っているのだ。
それは名将と猛将と狂将を合わせたようで、敵からすれば質が悪かった。
「細切れだ!! ホホイ! ホイホイッ!! あっちもこっちもみんな敵! みんなまとめてイぬが良い!! ワッハハハハーー!!」
彼の得物もまた一風変わっている。左手に持つ物は、柄の短い三尖刀。右手に持つ物は、これまた柄の短い矛だが、刃先に尖った部分が一切なく、円形の刃となっている。
最もわかり易く言えば、フォークとスプーンみたいだった。
それを巧みに使った高速縦斬りを披露し、北鑑兵達を垂直方向の十枚おろしにする。于雲夏兄弟の中で唯一の魔人である彼は、その戦い方は兄達と一線を画していたのだ。
「…………なんだ、あの男。南方の霊氏に霊玄ありとは聞いていたが、まさかあれほど見境なく殺るとは……。そして何より、あの一族とは思えんぐらいに狂っている」
北鑑北面軍に所属するムラサキは、南面軍にいた霊玄について詳しくなかった。
かの狂将とも名将とも言える存在は、ムラサキにとっては大きな誤算であり、経清を欠いた于雲一族にとっては最大最後の武力だった。
(……いざ戦端を切れば、圧倒的兵力差で押し潰せると思っていた。しかし蓋を開けてみれば敵の中央と右翼は揺らがず、左翼と本陣を率いる魔人二人によって、こちらの端が崩されている。フルバスディ……いや、姜純か? なぜ于雲一族を見殺しにするなら確実に攻め殺さなかったのだ。おかげで我が兵達が想定以上に討たれているではないか)
「……一度全部隊を下がらせろ。陣形を改める。追撃の心配は無用。立場と兵力差を理解している于雲鮮ならば追撃せぬ筈……む?」
戦術の変更を余儀なくされたムラサキが、心の中で舌打ちする。
そして全軍に指示を出す最中、彼は西の方角に禍々しい気配を感じて目を向けた。
「ほぅ……存外優勢ではないか。北鑑も愚かだな。あれ程できる集団を自ら捨てたとは」
『あのオッサンおもしれぇな! めっちゃ目立ってるぞ。……けどあんなオッサン居たか?』
この一瞬の登場を予期して大昔に形成されたかと思う崖上に、隣の戦場から駆けつけた靖破とシュラが君臨していた。
殺気がみなぎり、大侵攻を前にして血沸き肉踊っていた。
「……敵の中に強者は見当たらん。数だけ揃えた羊の群れだ」
『ならしゃーない。代わりに今いる奴等を――』
「『皆殺しだ!!』」
狙いを定めるや、北鑑軍にとっての死神は崖を飛び降りた。
疾撃無双の風の刃となりてムラサキ軍左翼に切り込み、変わらぬ蹂躙を示しながら二万の軍中を横断する。
その様を上空より眺めて見れば「鮮血に浸した筆で、紙の上に線を引くが如し」。
とにかく抵抗らしい抵抗がないまま、靖破とシュラは于雲鮮と合流した。
「牙殿!? なんと大胆不敵な……! いやそれよりも、私ごときの為に来てくだされたのか!?」
「“馴れ合い” と “助け合い” は違う。俺の下で気概を示す者を、俺は見捨てん」
「牙殿ッ……!!」
「いま相対している敵将は、お前達にとって報復の対象らしいな。
――大軍を相手に戦う意志を捨てなかった褒美だ。俺と魔女の武力を使わせてやる。存分に指揮して、俺に奴等を皆殺させろ」
「有難きお言葉!! では、まずは馬を! 俺と一緒に敵中央に切り込んでいただきたい!!」
于雲鮮、霊玄、靖破、シュラ。四人の魔人が左翼に集まった今、戦局を大きく動かす事は容易だった。
于雲鮮は靖破とシュラの規格外な武力を用いて、ムラサキ軍の中央を分断せんとする。
方やムラサキも、靖破の登場から時僅かにして、最悪の状況を理解した。
彼は迷うことなく全軍に撤退命令を出し、多少不様でも急いで兵を引かせる。
「……追うぞ。徹底的に殲滅する」
「了解です! 玄叔父さんも半分の兵を伴って続いて下さい! 蓋叔父さんと芳叔父さんは、備えの再構築をお願いします!」
「ワハハハハ! 面白うなってきたわ!! 今度は我らがムラサキめを追い立てる番か! 気合い入れてイテコマシに行くぞ!!」
靖破を最先頭にして、于雲鮮・霊玄隊千五百名は追撃に移る。
兵数は依然としてムラサキ軍が圧倒的優位であるものの、士気は于雲鮮軍が完全に上回り、一度陣形を突き崩せば数の差など関係ない。
結果として、ムラサキ本軍は熾烈な反撃を受け、甚大な被害を出すことになった。
《于雲一族の賢狂兼者 霊玄》
于雲夏四兄弟の末子。28歳の頃、世継ぎに恵まれなかった霊氏に請われる形で養子となり、以降は “霊玄” を名乗る。
現在59歳。妻と三人の息子達(霊清、霊普、霊羲)に加え、四人の孫を持つ。
霊氏当主として北鑑南方に領地を持つ為、兄・于雲夏の葬儀には間に合わなかった。それが為に文血派の攻撃には曝されなかったものの、身の危険を案じた同僚達の手引きで、比較的安全に大虎へ亡命する。故に霊玄一家は遅れて于雲鮮と合流した。
かなり好戦的な性格をしており、日常会話も物騒で知られるが、その言動に反して領主たる度量は群を抜いている。
于雲一族の名に恥じぬ辣腕で領地を発展させ、没落の一途を辿っていた霊氏を隣国にまで鳴り響かせたのだ。惜しむらくはそういった内政面での活躍が戦場における槍働きを上回っているせいで、彼の武将としての知名度を陰らせていることだろう。




