リナムの実戦指揮
リナムとキクズナは、敵の進軍ルートに重なる地域の民を避難させるべく動いていた。
ここで将軍達に見劣りしない活躍を見せるのがリナムである。
彼女は陽慶に入った当初より、不測の事態に備えて予め用意していた。故に緊急避難勧告を出すや、陽慶の民衆・官史・物資の全てが速やかにケトへ避難したのだ。
そしてリナム本人は二百の護衛兵と共に陽慶に残り、各方面に展開する味方同士を繋ぐ司令塔となる。
一方、萓九・萓乗を任されているキクズナだが、彼は難民の避難誘導に大きく手間取っていた。
リナムと違って武人である彼は、民を守る事は得意でも、リナムのように手際よく支援する才能には劣っていたのだ。
「副長。第一団の難民護衛隊が出発しました。次の指示をお願いします」
「ようやく出られたか。……萓九方面はどうなっている? 向こうも民の混乱が激しいと聞いているが……」
「はい。城内・城外を問わず、民の動揺ぶりに避難誘導が後手に回っているそうです。先程入った報告では、ようやく郊外の各街が避難に向けて動き出したとの事」
「……そうか。かなり遅れているが、大丈夫だろうか」
リナムが整えてくれた環境を上手く活用できない自分に、不甲斐なさを感じるキクズナ。
彼はただただ、北鑑軍の到着までに民の避難が完了するかどうかを心配した。
「副長! 第二団の護衛部隊ですが、難民の規模に数が合っていないそうです! これでは何かあった時に対応できないと!」
「!! わかった! 俺が直接指揮を執ろう。
――悪いがここは任せる。他の部隊も民の準備ができ次第すぐに出発させてくれ」
難民の数の把握に失敗し、あてがう兵力を見誤ってしまった。
キクズナは急ぎ駆けつけ、自分の機動部隊を当てて補填する。気ばかり焦っていた彼は、立場を忘れて重要な現場を離れてしまったのだ。
そうしている内にも、先発の第一団は萓乗の北東部あたりまで来ていた。
しかし、ここに来て難民の群れとそれを先導する護衛部隊は、予期せぬ敵と遭遇する。
「えっ……!? どういう事だ。あれはバルチャー将軍の軍勢ではないか」
「道を遮っているぞ!? まさか……我々を襲う気ではあるまいな!?」
北鑑軍将軍ムラサキの指示に応え、バルチャーの派遣した楊輝が一万の兵力でもって街道を占拠していた。
護衛部隊や大勢の難民達に、忽ち衝撃と動揺が走る。
キクズナが避難を最優先に指揮した為、護衛部隊や民衆は、バルチャーの軍勢が敵の連合軍についた事までは知らなかったのだ。
「ヒィィっ!? たくさんの兵隊が待ち構えている!? こ、殺されるぞ!?」
「だめだぁ! こっちに逃げてもだめだ! 陽慶に向かって逃げろぉぉ!!」
「きゃあぁっ!? まって! 私の子供が何処かに置いてかれて!!」
「落ち着くんだ! 我々が必ず守るから、まずは落ち着いて――う、うわあぁっ!?」
味方だと思っていた強軍に逃げ道を塞がれたという事実は、難民の群れを一気に恐慌状態に陥れた。護衛部隊にも、それを鎮められる兵数と指揮能力はない。
第一団は楊輝の軍を前にして、蜘蛛の子を散らすように瓦解した。唯一の救いは、楊輝の軍に攻撃の意思がなかった事だろう。
「…………居た堪れないな。同じ國の民に、本来守るべき我等が恐怖を与えるなんて」
「……仕方ありません楊輝様。すべては國を売った国王のせいです。我々は任務を果たし、民の犠牲を最小限に済ます選択をとるしかないのです」
「……そうだな。せめて逃げ遅れた者達は保護してやれ。あの慌てぶりでは多くの者が取り残されてしまうだろう。そんな者達まで見捨てる必要はない筈だ」
楊輝軍は追撃の代わりに、自力で逃げられなかった者達を保護する。
楊輝の独断ではあるものの、彼の側近達に異論はなく、追って報告を受けたバルチャーも大きく頷いて見せた。
第一団の崩壊と楊輝軍の先回りは、敗走した護衛兵を通して、萓乗城に設けられたキクズナ隊の仮本陣に伝えられた。そこからかなり遅れて、キクズナ本人にも伝わる。
しかし仮の本陣でも一旦離れてしまったからには、キクズナでは対処のしようがなかった。指揮官不在の現場は更に騒然とし、行き場を失った難民の大群が萓乗城の周囲に溢れかえる。
代わって対応したのは、仮本陣とほぼ同時に別の伝令から報告を受けたリナムである。
彼女はケトから独自の伝令部隊を連れてきており、それを広域に飛ばす事で、将軍達の報告とは別の情報網で各地の状況把握に努めていた。
「丘霜城への避難は中止です! 避難先を一度陽慶に変更します! キクズナには「北鑑軍が丘霜方面に現れる前に、すべての民を陽慶に入れるよう」に伝えてください! 「細かな指示は私が出すので、まずは民を全力で落ち着かせつつ、護衛に専念するよう」にとも。
――他の皆様にも同じように伝えてください。特に陽慶の難民を先導しているバラガス将軍には急ぎ、ケトと陽慶を繋ぐ道の守りを固めるように頼んでください! ケトの近くまでいけば、後は兄様が受け入れてくれる筈です。護衛部隊をそのまま守備隊に回して、退路を確保してもらうように!」
頭の中で非常事態を繰り返しシュミレーションしていたリナムの判断は早かった。
バラガスも彼女の指示には素直に従い、陽慶の難民をケトの守備隊に引き継ぐや否や、疲れを無視して新たな現場に駆けつける。
「リナムお嬢様! 于雲鮮将軍から火急の報せです! 北鑑軍の先陣およびバルチャー将軍の軍勢が来襲し、当方の守備軍と激突した模様! 敵方はおよそ六万。お味方は三万です!」
一難去ってまた一難とは正にこれ。戦事を苦手とするリナムは平静を装いつつも、唇を噛んで体を強張らせる。
戦場における数の不利は、彼女では対処のしようがなかったのだ。
「……差し当たって危機的状況にある場所は、萓九と萓乗の南部防衛線か。
――魔女よ、出るぞ。北鑑の蛆虫どもを蹴散らし、民が逃げる時間を稼ぐ」
味方の苦境を前にして、一騎当千の大将と魔女が出撃を決める。
最初から出なかったのは、祝覧と于雲鮮がもしもの場合に備えて、二人を最終兵器すなわち予備隊にしていたからだ。
それにもう一点付け足すなら、シュラがリナムの安全を優先したからでもある。
『……その前にリナム。ちょっといいか?』
「シュラ様、どうかされましたか? ……え? きゃ、きゃあぁあっ!?」
リナムの背後から抱きついたシュラが、靖破や護衛兵達に背を向けるようにくるっと回るや、服の中に手を入れてリナムの体を弄くり始める。
「あっ、ちょ……ちょっと!? シュラ様、何を……!?」
『おい、お前ら。一旦外出てろ。靖破は耳塞いどけ』
「…………何をしている。乳繰っている場合ではなかろうが」
『黙ってろ唐変木。いいからそいつ等をさっさと追い出せ』
「……だ、そうだ。暫く席を外せ」
「「「えぇぇ〜〜~。そんな殺生なぁぁ〜〜〜」」」
身を捩ってシュラの責めから抜け出そうとするリナムを他所に、靖破は言われるがままに護衛兵達を退出させる。皆が揃って残念そうな顔を浮かべていた。
「シュラ様……本当に、今は遊んでいる場合では――ぅんっ!!?」
拘束するようにまさぐっていたシュラの両手が、靖破以外の者が居なくなった途端に狙いを変えた。左手はおへそに、右手は股の間に入る。
いつもと若干違う流れだと思いつつも、リナムはやり慣れたシュラの手技を前に、いつも通りビクッ! ビクン! と小さな痙攣に身を震わせた。
高潮するリナムに可愛げを覚えつつ、シュラは彼女の耳元で重要な話を囁く。
『……不安にさせまいと黙ってたが、リナムの体を狙ってる奴等がいる。一応、軽くだが城内は掃除しといた。今のところ変な奴はいない。でも、うち等が出てる間にまた入り込む可能性もあるからさ、念の為にうちの魔力をリナムの体に挿れておく。何かあった時は、それが結界になってお前を守るし、遠くにいるうちにも異変がわかる。だから少しの間だけ、良い子で我慢しろ』
「っうぅ……わかり……ました。お願いします」
そういう事か……と、靖破もリナムも理解した。理解して、それなら人目のない所でやれとも思った。
「っ……ふぅ、ふぅ……。……おわりましたか?」
『あぁ、もういいぞ。お疲れさん』
体に熱いものが注ぎ込まれた感覚を覚え、リナムは得も言えない表情を浮かべた。
後顧の憂いに備え、かつ性欲を満たせたシュラもまた、妖艶な笑みを浮かべる。
「…………いつまで玩具にしている。満足したなら行くぞ」
置いてきぼりを喰らう靖破が、急かすように冷めた言葉をかける。言動こそいつも通りだが、何処となく苛立つ風を吹かせていた。
『なんだ靖破、妬いてるのか? 先に言っとくがリナムはうちのもんだ。お前は変わらず報復する事だけを考えてろ』
「言われずとも理解している。いいから行くぞ」
『はいはい。んじゃリナム、サクッと殺ってくるわ』
「……はい。くれぐれもお気をつけて」
シュラによって乱された衣服を整えたリナムは、未だに赤面している状態で小さく頷き、靖破とシュラを見送った。




