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危急存亡の報せ

 陽慶の北側には、東西万里に連なる金城山脈が広がっている。

東はケトの領内まで、西は陽堅の境まで伸びているそれは、大陸北方の諸侯が反乱を起こした際、北部軍に次いで第二の盾となる天然の大防衛線だ。


 その山脈の僅かな切れ間に、以前まで赤楼(セキロウ)という名の城塞があった。

北鑑連合軍によって悉くが破壊された今は、リナムによって小規模な関所が再建されただけだが、元々は名前の由来となっている赤き楼閣がそびえ立ち、王都の北門に相応しい豪壮・堅固な関門だった。


 北部地域より撤退した靖破隊は今、その赤楼跡地の関所に到達していた。


「靖破様! リナム様! お戻りになられてすぐで申し訳ありませんが、祝覧将軍より急な報せです! 「事態危うし。早急の帰還を求む」との事です!」


 靖破隊の姿が遠目に映るやいなや、関所から数人の情報官が飛んできた。

ちゃんとした出迎えなどする暇がないほどの慌ただしさである。尤も、靖破は別に期待していないが。


「よほど危うい様だな。リナム、俺の馬に乗りたまえ。一気に陽慶まで飛ばすぞ。……バラガスは兵を連れて後から来い」


 部隊の足に合わせれば後手に回ると判断した靖破は、リナムだけを連れて先行する事にした。バラガスにも異論はなく、彼は臨時的に部隊の大将を引き受ける。


「……リナム、もっとしっかり掴まれ。でないと振り落とされるぞ」


「は、はいっ! よろしくおねがいいたしますっ……!」


 馬車を降りたリナムを靖破が自分の馬に乗せてやるが、馬に跨る力もスペースもないリナムでは、靖破に抱きつく形で彼の前に座るしかない。


 しかし、ただでさえ胸が高鳴る状態に加え、多くの兵士達に見られている事で、リナムのドギマギは頂点に達する。

彼女は一応、靖破の首裏に手を回してはいるが、絶えずモソモソと姿勢と変え、靖破と密着する瞬間は殆どなかった。赤面しながらずっとモジモジしているのだ。


「えぇい、じれったいわ! さっさとくっつけぇい!」


「わあぁぁっ!? バ、バラガス様ッ……!」


 遅々として進む気配のない靖破とリナムに痺れを切らしたバラガスが、リナムの背中を靖破側に押し込む。

更に赤く染まったリナムの顔が、靖破の逞しい胸筋に埋まった。


『おい “バカ” ラス! うちのリナムに手ェ出すんじゃねぇよ! この金玉頭!』


「喧しい。飼い主を名乗るならさっさと行かせんか。貴様等を見ていると、一刻を争っているようにまるで見えんわ」


 靖破の後ろに立つシュラが、定位置からバラガスを罵倒する。


 しかし、当のバラガス本人はまったく気にもしていない。純粋な軍人の彼は、それどころではないと言うのだ。


「……魔女の口の悪さはさておき、今はバラガスに同意だ。モタモタしている暇はない。陽慶まで一気に駆けるぞ」


 密着したリナムを強く抱き寄せた靖破は、残る片腕で手綱を引く。

三人を乗せた馬は勢いよく駆け出し、それを見てバラガスも後を追った。


陽慶 靖破軍臨時庁舎


『じゃじゃーーん!! おっさん、今戻ったぞ!!』


「俺達だけ先に来た。状況はどうなっている?」


「おぉ、三人ともよくぞ戻られた! ……単刀直入に申せば、状況は中々に厳しい。まずはこの地図を見てくれ!」


 執務室には祝覧と彼の幕僚達を始め、嶄條、キクズナ、于雲鮮も居た。策を練るのに必要な人物に、祝覧が召集をかけた様だ。


 靖破とリナムは祝覧に促されるまま、机に広げられた大虎の地図を見る。

途端、二人の表情に険しさが一層増した。地図の北側に置いてある北部軍と楽羅軍の駒が、総じて南を向いていたのだ。

それも楽羅軍に関しては、扶美を経由してケトに向かうであろう一軍も存在している。


「こ、これは……! 北部軍は楽羅軍の方に付いたのですか!?」


「直接的な侵攻はまだ受けていないが、一軍並みの戦力は差し向けて来るだろう。大虎王家に義理立てた出兵だけで終わればよいのだが……」


「そうはならないでしょうね。北部軍は現大虎王の意思で同盟を結んだ楽羅の先鋒軍を殲滅させてしまった。一方的に敗れたのも、楽羅軍は北部軍が味方であると思っていた故だと、世間には広まっていく筈です。正に最悪の頃合い。機が悪すぎる。責任を取らされて、北部軍が陽慶侵攻の先鋒になる可能性は充分にあります。

――牙殿。祝覧殿の兄上は何か申していましたか?」


「全てはアダオウ次第だそうだ。戦時中は大虎王よりも、アダオウの命令に従うように言われているらしい。まぁアダオウの事だ。普通に攻めて来るだろう」


「ナマハハハハ!! アダオウと戦えるとは楽しみだわい!! 奴が出た時は儂が相手しよう」


 精強な北部軍が敵になったと仮定しても、彼等が真剣勝負を挑んでくる事は考えられない。となればアダオウないし勇猛な武将達を嶄條が封じれば、後は烏合の衆に等しい楽羅軍を突き崩すだけである。


「……残る懸念は楽羅の別働軍か。奴等は物量に任せてケトを襲う気だ。幸い、ロキ殿が榲國から戻ったとの報告が届いている故、国境を固めるのは間に合うだろうが……」


 祝覧の言葉が詰まる。正直、彼をしても楽羅軍の全容は掴めていなかった。

龍伯は楽羅の別働 “隊” が扶美に向かったと言っていたが、その後に大軍が続いても不思議ではない。何せ楽羅と大虎は軍事同盟を結び、楽羅軍は北部軍領を素通りできるようになったのだから。


「私に! ケトの救援に向かわせて下さい! 私と隊長で楽羅軍を跳ね返して見せます!」


 キクズナが即座に名乗り出る。祝覧と于雲鮮も頷いた。ロキとの連携に一番優れ、かつ歩兵隊の指揮や防衛戦にも精通している彼が適任と言えた。


「うむ。キクズナなら間違いあるまい。兵は七千もあればいけるか?」


「ありがたく! それだけ預けてもらえば充分です!」


「……では私は、陽慶とケトの中間に部隊を展開します。何かあれば報せてください」


「于雲鮮殿、遊撃お頼み申す。よし、それでは早速――」


「急報!! 急報ですッ……!!」


「「「 !? 」」」


 祝覧の締めで各将が配置につこうとした矢先。情報官が息を切らして駆け込んできた。

その大声とただならぬ雰囲気に祝覧や于雲鮮までもが驚く中、靖破は落ち着いて尋ねる。


「……どうした。何事だ?」


「し、眞城のバルチャー将軍より、火急かつ内密の報せが……。北鑑軍十万、礎鋲(ソビョウ)を出陣した模様! 虎忙軍二万も同時刻に出陣し、チバ軍およびバルチャー軍も動員を命じられた由! バルチャー将軍は三万を以て眞城を経つと!」


「なぁぁぁっ!? どういう事だ!? 虎忙陣営は楽羅と同盟して……その上で宿敵の北鑑とも手を組んだというのか!? ふざけるのも大概にしろ!」


「そ、それだけではありません。白眉が……白眉軍五万が、第一王子レク・シュリクを大将にして攻め寄せるとの事で――」


「急報ォォ!! ケト西方の狼煙台より火急の報せです! 榲國軍が突如として姿を見せ、ケト領内に侵入せんとしている模様!!」


「「「………………!!?」」」


 靖破とシュラを除く全ての首脳陣が、十数秒に亘って思考を停止させられた。

北鑑や楽羅は解る。北部軍や虎忙軍に関しても、楽羅繋がりでまだ理解は及んだ。

しかしこの期に及んで白眉と榲。陽慶を囲むように五つの國が同時に攻めて来るなど、靖破軍の面々には想定外の出来事であった。


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