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バルチャーとヒタチの出方

 靖破軍が各方面の対応に分散している頃。バルチャーの居城たる眞城では、北鑑軍の先陣が我が物顔で入城していた。


「……そなたがこの城の城主だな。早速そなたの手勢を二手に分け、我が軍の補給と陽慶の退路遮断に動いてもらいたい」


「…………眞城主バルチャーと申す。早速を早速で返して心苦しいが、貴殿等の要求はお受けしかねる。私は大虎王家に仕える武将なれば、なんで主君でもない貴殿の指示に従う必要があろうか」


「この度の連合に際して、我々はその大虎王虎忙より、そなた等の指揮権を預かっている。これが命令書だ。大虎王家の国璽もしかと押されている。即ち我が命は大虎王家の命令と心得、謹んで受けられよ」


「“将たる者、外にありては君命に従わぬところあり” という。大虎王家を思えばこそ、北鑑の狗に成り下がるつもりはない。自軍の補給ぐらい自国で賄われよ」


「本を正せばそなた等の王が陽慶帰還を願い、白眉を介して我々に援軍を求めた。古来より援軍を労うは要請した側というのが兵法の道理である。何と言おうとも、我が軍の補給はそなた等が果たせ。……それでも断るというのであれば、城内の民に多少なりとも流血を強いるまでだ」


 馬上から高圧的に語る北鑑の将軍は、長蛇をなして入城する部下の将兵達を一瞥する。

その数は眞城守備隊の倍を優に超えており、歯向かおうものならあっという間に惨禍が広がると想像できた。


 バルチャーは表情こそ平静を保つが、内心は怒りに染まって北鑑の将軍を睨む。


「……敢えて言わせてもらおう。……下衆め……!」


「下衆で結構。感情を優先しては勝てる戦も勝てはせぬ。

――では、先に述べた二点をくれぐれも怠らぬように。我々は準備が整い次第、北上して城を攻める。遅れは許されぬぞ」


「……待て、若造。せめて名前ぐらい名乗ったらどうかね。北鑑の将軍は人にものを頼む時であっても、名乗る事すらできぬのか?」


「……緋汰(ヒタ)城々主のムラサキだ。今回の戦にて先陣を賜った」


 以上、言うだけ言ってムラサキは、馬首を変えてバルチャーの前を立ち去った。

代わって副将格の楊輝が、バルチャーの傍に近寄って耳打ちする。


「承服しかねる話です。国王は本当に、北鑑を頼りとしたのでしょうか?」


「……軽く見ただけだが、国璽は本物のようだった。今回の連合は白眉王が起案したというからね、かの國の王が我らの王に対して、言葉巧みに保身の術を教えたのだろう。王の側近もまた、大虎の誇りよりも我が身を優先する者ばかり故に、本来の敵に協力を申し出るも苦にならなかったと見える」


「ですが、国王の傍には傅磑様がおられる筈です。謹厳実直で知られるあの方が、武人の魂を売るようには思えませんが……」


「……彼とは多少意見を交わしたが、正直言って悪い方向に毒されておったよ。まぁ私が謁見したのは、彼等が靖破殿と決別した後だ。故にそれ以前がどうだったかは知る由もないのだが、陣営の半分近くは北鑑寄りの考えだったな」


「バルチャー将軍はどちらに付かれますか? 北鑑の奴等は、黙っていればこの城すら取り上げる勢いです。国王もそれを容認している様子なれば、我が軍が北鑑の先陣の先陣に組み込まれても不思議ではありません」


「いやいや、既に先陣から先陣を申し付けられたではないか。あのムラサキとかいう小憎たらしい若造に。

――楊輝。悪いが一万の兵を連れて、丘霜へ向かってくれないかね? 必要以上の手出しは無用。靖破軍の前に姿を見せて牽制するだけでよい」


「承知しました。兵一万をお借りして直ちに向かいます。……バルチャー将軍は、ムラサキの軍に補給の方を……」


「うむ。“適当” を下回る程度のもので、見繕ってやろうと思う。可愛い私の領民達にも、手出しはさせぬよ」


 バルチャーは依然として、虎忙側につく意思を持っていた。


 しかし、彼の忠義とは裏腹に、彼のプライドは虎忙によって傷つけられた。

その上でバルチャーは、靖破との約定を果たせられず、虎忙に陽慶を諦めさせられなかった自分にも責任を感じている。


 故に彼は、連合に与しつつも、極力靖破軍とやり合わない方針をとった。




萓宣(ギセン) チバ家本拠地・総武(ソウブ)城


 一方、萓宣を治めるチバ家のもとにも、靖破軍追討の為に出兵を命じる使者が派遣されていた。

こちらに関しては北鑑軍の進軍ルートから外れる事もあり、北隣の石岳城から傅磑の代理が向かわされた。


「い、一千!? ヒタチ殿、一千とはどういう意味だ!?」


「千人の兵士です。部隊換算で百人の小隊が十個」


「そんな事を聞きたいのではない! 兵力を回復したチバ家が、なぜたったの千人しか兵を出さないのかという話だ!」


「……ふっ、愚かな。この現状を見てもまだ解らないのですか?」


 ヒタチに詰め寄ろうとする傅磑の代理を、チバ家の武将が遮る中、ヒタチは城内の様子を流し目で仰いで見せる。


「腹ヘリ腹ヘリ〜〜。飯はまだですかいのぉ〜〜」


「あぁー! クソじゃ! 忙しくて死にそうだわ! 人が足らなさ過ぎて便所掃除も終わっとらん! クソだけにじゃ!」


「御嬢ォー! とうとう飯を買う金も尽き申した! どうしましょう!?」


「うむ。ここは一つ、儂らが売春宿でぼったくって参りますぞ! 手始めにこちらの御使者殿なんかよろしいか?」


 澄まし顔で苦笑を浮かべるチバ家当主と、仮にも勅使の周りを、千虎騎兵達がドンドンザワザワと騒々しく駆け巡っていた。なんとも態とらしい。


「御覧の通り、当家は兵糧も武器も人員も資金もありません。兵力が回復したなんて誰の口から聞いたのですか? そんな羨ましい状況を」


「傅磑将軍がしかと言っておりましたぞ。チバ家は領地奪還の際には二万の軍勢を繰り出し、今は三万ほどにまで膨らんだと。稚児のような嘘は通用しませぬ! 王家の命令は絶対です! ヒタチ殿は速やかに兵を纏めて出兵されたし!」


「へぇ……傅磑将軍が。あの御方の高潔さも、今や砂の城ですか」


 王家の使者に対しても毅然と向かうヒタチは、その肝の据わった性格から目の前の男が非常に鬱陶しく感じた。

麦色の髪を擦り、あからさまに視線に逸らして半眼を作る。


「権力欲に惑わされた武人の、そのまた手先にここまで言われるとは。……ではこちらも本音を言ってあげましょうか。

――石岳城で何があったのか、細かな事情はアダオウ様から全て聞いています。虎忙『殿下』は、当家の事を大変ぞんざいに思っているそうですね」


「そ、それは……私の知らぬ話だ。今は逆賊・靖破を討つ為の出兵を伝えている。 “臣下たるは王家に忠義を尽くし、如何なる命にも全力で応えるべし” と傅磑将軍は仰っている。それはチバ家とて同じであろう」


「王が王足り得ねば、臣が尽くす義理はありません。ましてやチバ家は、先王様の為に一族の男子殆どが戦死するまで尽くしました。武門の家として、大虎王家への義理は充分果たしたものと存じます。これよりはわたくしヒタチの一存によって、仕えるべき主君を選ぶつもり。一千の兵しか出さないというのは、先王様への義理立てと、虎忙殿下がチバ家の新たな主君足り得るかどうかを推し測る為。

――殿下……いえ傅磑将軍には、そのようにお伝えなさい。向かわした兵一千、たかが一千なれどぞんざいに扱うようであれば、自分達の器の無さを証明する事になる……と」


「ぐぅ……その言葉、後悔なさるな!」


 歳に見合わぬ凛々しさを前にして、使者は捨て台詞を吐くしかなかった。

虎忙陣営はたかが小娘と侮ったが、その小娘が武門の血を色濃く継いでいた。

かの陣営は実際にヒタチを見て、誰が使者として適任か検討するべきだったのだ。


「フフ……フフフ!」「フフフフ!」「フフフフフッ!」「フフーフンッ!」


 使者が城を出ていくと、貧困の真似事をしていた千虎騎兵達に笑いが伝染していく。

誰もが余裕に満ちており、ヒタチの判断に眉を顰める者はいなかった。要はそれだけ、虎忙がなめられているのだ。


「流石は御嬢。その威風堂々たるや、亡き先代当主カズサノスケ様のようですぞ」


「ふふっ、女だからと甘く見るなかれ。

――このチバ・ヒタチ! 当家を馬鹿にする者共に尻尾なんか振りません!!」ドドン!!


「「「おおおぉぉぉぉ……!!」」」パチパチパチパチ!!


 両手を腰に仁王立ちするヒタチ。千虎騎兵達は彼女の凛々しさに拍手喝采をあげた。


 こうしてチバ家も出兵には応じたが、その数はあまりにも少なく、真面目に戦う気はこれっぽっちもなかった。

チバ軍と合流しだい、大挙して陽慶に侵入する予定だった虎忙軍と、それに続く白眉軍は初手で大きく出鼻を挫かれる形となったのである。


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